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      「予防と健康管理ブロック」のレポート
               
1.はじめに 
 今回、「予防と健康管理ブロック」の授業で供覧したビデオの内容を踏まえて、水俣病の問題について、自分なりの考察を書いたレポートを作成した。
 水俣病は、日本では四大公害病の一つとして認知されており、1950年代に水俣湾沿岸で化学工場の排出したメチル水銀で汚染された魚介類の摂取にて発生した。1965年には水俣と同様にして発生した新潟水俣病、さらには1972年にはイラクでメチル水銀で処理された種子用小麦の摂取によってもメチル水銀中毒が発生した。
 メチル水銀は脂溶性であるため脳の血液―脳関門を通過し、構造的に類似したアミノ酸であるメチオニンの輸送系を介して積極的に細胞に取り込まれる。典型的な臨床症状としては、四肢のしびれ感と痛み、言語障害、運動失調、難聴、求心性視野狭窄などが特徴的な「Hunter-Russell症候群」が認められている。また、死亡例の脳の病理所見からは、大脳皮質の視覚野の障害、さらに小脳皮質では顆粒細胞の脱落萎縮など脳の中でも限定された部位の障害が特徴的である。
 これらは急性あるいは亜急性の重症例での臨床症状であるが、このような神経症状以外にも、胎児への障害、すなわち妊娠中の女性がメチル水銀を摂取することによって生じる胎児性水俣病の発生も報告されている。
                                                                                                               
2.選んだキーワード
 中毒
 妊娠
 選んだキーワードは、「中毒」と「妊娠」であったが、この二つで文献を検索すると文献の範囲が非常に多岐にわたっていた為、「水銀中毒」「水俣病」というキーワードを使って範囲を限定して調べた。

3. 選んだ論文の内容の概略
メチル水銀の毒性発現機構については多くの検討がなされている。そこで、数多くの文献のなかから、メチル水銀の毒性発現機構を扱ったものと人体に及ぼす影響、特に妊婦が水銀を摂取した場合の胎児の健康への影響を取り扱った論文を探した。

 「妊婦は魚を食べない方がよいか」
 2003年6月3日に厚生労働省が「魚介類等に含まれるメチル水銀に係る妊婦等を対象とした摂食に関する注意事項」を公表した。メチル水銀の毒性影響が最も発現しやすいのは感受性が高い胎児の時期であるため、妊娠する可能性のある女性、妊娠中の女性、あるいは母乳を与えている女性を主たる対象集団としている。
 メチル水銀は神経毒性物質であり、きわめて有毒な環境汚染物質として認識されている。水銀は、環境中に放出されると、金属水銀、無機水銀、有機水銀の間で相互変換され、特に無機水銀は水中堆積物中の微生物や非生物過程により有機水銀に変わる。主な有機形態であるメチル水銀は、水系の食物連鎖の中で大型魚類に移るにつれ、濃縮される。したがって食物連鎖の頂点に近い大型魚類(クジラやイルカなど)に高濃度のメチル水銀が含有するため、ヒトがこれを多食するとメチル水銀中毒を発症する。
 メチル水銀中毒は、四肢末端のしびれ、知覚異常などから、重症では視野狭窄、運動失調、構語障害、痙攣、難聴、そして死に至る。低濃度のメチル水銀でも、母親が妊娠中に曝露すると、生まれてくる子供に軽度の神経影響が現れる。胎児は脳神経の発生・形成期の胎児は感受性が高いため、低濃度の水銀でも健康影響は母親より大きくなるためで、これは、臍帯赤血球中水銀濃度が母親赤血球中水銀濃度よりも有意に高い所から証明されている。


