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防・健康レポート

     

1:始めに

 今回のレポートは、有機水銀にかつて又は、今もなお汚染されている地区を対象に、有機水銀中毒症(水俣病)患者の症状が高齢化によるものか有機水銀によるものかの比較とその症状の調査を行った二つのレポートをもとに結果、考察を行う。実験データの比較検討にもちいたレポートは新潟水俣病の神経耳科学的追跡調査(以降新潟水俣病と表記)と有機水銀の被害をうけた九州漁村地区での調査結果(以降漁村地区の有機水銀中毒症と表記)である。

2:キーワード

 水俣病・聴力 

メチル水銀・聴力障害(ただしこちらのキーワードは聴力障害についての論文内容からはずれるため論文内容に順次した結果・考察する。)     

3:概略

 日本において、1985年に始めて公害病と認定された有機水銀中毒症(水俣病)は体内に蓄積した有機水銀(生物濃縮の起きた魚の摂取が主原因)によって主に脳の中枢神経系と末梢神経系が侵されることで、初期症状として末梢のしびれ・痙攣・言語・歩行障害、精神障害が起きた後、主症状としてHunter−Russell症候群(四肢口囲の知覚障害・運動失調・平衡機能障害・視野狭窄・聴覚障害)の特徴が見られる症例である。            T)新潟水俣病の追跡調査では、一定期間をあけて2回以上検査を受けた人を対象とした。対象例は36件で男17例女19例である。申請時年齢は平均48.0歳(20−64歳)、最終追跡年齢は平均66.9歳(41−84歳)であった。検査は@純音聴力検査・A自発眼振(注視眼振)・頭位眼振・B前庭反応・C視運動性眼振検査(以後OKNと表記)・D視標追跡検査・E体平衡機能検査(青色の検査は主に平行機能障害に対する検査である)の七項目を基準とし、毎検査ごとにそのデータを記録した。Case1として記載されていた患者さんの場合を記載する。

1965年(58歳)

:阿賀野川河口付近で有機水銀汚染魚喫食

1971年(64歳)

:Hunter−Russell症候群を確認したため水俣病検診を受診。自発眼振・前庭反応は左方向に異常を示し、OKNは垂直性抑制を示したが、水平性は正常であった。指標追跡検査はsaccadic(ガタツキを有する)で体平衡機能はadiadochokinesis(運動反復不能症実験で陽性の場合小脳機能障害である急速交互運動ができないことをしめす)+であった。聴力障害としては左右ともに高音型の感音難聴をしめした。以降1986年・1991年の結果を示す。

 

 

自発眼振

前庭反応

OKN

 

視標追跡

聴力

体平衡性

1986

右向き眼振(1991もこの症例が起きる)

抑制効果減少

垂直性

両抑制

Saccadic

 

左平均:

33.8db

右平均:

39.0db

Adiadocho
kinesis(+)

1991

方向交代上向性3例出現

両性抑制障害

水平垂直両抑制

saccadic

語音聴力の低下

db変化無し

Adiadocho

Kinesis(+)

上記データより小脳・脳幹障害が全体的に見られた。このことより水俣病に伴う小脳・脳幹障害の憎悪化が進行したと考えられる。

上記はデータは一例のため、36例の平均的データをあげる。

@       聴覚障害については不変例が22例と多く残りの14例は少しの改善・憎悪例であった。憎悪例の中の一部に語音聴力の低下を訴える高齢者を確認した。

A       自発眼振は改善最終的例として5例に一部消失が見られたが、憎悪例も13例出現した。最終的には26例の自発眼振が確認された。特異例として、頭位眼振である方向交代上向性が3例確認できた。

B       前庭反応については、全体的に長期にわたる悪化が確認できた。特異例として中脳障害(小脳・脳幹障害)を示唆する温度眼振反応の抑制障害が3例報告されている

C       視運動性眼振については前庭反応と同じく全体的に長期に悪化例が確認される。特に両抑制傾向(垂直方向・水平方向共に抑制)が高く28例確認できた。また、改善例は1例のみであった。

D       視標追跡検査は、水平軸・垂直軸共に検討したが初期段階と最終追跡例を比較すると水平軸は6例から8例、垂直軸は16例から21例にとやや憎悪しそのほとんどパターンがsaccadicであった。全体的には障害は軽度であった。

E       体平衡機能検査は、申請時24例であるが、最終追跡例は25,26例とやや憎悪していたが、一部若年者5例には改善例がみられた。

U)漁村地区の有機水銀中毒症では、対象者をかつてメチル水銀中毒症が発生した鹿児島県出水市潟地区住民63名(22〜89歳 平均56.5±18.2歳)を選択し、対象実験データとして潟地区と類似した宮崎県児湯郡川南地区住民55名(28〜77歳、57.0歳±18.2歳)とコントロールデータとして健常者149名(20〜88歳 54.9歳±18.8歳)ににも同じ課題を課し、視標追跡調査・上肢機能を行いメチル水銀中毒症の後遺症について比較検討した。

