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1. はじめに
 このレポートは熊本県水俣市を中心に発生した水俣病の歴史と現在に残る問題点について医学論文を参考に考察したものである。水俣病は工場排水に含まれたメチル水銀に汚染された魚を熊本県水俣市の住人が食べたことにより発生したメチル水銀中毒である。認定患者だけで2000人を超す日本最大の公害病であり、四大公害病のひとつである。当時は国の対応が遅れたことや、排水処理の指導が不十分だったことなどにより被害が拡大したことが問題となった。現在では工場からの水銀の流出はなくなり、水俣湾に溜まっていた水銀の除去工事が10年ほどかけて行われ、漁業も再開している。現在に残る問題点として、水俣病患者に対する国の賠償問題がある。水俣病に対する有効な治療法はなく、現在も水俣病患者はメチル水銀中毒の症状に苦しんでいる。水俣病患者は国に対して水俣病の認定を請求しているが、国の認定基準が高いことや認定を請求している人のうち水俣病患者と水俣病の基準に当てはまらない人の診断が難しいため水俣病患者は十分な賠償を得られずにいるのが問題となっている。水俣病の原因となるメチル水銀は中枢神経や脳細胞を侵し、手足のしびれや言語障害をおこす。やがて体の痙攣や意識が失われ、精神錯乱が生じる。このレポートでは水俣病患者の検査方法およびこのような疾患に対する予防と対策について考察した。

2. 水俣病に関連する論文検索に使用したキーワード
Minamata / AtaxiaをキーワードにインターネットのPub Medで水俣病と運動失調に関する医学論文を検索した。いくつかの論文が検索されたが、このうち水俣病の診断に関する論文を採用した。

3. 検索した論文と概略
 論文のタイトルはMR imaging of minamata disease: qualitative and quantitative analysis 。熊本大学医学部のKorogi Y, Takahashi M, Sumi M, Hirai T, Okuda T, Shinzato J, Okajima Tらによって書かれたもので、医学雑誌Radiation Medicineの1994 Vol.12 ,No.5 , 249-253p.p.に掲載されているものを資料に用いた。
 概略: 
 メチル水銀中毒の結果発症する水俣病はメチル水銀で汚染された魚介類を摂取することで罹患する神経疾患である。熊本大学のKorogi Yらは水俣病患者のMRIの定量的評価を行った。7人の水俣病患者と8人のコントロールとしての健常者に対して1.5テスラでMRIの検査を行った。被験者となった水俣病患者はすべて神経障害や視野の狭窄、運動失調といった特定の神経症状があった。定量分析では水俣病患者の小脳虫部と小脳半球の下部および中央部が健常者と比べて萎縮していることが分かった。しかし橋底部、中小脳脚、脳梁、大脳半球には水俣病患者と健常者の間で著しい違いはなかった。鳥距溝と中心溝は著しく拡張し、それぞれ視覚野と中心後回の皮質が萎縮していた。鳥距溝周辺、小脳、中心後回の病変はそれぞれ視覚の狭窄、運動失調、知覚障害の三つの症状と関連していた。MRIはメチル水銀中毒による中枢神経系の障害を診断するのに有効であると考えられる。