 「メチル水銀の毒性発言機構」
 水俣病の原因物質としてメチル水銀は、脳に蓄積して重篤な中枢神経障害を引き起こす重要な環境汚染物質である。米国では、胎児の脳に対するメチル水銀の影響を危惧して妊娠中または妊娠する可能性のある女性は大型魚類を摂取すべきでないとの勧告が出された。
水銀による環境汚染は現在も世界的に進行しているが、メチル水銀の毒性発現機構はほとんどわかっていない。この論文の著者らは、酵母にメチル水銀を与える細胞因子を検索し、二つの酵素を同定することに成功した。その酵素がメチル水銀の毒性発現に重要な役割を果たす。
 まず、メチル水銀の毒性発現を調べる単純な実験系として酵母を選び、その感受性を左右する細胞内因子を遺伝子レベルで調べた。(L-グルタミン:D−フルクトース6リン酸アミドトランスフェラーゼ→GFAT、と、ユビキチン転移酵素Cdc34)
メチル水銀はGFATに対して高い親和性を示し、特異的にその活性を阻害するため、GFATを高発現する酵母はメチル水銀に対して耐性を示す。これらの事実からGFATは酵母におけるメチル水銀の主要な標的分子であると考えられる。
ユビキチン転移酵素Cdc34が関与する、ユビキチン・プロテアソームシステムは、異常蛋白質の分解に関与する重要な細胞内機能である。すなわち、ある種の蛋白質がメチル水銀によって何らかの修飾を受け、この修飾蛋白質が細胞内に蓄積することによって細胞障害が引き起こされる。一方、メチル水銀によって修飾を受けた蛋白質のユビキチン化を介したプロテアソームでの分解の促進がメチル水銀毒性に対して防御的に作用し、メチル水銀の毒性軽減機構として働いている可能性が考えられる。

