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予防と健康ブロックレポート


key word:SNP, drug resistance

選択論文: American Journal of Transplantation      2003;3:477-483
「Tacrolimus dosing in pediatric heart transplant patient is related to CYP3A5 and MDR1 gene polymorphisms」

1:はじめに
 私が選んだキーワードはSNPと薬剤耐性です。SNPは、single nucleotide polymorphisms の略。集団の中で、ある塩基の変化が1%以上の頻度で含まれ、機能的に大きな不利益がない場合のことを遺伝子多型といい、たった一つの塩基が異なる遺伝子多型のことをSNPというのは、分子生物学を学ぶ上での基礎知識と言えると思います。どちらかが変異体であるとはいえないこのような違いはヒトでは100万くらいとも言われていて、遺伝子あたり、1つくらいは塩基配列の多型があることが、近年、ヒトゲノム解析の進行する中、多数のヒトのゲノムを比較する中で分かってきたことは、様々な科学雑誌にも記載されていたので記憶にも新しく、とても興味深いものだと思ったものです。
 遺伝子からできるタンパク質の機能が大きくは変わらない、とは言っても、明らかに異常と分かる(遺伝病)ほどには変わらないというだけで、多かれ少なかれ機能の違いがあることは容易に推測でき、また実際にいろいろなタンパク質に関して、ヒトによって少しずつの機能の違いがあることは、以前から経験的に知られています。講義中のビデオでもあったように、酒に強いか、弱いかは、アルコールデヒドロケナーゼの活性の強さが違うことに起因し、それはわずか1塩基の違い、SNPが原因と言われています。酒に弱いことは異常とはいえません。沢山の遺伝子についてこのようなわずかずつの違いがあることが、体質や個性に反映するものと考えられます。
 薬効は、一般的にその薬の作用部位での薬物濃度に依存しますが、それは主に4つの変動因子によって規定されます。すなわち、吸収absorption、分布 distribution、代謝 metabolism、排泄 excretionの4つで、いわゆるADMEと呼ばれる薬物動態学の根幹です。このうち、代謝は一番大きい変動因子であり、変動の様子も複雑です。薬物の薬効はその化学構造に因り、代謝は酵素によりその構造を変化させることです。薬物に対する耐性は代謝に依存すると言っても過言ではないでしょう。薬物代謝の形式はその化学反応の様式から、おもに酸化、還元、加水分解、および抱合反応の4型に分けられ、前3者を第1相反応、抱合反応を第2相反応と呼び、第1相反応により水酸基やアミノ基を付加され、抱合反応を受けやすくし、抱合反応により極性がさらに増大し、排泄されやすくなります(ほとんどが肝細胞における反応)。この中でチトクロムP450(以下CYP)と呼ばれる膜酵素による酸化反応は、ほぼすべての脂溶性薬物を代謝することができ、その分子種の多様さと相まって、薬物代謝の中心的役割を演じています。CYPは確認されているだけでも200種類以上の分子種が知られており、アミノ酸配列の相同性に基づいて、群と亜群により系統的に分けられています(CYP3A4なら3が群、Aが亜群、4は亜群中の種類を意味する)。
 薬物の代謝のメインは肝臓で、経口投与された薬物も、消化管から吸収されたのち消化管の静脈から門脈を経て肝臓に運ばれ代謝を受けますが(肝初回通過効果)、多くの薬物が消化管吸収の際にも代謝を受けることが分かってきました。それは、消化管の粘膜の細胞膜にCYP3AとP糖蛋白質(以下P-gpと略す)が存在することに起因するものと考えられています。P-gpは血液脳関門にも見いだされる薬毒物の排出ポンプで、脂溶性薬物が脳内へ移行する障壁機構の一つとして有名です。これら二つの機構が備わっているために、一度吸収されて粘膜内に入った薬がCYP3Aにより代謝され、代謝を逃れた薬もP-gpにより再び小腸管腔内に排出され、この繰り返しによりCYP3Aによって代謝される割合が増加することになります。
 今回読了した論文には、このCYP3AとP-gpをコードする遺伝子のSNPについて書かれており、その知見は、臨床にも直結する興味深いものと判断し、選択しました。

2:選んだキーワードについて
 SNPが多くの薬剤耐性に関わる酵素の遺伝子に関与していることを既に知っていたため、より興味を持って論文の検索及び読むことができると思い、キーワードとして「SNP」と「Drug resistance」を選びました。

