【レポートサイト top】  
------------------------------------------------

予防・健康ブロックレポート

                
                        
1. はじめに
今回予防・健康ブロックの講義の一環として水俣病に関するビデオをみて、論文を調べ、レポートを書くことに私は大きな意義があると感じる。なぜなら今まで私がいかにこの問題に無知で関心がなかったかを知ることができたからだ。これから医師となる私たちにとってこの問題は真剣に考えるべき問題であり、このような過ちは2度と繰り返してはいけないと思う。これを通して少しでも被害者の方の痛みを理解することができたら幸いである。

2. キーワード
水俣病と関連のあるキーワードとして私は「酸化ストレス」と「メチル水銀」を選んだ。これらのキーワードを選んだ理由は、水俣病の原因物質としてメチル水銀が関与していたことは有名であるが、その発生の機構は私を含め知っている人は少なく、詳しく知っておきたいと思ったからだ。医学生として医学的立場で一歩進んだ水俣病に関する知識を身につけ、よりこの病気を知ることができたらと思う。今回は酸化ストレスと関連させてそれを突き詰めたいと思う。

3. 論文概略

   まず、一つ目の論文、「メチル水銀による酸化ストレスと神経細胞死」の内容概略を
下に示す。
水俣病の発生以来、メチル水銀の毒性発生機構については多くの検討がなされているが、水俣病で典型的に観察されるような脳神経系に特異性の高い毒性がどのようにしてもたらされているかについては未だ十分に明らかにされているとはいえない。
  著者はとくにこのことに注目して検討を行ってきているが、最近メチル水銀が低用量で神経細胞に対して特異的にアポトーシスを引き起こすことを明らかにした。
   まず、メチル水銀中毒の臨床症状についてであるが、メチル水銀による中毒例の最初の報告は1940年に種子殺菌剤としてメチル水銀化合物を製造する工場の労働者が罹患したもので、四肢のしびれ感と痛み、言語障害、運動失調、難聴、求心性視野狭窄などが特徴的な臨床症状として認められた。(Hunter-Russell症候群)その後1950年代後半の水俣病、1965年の新潟水俣病、さらには1972年のイラクの大規模なメチル水銀中毒が発生しているが、いずれの発症例でも典型的な臨床症状としてはHunter-Russell症候群があげられている。また、死亡例の脳の病理所見からは、大脳皮質では
視覚中枢、運動および知覚中枢、聴覚中枢などの選択的な傷害が、さらに小脳皮質では顆粒細胞の脱落萎縮が特徴的であることが報告されており、臨床症状を裏付けるものであった。中枢神経系に障害を与えるためには血液―脳関門を通過する必要があるが、メチル水銀はシステインと複合体を形成した後、構造的に類似したアミノ酸であるメチオニンの輸送系を介して積極的に取り込まれることが明らかにされた。メチル水銀中毒のもう一つの特徴は、経胎盤曝露による胎児への障害、いわゆる胎児性水俣病の発生である。従来胎盤は外からの毒物に対して胎児へ防御的に作用するのが普通であるが、メチル水銀は母親より胎児の方に濃厚に蓄積されていた。これらは典型的な臨床症状であるが、軽症やひ典型的な症状も数多く報告されており、また神経症状以外にも腎、肝など、多臓器にも障害を及ぼす可能性が動物実験の結果から示唆されている。


