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予防と健康管理ブロック レポート
3年生になり、予防と健康を新たに学習することになった。この科目は医学の多くの分野と密接に関連しており、また医学以外のさまざまな学問領域とも関係し、多くの接点を有している、ということで、今回は2つの選んだキーワードとリンクする論文と、水俣病についてのビデオをふまえて、私の考えを述べていきたいと思う。
私が選んだキーワードは「妊娠」と「公害」である。私は女に生まれたのだから、将来いつかは子供を産み、育てる喜びを味わいたいと思っている。また、ビデオの内容とも関連させて公害、特に水俣病やメチル水銀の影響に焦点を絞ろうと決めてこの2つのキーワードを選んだ。
1つめの論文は、2004年10月の綜合臨床に掲載されている村田勝敬著の「妊婦は魚を食べない方がよいか」である。この論文では、魚に含まれるメチル水銀をはじめとする有害物質の影響と、ドコサヘキサエン酸などの人体に有用な物質の作用について言及されており、表題の通り妊婦は魚を食べない方がよいか否かが述べられている。この論文の概略を以下に示す。
2003年6月に厚生労働省医薬局食品保健部は、「魚介類等に含まれるメチル水銀に関わる妊婦等を対象とした摂食に関する注意事項」を公表した。このような魚介類に関する食事指導は、日本だけでなく各国機関より発せられており、メチル水銀影響に関する第一人者のGrandjean博士(フェロー諸島出生コホート研究の主任研究者)は「メチル水銀は神経毒性物質であり、魚は多かれ少なかれメチル水銀を有するので魚を食べない方がよい」と語っていた。メチル水銀の毒性影響が最も発現しやすいのは脳神経の発生・形成期の胎児・乳児であることから、この警鐘は妊娠する可能性のある女性、妊娠中の女性、あるいは母乳を与えている女性を主たる対象としている。
メチル水銀の高濃度暴露による健康影響は、水俣病あるいは胎児性水俣病として有名である。メチル水銀中毒では、四肢末端のしびれ、知覚障害、重症では視野狭窄、運動失調、構語障害、麻痺、難聴、そして死に至る。低濃度のメチル水銀でも、母親が妊娠中に暴露すると、生まれてくる子供に軽度の神経影響が現れる。フェロー出生コホート研究では、出生時の臍帯血水銀濃度が7歳児の言語・注意・記憶能力と強い関連性を示し、また、14歳児の聴性脳幹誘発電位潜時や自律神経指標とも強い関連性を示した。米国環境保護庁は、子供の感受性の違いを考慮して、臨界濃度(標的臓器に影響が現れ始める濃度)の10分の1の値を基準値とみなし、メチル水銀の1日当たりの摂取量を0.1μg/kg体重以下と定めている。
続いて、メチル水銀の暴露経路について。水銀は、地殻からのガス噴出のほか、人間活動の中で生じる採鉱、化石燃料の燃焼、医療・生活廃棄物の燃焼などにより、環境中に放出される。環境中にいったん放出されると、水銀は金属水銀、無機水銀、有機水銀の中で相互変換される。特に無機水銀は水中堆積物中の微生物や非生物過程により有機水銀に変わる。主要な有機形態であるメチル水銀は、水系の食物連鎖の中でプランクトンから小魚、大型魚へと濃縮される。この食物連鎖の頂点は馬食する歯鯨類(クジラ、シャチ、イルカなど)やメカジキであり、これらは高濃度のメチル水銀を含有する。したがって、ヒトがこれらを多食すると高濃度のメチル水銀に暴露されることになる。さらに、臍帯赤血球中水銀濃度(平均14.7ng/g)は母親赤血球中水銀濃度(8.4ng/g)より有意に高いことから、胎児は感受性が高い上に水銀濃度も母親より高くなる。
