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予防と健康管理 レポート
1. はじめに
私が選んだ論文は、人間を中心とした様々な動物の神経細胞などに及ぼすメチル水銀の害を調べ、水俣病=中枢神経系疾患 だけではないという意見の論文でした。私の中で水俣病=末梢神経障害 のようなイメージがありました。そのイメージの原因となったのは、テレビ番組で見てきた水俣病患者の振戦などの動きが、末梢神経の障害なのであろうと思い込んでいた事でした。そこで、実際生体内では有機水銀がどこにどのように働くのかに興味を持ったのがキーワードを選んだ理由です。実際は、水俣病は中枢神経系障害と定義されているものだったのですが、それをきっかけとして実際の水俣病とはどのようなものなのだろうかという考えに至り、この論文を読む事にしました。
2. 選んだキーワード
methylmercury , peripheral nerves
3. 選んだ論文の内容の概略
チッソ社は1932年から1951年までの間アセトアルデヒド生産プラントで触媒として二酸化マンガンを使っていましたが、1951年には触媒を硫化鉄に変えました。これにより1951年から1968年の間メチル水銀が発生し、同社はこれを直接水俣湾に捨てていました。その17年間、水俣湾はメチル水銀の流出により汚染され、湾にいた魚介類の肉や内臓に水銀が蓄積され、生物濃縮がおこりました。その魚を食べた人が、水俣病患者として発症したのです。
今までメチル水銀中毒の特質と診断基準としては、鳥距皮質の前部分の破壊的損傷や小脳皮質の顆粒細胞の減少等しか人間の認められてはいませんでした。しかし水俣病の検死症例数が増加するに従って、脳障害が鳥距皮質等に制限されるのではなく、比較的広範囲に渡る事が明確になりました。運動症状に影響を及ぼすと思われる軽い障害は、しばしば中心前回・中心後回・外側側頭皮質でみられ、これらの症状を示した患者は遠位四肢の感覚神経障害を併発する確率が高いことがわかりました。これは末梢神経の退化をあらわす症状でしたが十分な研究が少ない為、一般的に水俣患者の知覚障害の原因とは認められませんでした。
この論文では、チッソ社の近くのメチル水銀で汚染された水俣湾の南部に住んでいた64歳の漁師であった男性の、生検と検死の所見について述べられていました。この男性の亡くなる1ヶ月前に行われた電子顕微鏡検査による腓腹神経生検では、神経内膜の線維増加とミエリン鞘の再生がみられ、検死では両大脳半球の回(特に鳥距皮質と中心前回、中心後回)の萎縮・溝の拡大とともに、後根と腓腹神経に神経内膜の線維増加と神経線維の減少がみられました。脊髄では比較的感覚神経節は破壊されず残っていましたが、薄束にはウォーラー変性がみられました。これらの所見は、水俣病患者にはメチル水銀からの中毒性損傷の為に末梢神経退化も起こった、という主張を肯定できる結果であると考えられます。
メチル水銀を投与されたマーモセットは、人間と同じように大脳や小脳、末梢神経の障害を示します。マーモセットの重症なメチル水銀中毒では坐骨神経の軸索の変化や破壊が見られますが、2年半メチル水銀を与え続けたマーモセットには軸索の再生と有髄神経線維が見られました。同様にメチル水銀を与え続けられたラットや長期の水俣病患者も、後根神経節のニューロンは良く残っていました。したがって、末梢神経の再生は長期に渡るという考えが妥当だと思われます。
4. 考察
水俣病発病3ヵ月後の重傷者の生存率は5割 と低いのですが、末梢神経障害を起こす事は代謝系の病気なども有機水銀を含めた毒物と同様であることから、さほど末梢神経障害という点ではあまりこの水俣病というものに非特異性はありません。しかし、有機水銀中毒には末梢神経障害が含まれていると言い切れない弱さは、人とその他実験動物によって感受性が違うことが原因の一つです。実際、水俣病の定義は中毒性中枢神経系疾患となっています。結果として、末梢神経障害が水俣病による障害の一部であると主張することが難しくなりました。水俣病をさらにややこしくしている問題のひとつに、次の症例があります。視野の側頭側の狭窄や筋硬直、腱反射の増加、指の振動、書字障害、変換運動障害が挙げられるのですが、この症例によって賠償金目当ての偽の患者が現れたために、本当の水俣病でも軽度の患者は疑われることになり、その口実を国やチッソに与えることにもなりました。また、末梢神経の修復自体が20年程かかるために、20年以上たった後の腓腹神経生検によって臨床的に末梢神経が水俣病との因果関係がないと発表されることはやむをえません。