3:選んだ論文の概略について
 選択した論文では、題名の様に、CYP3A5とMDR1(P-gpをコードする遺伝子)の遺伝子多型に関連して、小児心臓移植後のタクロリムス投与量がいかに変化するかを書いています。著者のグループの所属病院において、該当小児患者65名のCYPとMDR1の遺伝子をシークエンスした後、その患者たちの投与量を比較し、さらに性別と人種に分けて比較しています。CYP3A5に関しては二つの遺伝子型について比較しており、MDR1に関しては、21番目のエクソンの一つのSNPについて、それと26番目のエクソンの一つのSNPについて、それぞれ比較・検討がなされていました。結果としてはCYP3A5では、表現型と呼ばれるgenotype1/3においては投与量が少なくとも血中濃度が保たれ、非表現型と呼ばれるgenotype3/3においては1/3よりも血中濃度維持に多くの投与量が必要であったそうです。また、MDR1の26番目のエクソンのSNP(3435bpの位置)では、CCのほうがCTやTTよりも低い投与量で血中濃度が保たれ、21番目のエクソンのSNP(2677bpの位置)では、GGのほうがGTやTTよりも低い投与量で血中濃度が保たれたそうです。
 より低い投与量で同じ血中濃度が必要ということは、それだけ消化管吸収の際に受ける代謝の割合が低いことを意味し、それはCYP3A5やP-gpの消化管における活性が低下することとイコールです。別に小児心臓移植後に限定せずとも、小児におけるタクロリムス投与を検討する上では、参考になるデータであると思われます。
 ちなみに論文内にでてくる薬のタクロリムスはFK506という名称でも知られ、商品名はプログラフPrografと言い、マクロライド型の骨格をもつ有名な免疫抑制剤です。物理化学的性状としては、分子量は約800で、エタノールやアセトンには溶けやすく水にはほとんど溶けない脂溶性物質、常温で結晶性粉末をしています。T細胞からの分化増殖因子であるIL-2などの産生を阻害し強力な免疫抑制作用を有しています。IL-2産生阻害機序は、T細胞内でイムノフィリンの一種であるタクロリムス結合タンパク(FKBP)と結合し、これがカルシニューリン及びカルモジュリンと結合体を形成して、カルシニューリンのフォスファターゼ活性を阻害することで、細胞質内にあるT細胞活性化因子(NF-AT)の核内移行が阻害され、IL-2などの遺伝子のmRNAへの転写が抑制されることに因ります。タクロリムスは免疫抑制剤として、移植時の移植細胞対宿主病(GVHD)の抑制に使われるのみならず、アトピー性皮膚炎の治療など、かなり幅広くにも用いられています。しかし、タクロリムスはその副作用も大きく、有効血中濃度を超えると、重篤な腎障害が起こります。タクロリムスの有効血中濃度域は5~20μg/mLと狭く、血中濃度のモニタリング(TDM)が求められる薬物の一つです。
4:選んだ論文の内容とビデオの内容についての考察
 講義中に見たビデオは、水俣病に関するものと、遺伝子治療・オーダーメイド医療に関するもの、の二つでした。水俣病のビデオでは、水俣病の症状が連続的なものであるにも関わらず、国の水俣病認定システムがデジタル的であるために生じている、患者の水俣病認定と国が負う補償・救済義務に関するトラブルについて、切々と語られていました。遺伝子治療・オーダーメイド医療のビデオでは、遺伝子多型に関する基礎的な情報とオーダーメイド医療の将来性について語り、また、遺伝情報の取り扱いに関する問題を提起していました。
 ゲノム科学は進化の一途をたどり、多くの疾患関連遺伝子が発見され、ゲノム創薬が発展しつつあり、患者の病態を適切に把握して患者一人一人に適した薬の種類の選択、いわゆるオーダーメイド医療は、ビデオでもいっているようにどんどん導入されていくだろう、と思います。しかし、現時点では疾患の成因あるいは修飾因子の個人的な差異が遺伝子レベル・蛋白質レベルで明らかにされているのは癌疾患を除いてはあまりなく、しばらくは、もっぱらその主眼は薬物療法の個人別化に置かれるものと考えられます。それゆえ、遺伝子検査などで個人の遺伝的な薬物代謝能の傾向を把握しておくことはきわめて重要である、と思われます。しかし、現段階では個人の遺伝的情報は明らかにされますが、その治療段階における患者の薬物代謝能を正確に評価することは難しいのではないでしょうか。と、いうのも遺伝子多型の影響は個々の薬によりかなり異なるため、実際に薬を投与してみて血中濃度をモニタリングしたデータが必要となってくると考えられるからです。
 古くから名医は患者の状態を観察して薬の用量をさじ加減により調節したといいますが、現在ではほとんどの臨床診断は検査データに依存しつつあり、薬の用量のさじ加減にも客観的データが必須となってきています。前述した様に、薬の代謝の遺伝的個人差はかなり大きいため、臨床では、タクロリムスの様に安全な有効濃度域が狭い薬物や、血中濃度が薬効や毒性発現の指標となる薬物などは、きちんと血漿薬物濃度を測定し、半減期、除去速度などを推算し、その結果からその個人に適切な投与量・計画を設計し、至適濃度を維持することが求められている、と思います。

5:まとめ
 ビデオで言っていたように、私も、遺伝子検査により得られたデータは究極の個人情報であると思います。その扱いは非常に厳しい制限のもとに行われるべきです。患者一人一人に適した薬の種類と投与量を見きわめ、オーダーメイド医療を実践するにはそのデータが必要なのですから、遺伝子情報を扱うこれからの医師には、強い倫理観が必要です。そして、その大事なデータを生かして少しでも治療の質を向上させることができるよう、必要な知識を吸収する絶え間ない努力が必要であると思います。
 今回、レポートを作成する中で、EBMに基づく新しい医師のさじ加減の技法をこれから学んでいかなくてはならない、と強く感じました。

6:参考文献
「NEW 薬理学 第4版   南江堂」
「薬物代謝学 第2版    東京化学同人」
「生化学事典 第3版    東京化学同人」
「治療薬マニュアル2005 医学書院」
「免疫生物学-免疫系の正常と病理- 第4版 南江堂」
「Merck Manual」
「Molecular Biology Of The CELL 4th edition GS」