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1、はじめに
1950年代から現れ始め、華やかな高度成長時代に暗い影を落としたさまざまな公害病。今でもその後遺症に悩む人はたくさんいる。産業発展の暗部である公害病に医学がどこまで対処できるのかに自然と興味がわいた。また、開発途上国でそのような公害病が現在起こっているのも事実であり、まだまだ世界規模で公害はなくならないと思う。将来医師になる身として、このような我が国の公害病に詳しく触れる機会があり、嬉しく思う。
2、選んだキーワード
公害・末梢神経
3、選んだ論文の概略
「神経病理学より見た水俣病」、「水俣病患者の末梢神経」とゆう題の論文を選んだ。
「神経病理学より見た水俣病」では、脳幹、脊髄にきたす水俣病による様々な病変、細胞単位での発生病変など、神経系の病理学に幅広く触れていた。また、メチル水銀の人体への作用機序、感受性など病原にも触れていた。「水俣病患者の末梢神経」では、水俣病の表在感覚障害を糖尿病性ポリニューロパチーに見られるそれと比較検討しており、一口にゆう神経系の障害の程度を知るうえで有意であると感じた。また、末梢神経および中枢神経での病変の比較、責任病変部位の特定をさまざまな実験を通して考察されている。そして特化して感覚障害の病変部位に検討に踏み込んでおり、具体的数値を示しての実験データから、説得力ある自説の考察が印象的だった。
4、論文、ビデオからの自身の考察
私は今回予防と健康の講義で、水俣病訴訟、オーダーメイド医療のビデオを観賞した。そしてその感想文のキーワードとして、公害と末梢神経とゆう項目を選んだ。なぜなら水俣病にしろ、その他の公害病にしろおおよそ神経系になんらかの病弊がみられることが多いとゆう、かろうじての知識があったからだ。
1950年代、水俣市の化学工場から海に多量のメチル水銀が排出された。沿岸の居住者はそのメチル水銀に汚染された魚介類を食した結果、多数のメチル水銀中毒患者(水俣 病)が発生した。それらの患者には、表在感覚障害があることがわかり、その責任病変が神経系のどこにあるかが問題となっていた。
そこで、国立水俣病総合研究センターでは、コモン・マーモセットのメチル水銀投与実験を1996年から開始した。その結果、急性メチル水銀中毒患者の初期脳病変は脳浮腫によって、増長されるものであることが実証された。また末梢神経の初期病変は軸索変性
であり、初期には髄鞘は全く傷害されないことが判明した。
ヒト水俣病の神経系病変は系統的に発生することが知られている。つまり、大脳においては深い脳溝の周辺の皮質に病変をきたし、鳥距野の前位部、中心前回、中心後回、横側頭回に選択的病変が認められる。中等度の病変があって、長年経過すると髄質中心部や内矢状層に二次変性変化がみられる。
小脳に関しては、プルキンエ細胞および顆粒細胞は、メチル水銀の量に応じて脱落、減少を認める。軽症から中等症では、プルキンエ細胞は比較的保たれており、プルキンエ細胞層直下の顆粒細胞が脱落、減少をきたす。
脊髄では原発性病変は認められないが、中等症以上で長期経過すると、錐体路に系統的変性病変をきたす。また後索(特に腰髄)には二次編成を見ることが多い。この事実は末梢感覚神経(後根神経)が傷害されている証明となる。坐骨神経及び腓腹神経にも常に病変が確認されるが、末梢感覚神経が全脱落することはない。
具体的には主に、四肢末端の感覚障害に始まり、運動失調、平衡機能障害、両側性求心性視野狭窄、歩行障害、筋力低下、企図振戦、眼球運動異常、聴力障害等をきたす。また味覚障害、嗅覚障害、精神症状等をきたす例もある。
その中でも水俣病の主要徴候である表在感覚障害の責任病変部位を理解するために、糖尿病の合併症である末梢神経障害、すなわち、糖尿病性ポリニューロパチーをdisease controlとした比較研究に注目した。
その研究では、糖尿病患者の触覚、アキレス腱反射および腓腹神経伝導検査の異常の有無を調べ、水俣病との比較検討を試みていた。また他方で、重症例を含む急性発症水俣病患者の腓腹神経活動電位を示し、末梢神経異常の有無を検討していた。
糖尿病と水俣病の患者を比較対象患者とし、拇指背面の触覚およびアキレス腱反射を検査し、それらの正常、鈍麻、消失をスコアし評価していた。
腓腹神経伝導検査では、足首で電気刺激を行い、ふくらはぎ中央部分で針電極を用いて、活動電位を導出記録し、そこで活動電位振幅を測定し、伝導速度を算定した。
結果は、糖尿病では触覚正常(69.5%)、鈍麻(26.9%)、脱失(3.6%)であった。また、アキレス腱反射は、正常(20.8%)、低下(26.9%)、消失(52.3%)であった。そして、触覚正常でも、アキレス腱反射消失が40.1%もあった。