汚染地域は非汚染地域に比べて四肢末端感覚障害の割合が、非汚染地域の0.2%(熊本県農村の60才以上の在宅高齢者)に比べ300倍もの66.7%(芦北郡福浦15才以上)となっています(http://www1.odn.ne.jp/~aah07310/news_release/handan.htmlより)。ただしこれは水俣病発生から少なくとも10数年たっているために末梢神経の問題はここでも微妙なことになります。
最初のヒトの症例からその原因が有機水銀中毒と発表されるまで4年、さらに発病と工場廃水の因果関係を政府が認めたのはさらにそれから9年も後のことです。この対応の遅 さにより魚介類の市場価値が失われ、漁場関係者の方への経済的負担と貧困による魚への食料依存がもたらす更なる被害の拡大を招いたことは、間違いないと思われます。
水俣病の潜在患者は2万人以上いると考えられています。今認められているのが行政的・司法的・政治的の3種類だけで、その金額は大きく隔たりがあります。また、行政で認められるためには52年判断条件7つのうち複数の組み合わせを要するという、少し妥当性に疑問をもつ条件がありました。水俣病自体比較的症状は激しいものからやんわりしたものまで幅が広いために、そのような曖昧な定義を容認せざるを得なくなったのです。結果的にこの条件は後の最高裁の判断と相反するものとなり、法的な効果に疑問が生まれることとなりました。最高裁の判決は判例法として多大な影響を与えます。よって実質的には、この52年判断条件の効力は法的に失墜したともいえます。政治決着にしても、村山元首相の行ったものは、結果的に260万円と引き換えに自分は水俣病ではないとするものであり、裁判する権利が無くなってしまいました。国や会社としては、長く続くことよりも早めに小さな被害で済めば御の字であると考えていたとも思われます。見舞金契約自体も問題で、昭和34年に結ばれたものですが、死亡者に30万円、生存者に年間10万円という微々たる金額でした。しかし一番の問題は、水俣病の原因がチッソと判明してもそれ以上の要求をしないという文面でした。これらのことから、国や業者としては患者に要求される金額に目処をつけたいと感じてしまいます。ではなぜ患者認定数を増やしたくないのか。それは患者数が増えるとチッソがその賠償で倒産してしまい社会問題になるため、政府は認定の基準を厳しくして、チッソが支払う量を減らそうとした結果だったのです。
水俣病が発生した原因に、強制処理施設が水に溶ける有機水銀には効果がないことを、また、それ以前にチッソがその施設を使わなかった時期があったことを知ること国が知ることが容易であったにも関わらず、行わなかったことが挙げられます。しかし海に流しただけでは茫漠たる海水にうすめられてさして問題にはなりません。問題となる原因は、フグ毒のような生物濃縮の存在です。1951年から1968年にかけてのチッソによるメチル水銀の直接的な水俣湾への放棄によって水俣湾は高水準メチル水銀汚染となり、魚介類にメチル水銀は蓄積されていったと考えられています。
国の対応は水俣病の発生から3ヵ月後の食品衛生法に関するものが最初です。これは魚の販売を強制的に停止できるものでしたが、水俣湾の魚が原因である確たる根拠がないので中止されました。これについては難しいところで、漁業補償の問題もありますが、漁業に与えるダメージを考えてのものでもあるとも考えられます。最近での似たようなこととしては、大腸菌O-157関連でのカイワレ業者との問題が挙げられます。病気を防止するために曖昧なまま報道した結果が、カイワレ業界への大きなダメージを与えてしまいました。これは業者に反論の機会を与えなかったことが、国側が敗訴した理由の一つだったのですが、実際にカイワレが原因であった場合はまた逆の結果となっていたかもしれません。そういった問題があるために国は二の足を踏みがちですが、それが是であるか非であるかはケースバイケースとしかいいようがないというのが現状です。
5. まとめ
水俣病は神経系に障害をもたらすものであるという認識はみんな持っていても、それが中枢性なのか、それとも末梢性なのかについてまで考察することはおそらく無かったと思います。実際に、国とこの論文自体もその点で見解が異なっているために触りづらい話題であったのかも知れません。中枢性のものとしても一応説明はつきますが、それだけでは不十分な影響についての実証は、水俣病の本質について考えるのに不可欠であると思われます。
水俣病として認められなかったことから生検が遅れ、その結果因果関係が薄れてしまったのが残念でなりませんが、国としての中毒性中枢神経系疾患としての立場ではなく、中毒性神経系疾患としてならこれからの患者へのケアも変わるに違いなく、それによるQOLの上昇も期待できます。実際、カイワレ事件のようなケースではなく、こういった前向きなケースならば少しくらい過度、よく言うと慎重な対応が重要になってくると思われます。
引用 ウィキペディア
http://soshisha.org/nyuumon/shitsumonbako/hosho.htm