次に、魚摂食の効能について。魚介類は、ダイオキシン類やメチル水銀などの有害物質を微量含むが、エイコサペンタエン酸(EPA)やドコサヘキサエン酸(DHA)のような生活習慣病の予防や脳の発育に効果のある高度不飽和脂肪酸も多く含むことが知られている。特にDHAは胎児や母乳栄養児の知能および視神経発達に必須の成分であることが近年示唆されており、アンコウ、マダイ、ブリ、サバなどに多い。フェロー出生コホート研究でもEPAやDHAが測定され、クジラの脂身摂食回数の多い母親ほど、水銀暴露量もEPAも高いことが示された。このことから、Grandjean博士は7歳児の出生時水銀暴露指標と視覚誘発電位潜時との間に有意な関連が認められなかった理由として、これら不飽和脂肪酸の予防効果があったのではないかと推論した。国立水俣病綜合研究センターの坂本博士も、臍帯赤血球中水銀濃度が臍帯血漿EPAおよびDHAレベルと有意な正の関係があることを報告した。坂本博士は、「普段食べている魚が低メチル水銀濃度でかつDHAを多量に含んでいるなら、児の健康に恩恵をもたらす。一方、逆の場合は、魚摂食は児の発達を妨げる」と結論づけている。
そして、妊婦の魚に関する食事指導について。1998年8月にフェロー諸島公衆衛生部が周辺住民にゴンドウクジラの摂食を控えるよう勧告を出した後、米国、英国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、ノルウェーなどでは、2001年から2003年の間に魚介類摂食に関する食事指導を公表した。2004年3月には米国、英国、アイルランド、オーストラリアおよびEUで妊婦等への注意事項の改正あるいは新たな勧告を行った。これらの国々で対象となっている魚介類はクジラ、サメ、メカジキ、サワラ、マグロなどである。Grandjean博士は日本で、魚摂食のメリットも重んじ、最近は「メチル水銀含有量の少ない魚を食べるようにしよう」と忠告している。
おわりに、メチル水銀を含有する魚介類等の摂食に関する注意事項は、2004年7月に厚生労働省が食品安全委員会にリスク評価を依頼したことから、今後見直される可能性が高い。いずれにせよ、妊娠中あるいは妊娠を予定している女性は先の注意事項を遵守する姿勢が望まれる。なぜなら、これらの注意事項は次世代影響(リスク)を最小限に抑えるため、メチル水銀濃度の高い特定魚介類を一時的に摂食制限することが趣旨であり、EPAやDHAなどの高度不飽和脂肪酸を多く含みかつメチル水銀含有の低い魚の摂食を制限するものではないからである。環境からの有害リスクを軽減する最善の方法は、「多くの種類の食品を、偏ることなく日々品を替え、少量ずつ、バランスよく摂取する」ことに尽きる。
2つめの論文は、1997年10月の第21回環境トキシコロジーシンポジウム講演要旨集に掲載されている国本学、鈴木継美著(共に国立環境研究所)の「胎生期メチル水銀暴露ラットの小脳神経細胞の初代培養系での細胞死の解析」である。この論文では、胎生期にメチル水銀に暴露されたラットの小脳神経細胞の初代培養系での細胞死についての解析を行ったときの実際の目的、方法、結果、考察が述べられている。この論文の概略を以下に示す。
メチル水銀の神経毒性は、中枢神経系においても比較的限定された部位(大脳皮質の視覚野、小脳の顆粒細胞層等)において強く発現することが知られており、しかも発生段階の神経細胞が特に感受性が高いとされている。これまでに、未成熟の小脳神経細胞がメチル水銀暴露に対して感受性が高く、またメチル水銀暴露によってもたらされる小脳神経細胞の死がアポトーシス様であることが明らかになった。そこで今回、胎生期にメチル水銀に暴露されたラットの小脳神経細胞の初代培養系での細胞死について解析を行うのが目的である。
