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水俣病のビデオを見て
今回、水俣病の裁判のときのビデオと遺伝子治療についてのビデオをみてから大学のホームページから二つのキーワードを選びました。それは水俣病と酸化ストレスです。二種類のビデオをみて印象に残ったのが水俣病の方だったため、この二つのキーワードを選びました。
水俣病は日本では1950年代後半に水俣湾沿岸で化学工場から排出されたメチル水銀で汚染された魚介類を摂取したことで発症した病気です。その後日本のいくつかの地域でも発症がみられました。現在は公害病の一つとして知られています。症状として主に共通してみられるのは、四肢の痺れ感と痛み、言語障害、運動失調、難聴、求心性視野狭窄などといった症状です。また、これらの症状はまとめてHunter-Russell症候群として知られています。水俣病の原因物質として考えられているのがメチル水銀です。メチル水銀はかなり有毒な環境汚染物質として認知されています。死亡された患者さんの脳の病理所見からは、大脳皮質では視覚中枢、運動および知覚中枢、聴覚中枢などの選択的な傷害がみられ、さらに小脳皮質では顆粒細胞の脱落萎縮などが特徴的にみられました。これらは言語障害、運動失調、求心性視野狭窄といったHunter-Russell症候群の症状の原因として十分に考えられるものでした。メチル水銀によって中枢神経系に障害が与えられるのであれば、メチル水銀が血液―脳関門を通過しなければいけません。メチル水銀は脂溶性であるので通過できるものだと考えられていました。しかし、より脂溶性の高いフェニル水銀化合物が中枢神経系に移行しないことが明らかになりました。そして研究の結果、メチル水銀はシステインと複合体を形成した後、構造的に類似したアミノ酸であるメチオニンの輸送系を介して積極的に細胞に取り込まれることが明らかにされました。
メチル水銀中毒の臨床症状としてみられるHunter-Russell症候群は急性あるいは亜急性の重症例であります。しかし、人によっては軽症であったり、非典型的な中毒症状を引き起こしたりしており、そういった報告も数多くされています。また、神経症状以外にも腎、肝など、他の臓器にも障害を及ぼす可能性が動物実験の結果から示唆されたりしています。主な症状としてはHunter-Russell症候群なのですが、それだけだと言い切れず、発現する症状についても研究が続けられています。
メチル水銀による細胞毒性発現機構については、実験動物および培養細胞系を用いて多くの検討がなされていますが、水俣病で典型的に観察されるような脳神経系に特異性の高い毒性がどのようにもたされるかについては十分に明らかにはなっていないのが現状です。その中で明らかにされていることについて述べていきたいと思います。
メチル水銀の細胞毒性発現機構のなかで、メチル水銀が細胞内で毒性のものとして作用する主要な標的部位として蛋白合成系と微小管が考えられてきました。動物実験でラットの脳にメチル水銀を投与すると、他の生化学的変化(酸素消費、解答系、チオール酵素の活性変化など)に先がけて放射性標識アミノ酸の取り込みでみた蛋白質合成が特異的に低下することが古くから多くの研究者によって報告されてきた。これは、タンパク質合成系の中でも特にtRNAの関与する合成のごく初期段階がメチル水銀に対して高感受性であるため、アミノアシルtRNA合成酵素がメチル水銀によって阻害されるためであろうと考えられています。また、メチル水銀は培養細胞においても、精製したチューブリンを用いて再構成した系においても微小管の脱重合を引き起こす。これはメチル水銀がチューブリンモノマーのチオール基と反応して重合を阻害するため、微小管の重合が起こらずに脱重合が引き起こされるのだと考えられる。微小管は細胞が分裂増殖する際に細胞の有糸分裂で必要なものなのでメチル水銀によって阻害されると細胞の増殖ができずに、分裂指数の増加、さらに多核細胞の出現が引き起こされる。実際にマウスを使用した実験では発生の初期段階で神経細胞の分裂阻害がメチル水銀によって引き起こされていることが明らかとなっている。しかし、タンパク質合成系も微小管も神経細胞のみに存在するものではなく、どの細胞にもだいたい存在するものである。メチル水銀によって主に障害されるのは脳神経系と考えられるので、何か別の因子が加わることによって神経細胞に障害が引き起こされやすくなると考えられる。そして、メチル水銀の細胞毒性の神経細胞に対する特異性を解析するために、細胞培養系において複数の神経系細胞と非神経系細胞をメチル水銀に暴露し、50%致死濃度の比較をする実験が行われた。その結果によると、神経系細胞のほうが高感受性を示した。さらに48時間暴露での50%致死濃度において間実質細胞と小神経細胞とでは50倍以上の差が認められました。このときの小神経細胞の状態は核を含む細胞全体が小さくなって、多数の小胞が形成されており、まさにアポトーシスのような形態を示していた。そこで、ラットから顆粒神経細胞を調製し、カリウムイオン濃度をシフトすることによってアポトーシスを誘導するものともう一つはカリウムイオン濃度を25mMに維持してメチル水銀を添加し、細胞死を誘導するものでこの二つを比較する実験が行われた。結果的には、共に凝縮した核の出現、DNA ladderが観察されたため、メチル水銀暴露によって起こった細胞死はアポトーシスとほぼ同じ状態と考えられると結論づけられました。