 次にメチル水銀の細胞毒性発現機構についてだが、今までの研究でのなかでメチル水銀の毒性の細胞内での主要な標的部位として考えられてきたのが蛋白質合成系と微小管である。しかし、蛋白質合成系も微小管も神経細胞にのみ存在するものではなく、メチル水銀の毒性が脳神経系に対して特異性が高いことを説明するには、さらに別の因子の関与を考える必要がある。
 著者らは水銀の細胞毒性の神経細胞に対する特異性を解析するために、まず細胞培養系において複数の神経系細胞と非神経系細胞をメチル水銀に暴露し、50%致死濃度の比較を行った。その結果、一般に神経系細胞が高感受性を示し、48時間暴露での50%致死濃度が肝実質細胞と小脳神経細胞とでは50倍以上の差が認められた。このときの小脳神経細胞の状態は核を含む細胞体が小さくなって多数の小胞が形成されており、まさにアポトーシス様の形態を示していた。メチル水銀による神経細胞のアポトーシス誘導機構については細胞内カルシウムイオンの恒常性の破綻、酸化ストレス、神経栄養因子環境の変化などが可能性として考えられる。酸化ストレスとの関与であるが、メチル水銀が細胞に酸化ストレスをもたらしうることが示されている。例えば、メチル水銀がフリーラジカルを形成する可能性が示唆されていたり、メチル水銀を投与したマウスの脳で活性酸素種の増加と抗酸化酵素活性の低下が観察されている。また、抗酸化活性を有するビタミンEが、メチル水銀による神経毒性・神経細胞障害を軽減する効果があることも古くから知られている。著者らのラット小脳神経細胞初代培養系においてもメチル水銀による神経細胞死誘導に対してビタミンEが強い保護作用を示すことが明らかとなった。30Nmのメチル水銀に曝露した場合、小脳細胞は48時間あまりのlag periodの後、急激にアポトーシス様に死んでいく。このとき、ビタミンE20μMを共存させるとその神経細胞死はほぼ完全に抑えられる。しかもビタミンEをメチル水銀の添加後24時間後、あるいわ48時間後に加えてもほぼ同じ保護効果が見られる。これらの結果は、酸化ストレスがメチル水銀による神経細胞死において必須の役割を演じているとともに、細胞死の最終局面に関与していることを示すものである。
 次に二つ目の論文、「メチル水銀の侵襲機序」の内容概略を示す。
 動物実験による有機水銀による侵襲機序については、まず末梢神経系の知覚繊維、脊髄後根・後索、脳神経の三叉神経・超神経などが選択的に傷害され、Schwann細胞の肥大に続いて有髄繊維の髄鞘・軸索に病変が見出され、Ranvier絞輪の近位部に病変が始まる傾向が強いことなどから、有機水銀はSchwann細胞、Ranvier絞輪部に直接作用するのではないかと推測される。これらの病変に遅れて小脳顆粒細胞や後頭視領域の細胞に病変が見出されるが小脳顆粒細胞の病変は胞体内のリボソームの消失、核の変性が目立ち、他方ミトコンドリアはよく保たれていることなどから、タンパク合成系の障害が推測される。このことはBrown,et al.がさきに若い雛を用いた有機水銀中毒実験において、有機水銀がRNA顆粒に影響を及ぼすことを報告し、またYoshiko,et al.は生化学的に有機水銀が細胞内のタンパク合成系を傷害することを報告していることと一致している。次に有機水銀投与量を少なくして約1/3の両を投与すると、動物は約3倍の期間を経過して発症することから、有機水銀はいったん生体内にはいるとかなり長期間にわたり体内に蓄積されることを示すものと考えられる。また有機水銀中毒に陥った動物を長期経過して末梢神経を調べると、高度に傷害されたものでは再生像はきわめて乏しいことから、有機水銀中毒で、一旦高度の知覚障害に陥ったものでは非常に回復が困難であろうと考えられる。他方、軽く傷害されたものでは、既存の繊維とは異なった多数の小径有髄繊維が再生していることから、障害が軽度であると機能的にはかなり回復するものと思われる。
 このような動物実験データを基にして、ヒト水俣病の臨床症状を見てみると、症状がまず四肢末端や口周のしびれ感からはじまり、知覚の鈍麻、聴覚障害がみられること、さらに運動失調、言語障害、求心性視野狭窄などが出現する。これは末梢神経の障害に遅れて小脳が傷害されることからもよく説明できる。さらに自律神経症状や筋萎縮などがみられることは、無髄神経や骨格筋に病変があることから説明できる。そして、高度に傷害された末梢神経では再生像が乏しいことから、一旦高度の知覚障害に陥ったものでは知覚障害の回復はかなり困難ではないかと予想される。
 有機水銀が実際に細胞内に取り込まれてどのような機能を傷害するかについての説明は現在なでなされておらず、ただ、光学顕微鏡レベルで組織学的に細胞内に水銀顆粒が証明されているに過ぎない。上述したごこく有機水銀中毒死亡例の小顆粒細胞の固定に金属を使用せず、無染色標本で観察すると、有機水銀顆粒が胞体内のライソゾームやゴルジ膜に付着しているとおもわれる像が得られた。このことから有機水銀そのものが細胞内の重要な小器官に付着して、その機能を傷害するものとかんがえられるだろう。また、小脳顆粒細胞にかなり多量に有機水銀顆粒が見出されたことは、他の神経細胞と比較して顆粒細胞の膜が有機水銀を通過させやすい性質をもつのではないかとも考えられる。他方、顆粒細胞が代謝面において他の神経細胞より活発ではないかとの推測ももたれる。しかし、アイソトープ実験において、有機水銀が小脳皮質に多量に分布していること。さらに著しく傷害される末梢神経に最も多量に分布していることから、傷害される大きな要因として多量に有機水銀が取り入れられたためと考えるのが妥当であろう。