生後24時間以内の新生仔より摘出した小脳をトリプシンで消化分散後、培養しラット小脳初代培養細胞とした。胎生期ラットへのメチル水銀暴露は、妊娠14、16、18日目の雌ラットに5、10ないし15mgHg/kgの用量を1回経口投与することにより行った。そして生細胞数の推定、440kDa ankyrinB(神経軸索に局在する蛋白質)、MAP2、GFAP(星状膠細胞マーカー蛋白質)の発現量の定量とその局在の解析、総水銀量の定量を行った。
10ないし15mgHg/kgの用量のメチル水銀1回投与は成熟ラットにはほとんど影響を及ぼさない用量であるが、妊娠ラットに投与した場合、その胎仔に蓄積され、出生後の体重増加と小脳重量増加を抑制した。妊娠中にメチル水銀を暴露された新生仔の小脳から調製した初代培養細胞の水銀含量は用量にほぼ比例して増加し、その培養期間中の生存率は同じく用量に依存して培養3〜5日目に急激に低下し、主に神経細胞がアポトーシス様の細胞死を引き起こしていた。さらに、対照ラット新生仔及び胎生期メチル水銀暴露新生仔より調整した小脳初代培養細胞の混合培養の結果、メチル水銀暴露細胞から遊離される因子が、無処理細胞の細胞死を引き起こしている可能性も明らかになった。これらの結果は、胎生中後期の経胎盤メチル水銀暴露によって小脳細胞はメチル水銀を蓄積し、それによりアポトーシス様の細胞死がもたらされ、生後の小脳発生が障害を受ける可能性があることを示している。
これらの論文から、母親には影響がないような低濃度のメチル水銀でも胎児の発生には大きく影響を及ぼすので、妊婦は魚介類の捕り方に十分に注意する必要があることが分かった。ビデオの中でも、妊娠中に母親がメチル水銀に汚染された魚を食べたために、生まれたときから水俣病に苦しんでいた人がいた。その当時はまだ何が原因なのか詳しく分かっていなかったが、現在では研究が進みメチル水銀暴露の経路や、メチル水銀中毒が起こるメカニズムも解明されてきている。成人が高濃度のメチル水銀を暴露する危険性はかなり下がっていると思われるが、研究の成果を生かして、感受性の高い胎児のメチル水銀中毒も防ぐことは十分可能だと思う。
研究は進んでいる一方で、水俣病患者に対する国やチッソなどの会社の対応は、認定問題を始めとして決して感心できるものではなく、ビデオを見ただけでも大変ずさんで憤りと疑問を感じた。ただでさえ病気で苦しんでいる患者を、助ける立場にあるはずの国がさらに苦しめている。過失はきちんと認めなければならないし、多額のお金がかかることを理由に患者と認定せず、何の補償もしないのは望ましくない。政府の関係者は自分の家族が何十年も水俣病で苦しんでいる患者だったら、というぐらいの気持ちで認定制度の見直しに取り組むべきだ。
それにしても、私は工場排水の処理が厳重になれば身の回りからメチル水銀はほとんど消えるのだろうという安易な考えを持っていたのだが、医療・生活廃棄物の燃焼でもメチル水銀は環境中に放出されることに驚いた。さらに、生物濃縮によってクジラやサワラ、マグロには比較的高濃度のメチル水銀が含まれることになり、妊婦が摂食を控える魚介類とされている。日本ではス−パーにも置いてあるようなとてもポピュラーな魚なので、特に気をつけなければならない。しかしだからといって魚を頑なに避けるのではなくて、DHAなどを多く含むマダイ、ブリ、サバなどは積極的に取り入れると良いだろう。
胎児の健康を危険にさらすものはメチル水銀に限らず、アルコールやタバコなど、身の周りにはたくさんある。これらのリスクから胎児を守るのは母親の責任であり、妊婦に正しい知識を教えるのは医療従事者の仕事だと思う。私はその両方にもなりえるので、このレポートを書くにあたって多くのことを考えさせられた。また、水俣病について知らなかった点に触れることができて良かったと思う。