4. 考察
 講義で観たビデオでは主に水俣病患者の国に対する水俣病患者であることの認定と賠償を求める議論が中心であった。問題の中心となっていたのは請求者のうち水俣病の基準を満たす人とそうでないひとの判断が難しいことにあった。患者側の要望には認定基準が高すぎるといった意見もあり、何を判断基準とするかが問題になると思う。国による水俣病の認定を受けるには感覚障害や運動障害などの複数の症状の組み合わせが必要である。一方、熊本学園大学の医師らが提案する診断基準は感覚障害の一症状でもあれば水俣病と診断するというものである。患者の早期救済を図るためには後者の基準を採用するべきである。しかし、診断基準が低くなるほど水俣病と診断することは難しくなる。患者の診断を決定づけるような検査方法があれば国による認定も得やすいのではないかと思う。熊本大学のKorogi Yらは、MRIによって水俣病の画像診断を行うことができると論文に発表している。
 MRIを使った診断では脳の様々な断面を画像として映し出すことで脳の病変を診断する。MRIは磁場を使った造影法であるためCTなどのX線を用いた造影に比べて被爆の心配がない。概略でも述べたように水俣病患者のMRI画像では小脳虫部、小脳皮質、鳥距溝周辺、中心後回の皮質が萎縮していることが定量的に分かり、それぞれの位置に関係して運動失調、視覚狭窄、知覚障害が患者に発症していることから水俣病の診断に有効であると考えられる。Korogi Yらは以前に視覚皮質の海綿状態と考えられる病変のMRI所見を報告しているが、水俣病患者のMRIによる定量的分析の所見は報告されていないと述べている。そこで94年の論文ではMRIによる水俣病患者の肉眼的に見た大脳と小脳の病理学的変化について発表している。MRIの定量的検査は水俣病の診断を助けるだけでなく水俣病の病変過程も示すと考えられる。小脳の病変に関しては他にもSCD(spinocerebellar degeneration)などの病変が一般的であるが後期の症状が水俣病よりも重症であるという違いがある。またアルコール中毒による病変は小脳虫部のうち上部の病変が多いのに対して、水俣病の場合は虫部のうち下部の病変が多いという区別がある。このようにMRIの定量的検査は特定の小脳萎縮の鑑別に有効であると述べている。
 MRIの定量的検査では画像とともに病変の程度を数値として比較できる点がより厳密であると思う。すでにこの検査方法が広く水俣病患者にたいして行われているのかは不明であるが、診断基準の一つとして導入すれば水俣病患者の診断の有力な方法の一つとなるのではないかと私は考える。
 これまで述べたように水俣病患者を認定するための診断方法が開発されれば、それは水俣病患者の早期救済に貢献するだろうと思う。しかし国による賠償を患者が受けたとしても水俣病患者の症状が改善されるわけではなく、また水俣病で亡くした家族がかえってくるわけでもない。このような悲劇が再び繰り返されないよう政府や企業の対策が必要だと考えられる。
 メチル水銀を排水として流していたチッソ水俣工場は日本の産業の高度成長を支えた企業の一つであり、おそらく戦後の高度成長期では全国的に環境や人権よりも産業の発展が優先されていたのだと思う。また水俣工場に限らずどの企業においても水俣病のような公害を起こす可能性はあったと考えられる。問題は工場の排水が水俣病の原因であると分かってからも水銀の排水を続けたことと政府の規制等の対応が遅かったことにあった。企業側の利益の追求に歯止めがかからなかったことと、原因が分かってからの政府の対応が遅れたことで水俣病患者の数は大幅に増えたと考えられる。
 このような政府による社会的に疾病を予防する体制の構築と維持の必要性は高度成長期に限ってのことではないと思う。現在でも水俣病のような広範囲に人々に重大な疾患をもたらすような要因は存在すると考えられる。アスベストやダイオキシンといった化学物質もメチル水銀と同様に人体に悪影響を及ぼす危険性があり、政府による規制はすでに始まっているが今後も対策が必要だと考えられる。
 水俣病の原因が明らかになるまでの間、水俣病患者に対する様々な誤った認識が人々にあった。水俣病患者ははじめ伝染病だと誤解されたり様々な差別待遇を受けた。これらの偏見がなくなるにはまず疾患の原因が明らかになることと、正しい知識が人々に浸透することが必要である。水俣病の場合、水俣病が発症するまでの経緯を患者や地域住民の情報などさまざまな要因から原因の可能性を考える必要があると思う。またこのような疾患の場合は医師による迅速な報告が被害の拡大を防ぐことになると考えられる。疾患に対する偏見については正しい知識を医療機関の関係者を中心に一般の人々にアピールすることが同時に疾患の蔓延を防止することにもなると思う。
5. まとめ
 水俣病はメチル水銀で汚染された魚介類をヒトが食べることでメチル水銀中毒となり、様々な神経疾患をきたす病気である。水俣病患者は熊本県水俣市のチッソ水俣工場が1932頃からメチル水銀を排出したことが原因で、そのことが分かってからも水銀の排出を続けたことと、政府の規制と対応が遅れたことで被害が大幅に拡大した。水俣病患者は政府に対して水俣病であることの認定と賠償を請求しているが、政府による水俣病の認定基準は感覚障害と運動障害の複数組み合わせを満たすという厳しいものである。水俣病患者の早期救済には医師らが提案する一症状の感覚障害でもあれば水俣病と認定することを基準とするべきである。しかし基準が低くなれば同時に水俣病患者の診断も難しくなり、水俣病患者とそうでない人の判断が難しくなる。水俣病であることを決定付けるような検査方法があれば水俣病患者の早期救済につながると考えられる。熊本大学のKorogi Yらは1994年の論文でMRIの定量的画像診断が水俣病患者の診断に有効であると発表している。水俣病患者のMRI画像によって肉眼的に病変部を確認でき、また病変の程度を定量的に数値として比較することができるというものである。このような水俣病の検査方法の開発が進み、広く患者に適応されれば水俣病患者の早期救済に発展するのではないかと私は考える。
 水俣病患者の政府による救済と同時にこのような事態が再び発生しないような取り組みも重要となる。政府による規制および環境の整備が疾病を社会的に予防する上で重要な役割を果たすと考えられる。またこのような事態を予測し、発生した場合は迅速な対応が被害の拡大を防止すると考えられる。医療従事者を中心に疾病に対する正しい知識を一般の人々に広げることも疾患の予防と蔓延の防止のために重要である。また医師による疾患の判断と迅速な報告が水俣病のような疾患の被害拡大を防止することにつながると考えられる。