腓腹神経の活動電位振幅及び伝導速度の平均値は、触覚の異常が、正常群から鈍麻群、脱失群と進行するにしたがって、振幅の低下と、伝導速度の遅延がみられた。
他方、水俣病では、患者全てに表在感覚(触痛覚)の鈍麻、または脱失が認められた。アキレス腱反射は、正常(63.4%)、低下(14.6%)、消失(22.0%)であった。水俣病患者の腓腹神経活動電位は、振幅平均値は糖尿病患者より大きく、伝導速度平均値も多少糖尿病患者を上回る結果であった。
そして急性発症水俣病患者の腓腹神経活動電位では、振幅と伝導速度はいずれも正常であった。
これらの研究の目的は、水俣病患者の腓腹神経に異常があったとする報告に対して、糖尿病性ポリニューロパチーをdisease controlとして、末梢神経障害で現れる触覚およびアキレス腱反射の異常の出現頻度を検討することにより、水俣病の表在感覚障害の責任病変部位が末梢神経では説明できないことを明らかにすることにある。
表在感覚の代表である触覚は、糖尿病患者の69.5%が正常であったのに対して、水
俣病では全ての症例で触痛覚鈍麻、または脱失がみられた。ポリニューロパチーには、アキレス腱反射の低下または消失を伴うが、その反射の正常が、糖尿病でわずか20.8%であったのに対して、水俣病では63.4%もみられたことからも、水俣病の表在感覚障害の原因がポリニューロパチーではないことを示している。
触覚は主として大径有髄線維により伝導され、知覚神経で記録される活動電位は大径有髄線維の大部分から構成されていること、また、活動電位振幅は大径有髄線維の密度に比例していることなども明らかにされている。水俣病患者の活動電位振幅の平均値は、糖尿病患者のそれより明らかに高い振幅を示していた。また、糖尿病の触覚鈍麻群、脱失群では、両方とも高い振幅低下を示した。このことは、末梢神経が多少障害されても、感覚機能は十分保持されるように、多数の予備の神経が用意されているものと考えられる。振幅低下とともに伝導速度の遅延も観察された。
一部では、ラットのメチル水銀中毒実験で、末梢神経障害が現れることが、ヒトの四肢末梢性と思われる感覚障害と混同されて、水俣病において末梢神経には異常がないとする主張が信じられなかったとも考えられる。しかし、猫やサルのメチル水銀中毒実験で中枢神経は明らかに障害されるが、末梢神経は正常であることが明らかにされた。
水俣病の腓腹神経は生理学的、組織病理学的に全く正常であることからも、観察される表在感覚障害の責任病巣は末梢神経ではなく、明らかに中枢神経系にあると結論される。
水俣病の表在感覚障害と糖尿病性ポリニューロパチーに見られるそれとを総合比較すると、アキレス腱反射の低下消失の頻度は、糖尿病よりも水俣病できわめて低いことから、水俣病に糖尿病性ポリニューロパチーに相当する末梢神経障害はなかった。
水俣病の感覚障害は、四肢末端の痺れ感ではじまる。それには、感覚中枢である中心後回の病変が考えられる。
水俣病の発生以来、メチル水銀は極めて有毒な環境汚染物質として認識されており、脳神経系に高い毒性を発揮する。それはメチル水銀が使用量によって神経細胞に対しアポトーシスを惹き起こさせるからだ。メチル水銀はシステインと複合体を形成した後、構造的に類似したアミノ酸であるメチオニンの輸送系を介して積極的に細胞に取り込まれる。取 り込まれたメチル水銀による神経細胞のアポトーシス誘導機構については、細胞内カルシウムイオンの恒常性の破綻、酸化ストレス、神経栄養因子環境の変化などが考えられる。
それらは、脳の中でもとりわけ大脳皮質の視覚野、小脳顆粒細胞層などに顕著である。
やはり水俣病の責任病変は中枢神経系であると考えられる。
5、まとめ
今回、水俣病の主要徴候の一つである、表在感覚障害の責任病変にスポットをあてて詳しく掘り下げてみた。同じ症候を示す糖尿病性ポリニューロパチーをcontrolとした比較対象実験の結果から、病変部は末梢神経にはなく中枢神経系にあることが判明した。また、大脳、小脳をはじめとして、脳神経系に重篤なる障害を与える水俣病の脅威に触れた。
結果は簡潔だが、それにたどり着くまでにものすごい労力の実験が積み重ねられてきたことが、手に入れた論文から読み取れた。メチル水銀をはじめとする、化学有害物質の垂れ流しで、魚などの食物から知らぬ間に体内に蓄積され、脳神経系が冒される水俣病。講義で見たビデオの内容は事後の訴訟や補償の話と、遺伝子治療であったため、医学的見地から書く今回のレポートの意に沿いづらかったが、公害病は明らかなる人為性のために、事後処理に補償問題が関わってくるのは当たり前であり、また、公害病を遺伝子検索で有利に治療できる日も近いのではないかと感じた。いずれにせよ、水俣病を戒めとし、産業廃棄物の健全処理は徹底すべき国策であると思う。日本において、このような公害病の悲劇を繰り返してはいけない。