メチル水銀によって神経細胞のアポト−シス誘導機構において加えられる因子としては細胞内カルシウムイオンの恒常性の破錠、酸化ストレス、神経栄養因子環境の変化などが可能性として考えられます。今回はその因子の一つである酸化ストレスの関与について調べました。Myotonic dystroyモデル細胞を用いて、RNAのUGリピート部に結合する蛋白質CUG-BPの酸化ストレス下での動態について解析した実験がありました。CTGリピート160個を有するDMPK cDNAをマウス筋芽細胞C2C12に遺伝子導入して得られた安定発現細胞である変異株と野生株にメチル水銀と過酸化水素を添加すると、変異株では野生株と比較すると細胞生存率は低かった。変異株ではメチル水銀添加後5時間すると細胞内活性酸素が急増したが野生株は軽度であった。抗CUG-BP抗体を用いた解析では変異株、野生株のCUG-BPの量的な差は認められませんでした。酸化ストレス後は増加傾向を認めました。また、酸化ストレス後でのCUG-BPは野生株では核へ移行しているが、変異株では細胞質へ移行していました。CUG-BPはRNA スプライシングに関与するRNA結合蛋白質なので核内になければ細胞増殖といった行為が行われないと考えられます。そのため、細胞内活性酸素が急増した変異株のほうがメチル水銀添加において細胞生存率が低かったのだと考えられます。また、その他にラットを用いてメチル水銀による酸化ストレスの誘導を行った実験がありました。その結果では肝細胞では酸化ストレスの反応はなく、大脳の神経細胞には酸化ストレスの反応が認められました。マウスの脳を使った実験では脳にメチル水銀を投与すると活性酸素種の増加と抗酸化酵素活性の低下が認められました。さらに、ラットの小脳神経細胞にメチル水銀を投与した実験で昔からメチル水銀による神経毒性・神経細胞障害を軽減する効果があるとされるビタミンEをメチル水銀投与後24時間以降に投与すると神経細胞死保護効果が観察されました。これはビタミンEが抗酸化活性を有しているため、ビタミンEを投与することで酸化活性を防ぐことができ神経細胞のアポトーシスを防ぐことにつながると考えられます。以上のことをふまえて考えますとメチル水銀によって細胞に酸化ストレスが引き起こされることでアポトーシスが誘導されていくのだと考えられます。
ここまでに述べた実験を通して考察しますと、確かにメチル水銀による神経細胞のアポトーシスの誘導がされるのに細胞に酸化ストレスがもたらされることが重要な因子だと考えられます。そして、ビタミンEを投与するとアポトーシスの誘導を止められることも考えられます。ならば、ビタミンEを含んだ治療薬、方法によって水俣病の主な症状であるHunter-Russell症候群を治療できるはずと考えられます。しかし、現在完全に治療できる方法はありません。水俣病のビデオの中でもこれといった治療法はとくに述べてはいなかったと思います。原因としてはメチル水銀による神経細胞のアポトーシス誘導を引き起こす因子が酸化ストレスだけでなく、細胞内のカルシウムイオンの恒常性の破錠や神経栄養因子環境の変化といったことが因子として加わってくるからだと考えられます。また、様々な動物実験を行うことでメチル水銀による細胞への毒性発現機構は解明されてきてはいますが、治療法がきちんと確立できる程は解明されていないことも原因として考えられます。
今回水俣病のビデオをみてから、水俣病を題材として二つの論文を読みました。水俣病は昔から一般的にもよく知られている病気です。言語障害や運動失調といった症状も水俣病の特徴として知られています。しかし、論文を読んでいくうちにその発現機構の内容については解明されてきてはいるが解明されていないこともあり、今でも研究や実験が続けられていることを知りました。水俣病に限らず、研究、実験が続けられている病気は他にも多く存在します。水俣病は細胞死の誘導で脳に障害が起こります。解明が進んでいくと、発展系として他の脳に障害を引き起こす病気の解明にもつながっていくとも考えられます。医学は常に発展しているとよく聞きますが、このように知っている病気の研究が今でも続けられていることを自分で調べてみると、その病気がどんな病気かわかっていても治療できるとは限らないことを改めて感じました。研究が続けられている以上、新しい情報は常にでてきます。医者になっても勉強をしていかなくてはならないことを少しは感じることができたように思います。