4. 考察
2つの論文の内容をまとめ、メチル水銀によって神経細胞が傷害され病状が発生するまでの機構をたどると、まず体内に入ったメチル水銀はシステインと複合体を形成した後、構造的に類似したアミノ酸であるメチオニンの輸送系を介して積極的に取り込まれる。メチル水銀がフリーラジカルを形成することにより生体内の活性酸素生成系が亢進、または抗酸化システムの低下が引き起こされ結果として酸化力が抗酸化力を上回った状態、つまり酸化ストレスとなる。このようにして発生した酸化ストレスは生体内防御機構を制し、その結果生成した活性酸素種が酸化ストレス状態を持続して神経細胞のアポトーシスを誘発、伝播させると考えられる。これによって末梢神経から中枢神経系へと傷害がおよび四肢のしびれ感と痛みなどから言語障害、運動失調、難聴、求心性視野狭窄などの特徴的な臨床症状が認められる。酸化ストレスに関する話が2個目の論文には全くでてこないが、これは酸化ストレスという概念が比較的新しくこの論文がだされた1979年当時ではまだ酸化ストレスという概念が浸透してなかったためだと思われる。10数年で水俣病に対しての見方が結構違ってきていることに気づき、医学の進歩を実感した。やはり、判断基準でもめた病気であるので病状の発生機構を詳しくみてみると水俣病発生当時ではその本質があまりわからなかったのが容易に想像しえるくらい複雑であり、また症状の多様性もあるので扱いにくかったのがわかる。水俣病の一番の難しさがここにあり、国が判断基準をずっと曖昧にしてきた気持ちもわからなくもない。病気の実体がわからないうちに具体的な判断基準を決めることは偽水俣病患者をだしたりなど多くの危険性をはらんでいるからだ。しかしそれにしても国の水俣病に対する対応は不適切であったとしか言いようがない。例えば水俣病が奇病として言われ始めた時も、原因物質がメチル水銀と判明してからも政府の対応は遅くあまり意味を成していなかった。奇病と言われた初期、当時の水俣病患者の大半が漁業を営む漁師やその家族であることを考えると、水俣病の原因である有機水銀を含む魚の漁を止めることは難しかったかもしれないが、水俣病の恐ろしさをもう少し国民に勧告していれば被害は抑えられたかも知れない。原因物質がメチル水銀と判明してからもチッソに新しいサイクレーターの設置を促し取り付けたが、実際はメチル水銀の除去には役に立っておらず、それどころかチッソはそのサイクレーターを通さずに排水を流し続けていた。この時点でしっかりと監視体制を整えておけば被害は少しでも縮小できたのではないだろうか。また判断基準についても、最終的な水俣病の認定は行政が行い、医師の診断は参考程度くらいにしか思われていなかった。医学的知識のある医師の意見が軽視され、全くといっていいほど医学知識のない行政の役人が最終判断を行うということはどう考えてもおかしい。この水俣病問題には患者、国・行政、医師、弁護士などたくさんの人間が関わり、複雑に入り混じっている。私は医師、患者側に立って物事を見がちであるが国の側になって考えたとき、よりこの問題の難しさに気づいた。今では国も責任を認め対応し始めているが、未だ解決には至っていない。患者側も高齢となり体力的にも厳しい時期が訪れている。一刻も早く解決の日が来るのを私は望み、これからもこの問題に取り組みたい。

5. まとめ
先日予防・保健の見学実習の一環としてハンセン病療養所である愛生園に行き50年
以上に渡ってそこで生活していらっしゃった方にお話をしていただいたが、一番言っておられたのはしっかりとした正しい知識をもってほしい、そしてそれを広めて欲しいということだった。水俣病も偏見が当時あり、ハンセン病と同じく被害者の方々が受けた苦痛は私たちには想像することのできないものであった思う。間違いに惑わされず、しっかりと物の本質を見極める力が医師には必要だと思う。それは同時に医学生である私たちにも求められていると言うことだ。私達は水俣病、ハンセン病のような過去の過ちをよく考え教訓としてこれからの社会に反映させる義務がある。それができて本当の意味で解決であり、被害者に対する一番の弔いとなると私は思う。今回のこの機会をいかしよい医師となれるようこれからも日々鍛錬していきたい。