4. 選んだ論文の内容とビデオの内容から、自分自身で考えたことを、将来医師になる目で捉えた考察
  1950年代に九州北部、水俣湾沿岸でメチル水銀によって引き起こされた水俣病についての裁判は、半世紀以上たった現在もなお続いている。
水俣病の原因は、1956年4月に水俣病の公的発見がなされてから、1968年9月にチッソ株式会社水俣工場から排出されるメチル水銀化合物により汚染された魚介類を摂取することによって生じたものであると認定され、チッソと患者の間で補償協定が結ばれ、行政認定を受けた患者は、チッソから慰謝料や医療費などを受け取ることができた。しかし、行政認定は患者自身が認定を受けに行くものであって、行政が積極的に患者を探し出し救済するものでなかった。そのため、差別等の問題により申請しない患者達が出てくる要因となった。昭和52年になると、環境省は昭和52年判断条件として、水俣病の診断基準を定めたが、基準に当てはまらず、水俣病と認定されない患者が数多く出てきた。そのため患者らは、認定基準の見直しと、全ての水俣病患者を水俣病と認めるべきだと訴えを起こした。しかし、「国と県には加害責任がなく、認定制度は正しい。」として、国は52年判断条件の妥当性を主張し続け、両者の間で10年にも及ぶ裁判闘争が続けられた。
水俣病の問題がこれほどまでに大きくなった理由の一つに、水俣病が発生した初期に、国が徹底した疫学調査が行わなかったことにあると思う。当時、チッソ工場では排水浄化施設が十分でなかったのにもかかわらず、国は水質検査を行わなかった。後に原因がチッソ工場から排出される有機水銀中毒の可能性が高いと分かってからも、それを否定し排出を止めなかった。これは、利益ばかりを追い求め、国民の健康を守ろうという意識に欠けていると思う。
確かに、当時はメチル水銀中毒の報告例は一件しかなく、原因を究明して対策をたてるのに時間はかかったと思う。水俣病の症状は、脳神経系に特異性の高い毒性で、臨床症状は四肢のしびれ感と痛み、言語障害、運動失調、難聴、求心性視野狭窄などが特徴的なHunter-Russell症候群として、認められている。これは、急性あるいは亜急性の重症例での典型的な臨床症状であるが、軽症あるいは非典型的な中毒症状も数多く報告されており、また神経症状以外にも腎、肝など、他の臓器にも障害を及ぼすことが最近の研究でわかってきた。しかし、毒性発現機構は現在でも十分に解明されておらず、最近になって、酵母を使ってメチル水銀の毒性発現の研究が進められ、メチル水銀に耐性を与える細胞内因子である二つの酵素を同定することに成功したことが論文で発表された。
(メチル水銀の毒性発現機構:永沼章、黄基旭らによる)
このように、病気の原因を特定し、それに対して適切で迅速な対応をすることは困難であろう。病気の原因はただ一つは限らないし、症状も様々だからである。しかし、将来医師になる自分の視点としてみると、医師に出来ることは、病気の原因を究明し、迅速に対応できるかと言うことであり、そのための努力は必須だと思う。公害のみならず、一般的な臨床診断においてもそうではないだろうか。
一方、その後の調査でも、水俣で起こっている中枢神経疾患が、魚介類が原因であるということがわかっていながら、食品衛生法の適応を迅速に行わなかった。これらのことは水俣病の被害拡大、特に胎児性水俣病の被害を広めたと言えるのではないかと思う。
メチル水銀中毒の特徴の一つに、妊娠中の女性から、経胎盤曝露による胎児への障害がある。これはいわゆる胎児性水俣病である。胎児性水俣病は先天性水俣病とも言われ、妊娠中に母親が有機水銀を含む魚介類を摂食することで、水銀が胎盤を経由し、胎児に中毒を引き起こす。従来胎盤は外からの毒物に対して胎児へ防御的に作用するのが普通であるが、胎盤は有機水銀という化学物質は通してしまうので、メチル水銀は母親より胎児のほうに濃厚に蓄積される。そのため、妊娠中や出産時に母体には異常は少ないが、胎児に重い障害を与える。
2003年6月3日に厚生労働省が「魚介類等に含まれるメチル水銀に係る妊婦等を対象とした摂食に関する注意事項」を公表したように(この法令は改定された→三行下のアドレスを参照)水銀の毒性影響が最も発現しやすいのは、脳神経の発生・形成期の胎児、・乳児の時期である。なぜなら、胎児期および乳幼児期の脳は、血液脳関門が発達しておらず、胎児にとって有害な物質が、まだ発達段階の脳神経に侵入してしまうからである。(http://www.city.chiba.jp/hokenfukushi/kenkou/seikatsueisei/fish_mercury.html)
胎児性水俣病はもっとも悲惨な水俣病と呼ばれ、生まれた当初から、重度の精神神経発達遅滞、脳性麻痺様の症状が観察される。それゆえ、人間らしい生活を送ることはきわめて困難である。
もし、水俣病の原因解明がもっと早く進んでいれば、胎児性水俣病の危険性が知らされ、妊娠中の女性または妊娠の可能性のある女性は魚介類を摂取しなかっただろうし、被害はもっと抑えられたであろう。
さらに、水俣病の原因究明が遅れたことは、水俣病患者に対する差別と偏見も広げてしまったと思う。水俣病の原因物質がメチル水銀であるとわかるまで、遺伝性または感染性
の病気であると考えられ、患者やその家族は孤立してしまった。また、そのように孤立することを恐れて、患者の存在を隠すということが行われ、被害の拡大を抑えることが出来なかったと考えられる。
 このように水俣病の問題は、決して過去の過ぎ去った問題ではない。現在もメチル水銀の健康への影響に対する研究は進行中であるし、すべての水俣病患者が納得した認定を受けたわけではない。しかし、過去の水俣病の歴史から我々は学ばなければならないことは数多くある。特に環境有害物質による健康への影響を評価する場合、全体像の把握に気を配り、事実を正確に究明し、それを迅速に伝える必要があると思う。

5. まとめ
 今回、論文を書くに当たって、水俣病は社会的にも医学的にも、現在も様々な問題があることを学んだ。特に、環境有害物質による被害は、次世代への影響が非常に大きいため、被害の起こった地域だけの問題ではなく、多角的な視点でその後の対策も立てる必要があると感じた。今後このような被害は起こってはならないが、最近のアスベスト(石綿、胸膜や腹膜に中皮腫を発生させることがある)などのように被害が起こらないとも限らない。そのため、もし問題が生じた場合には、適切な対応策を行えるように制度を改め、迅速に進められるようにすることが今後より一層必要であると思う。