また、今実験から得たい結果が小脳障害に関連性が高いことから、パーキンソン病・脊髄小脳変性症患者28人のデータを付随し、これも比較検討する。実験方法としては、液晶ディスプレイ上に3次元(縦・横・筆圧感知式)デジタイザにペンタブレットで視標追跡等速描円課題を実施してもらう。課題内容はターゲット上にペンを置き10秒静止した後、ターゲットが円軌道(半径3cm)を一定速度で3周するのを追ってもらう。この際ターゲット中心から「外れない」「遅れない」ことに努力してペンで追いかけることを指示した。結果として潟地区住民のデータの異常値は左右両方にあらわれている。一方川南地区での異常値はパラメーターと静止時の筆圧の振るえ以外は左か右にしか見られないことから潟地区住民において運動失調を有する一部の者が左右同時に異常なパラメーターを示していると考えられる。またパーキンソン病患者及び脊髄小脳変性症疾患両者供健常者より逸脱した数値をほとんどのパラメーターで示す。特に脊髄小脳変性症は移動距離の変動係数が逸脱した値を示す。さらに、脊髄小脳変性症は動作時の各成分の加速度パワースペクトル和が健常者と比較すると異常値を示す傾向にある。これは、企図振戦の影響であると考えられる。また、パーキンソン病患者の場合は静止時の各成分の加速度パワースペクトル和の方が異常値を示す傾向がある。これは静止振戦によるものと考えられる。実験データから有機水銀中毒症と脊髄小脳変性症・パーキンソン病の近似事例を探すため震え成分の周波数分析を行った。その結果脊髄変性症患者は3Hzにピークを持ちその前後で大きなパワーの値を示す。パーキンソン病患者は2〜3Hzでピークをもつが脊髄小脳変性症患者ほどのパワーの大きさはない。しかし、6Hz付近まで同程度の値を示し、パワーが広い周波数帯にわたって分布していることが分かる。潟地区で異常を示した例は大きさ、パワーの分布ともに脊髄小脳変性症と類似しているが、6Hz以降で脊髄小脳変性症より大きいパワーを持つ点で違いが見られる。川南地区で異常を示した例はパワーの大きさの点でパーキンソン病と類似した経緯をたどった。

 

4:考察

1965年に水俣病が公害病として認定されてから40年近くの年数がたった。その間国が行った対策は充分な物とはいえない。水俣病の認定を拒否する変わりに、260万円の一時見舞金と保障を確約した状況であるが、これは軽度水俣病患者には適応されていないようだ。今実験の結果から考慮すると、テーマが聴力障害であったが実際紐解いてみると、水俣病の後遺症障害又は合併症として現れる主症状は小脳・脳幹障害における平衡機能障害である。これは、@新潟水俣病追跡調査の結果からとA九州漁村地区の有機水銀中毒症の結果から認識できる。@からは聴力・体平衡障害は不変例が多い。つまりは有機水銀障害の影響が少ないため、高齢化が影響を及ぼすと考えられる。しかし、平衡機能障害(主に前庭反応・眼振反応・視運動性眼振)は憎悪例が多く見られたため、有機水銀の影響が非常に強いと考えられる。Aからは震え成分の周波数分析の結果から導き出せる話ではあるが、潟地区の異常値を出した人のデータは脊髄小脳変性症と同データを示す。また、川南地区の異常値を出した人のデータはパーキンソン病と類似データを示すことから九州地区の水俣病の後遺症の一部として起きていると考察できる。ただし、場所の違い、生物濃縮の起きた食餌の摂取量・摂取期間、発症した個人の格差等データの統計として甘い点が多々あるが、水俣病の疾患の定義であるHunter−Russell症候群というカテゴリーを主軸と置くと、例え現時点で軽度であっても、平衡機能障害が別の症状を起因として起きる可能性は否めないし、その際の引き金に水俣病の軽度症状が関与する可能性もある。また、現時点では公害認定がされているため、汚染魚摂取する可能性が日本で低いとはいえ、そのまま汚染魚を無症状者・軽度水俣病患者が摂取していたならば、慢性水俣病になる危険性も否めなかったと考える。公害病に限らず一つの原因が別の疾患を多数引き起こす症例は少なくないし、後遺症をのこす疾患は神経系の障害には多い。このような後遺症を起こす可能性の高い疾患は往々にしてあるのだが、その症例に対し私たち医師を志す立場の人間は@)「長期的スパンでの経過観察を怠らないこと」 A)「今日有用であるとされている人工化合物や身の回りに使われている金属等が新たな疾患の引き金になる可能性を常に考慮した姿勢で医療に携わる姿勢が必要性」 B)「症状からの分析力とそれをサポートするための正確な知識」が必要であると今レポートを製作するにあたり実感しました。

 

5:まとめ

今回のレポートを書くにあたりインターネットで調べるとカナダでの有機水銀中毒症の研究レポートが存在した。カナダ先住民地区における水銀汚染事件の臨床的追跡調査(1975−2002)」を後学のため読んでみると、頭髪水銀値の基準に水俣病の疾患の有無を調査していたが、経過観察において安全基準値以下であっても長期汚染が続けば、軽度水俣病患者・又はその時点で発症していないヒトでも慢性水俣病を発症することがあることがわかった。また、今レポートでは調査の対象外とされていた妊婦とその胎児における有機水銀中毒症のデータが記載されていた。ただし、関連性の証明にはいたっていなかったが、有機水銀の影響を受けた可能性のある妊婦から生まれた子供に脳性小児麻痺、知的発達障害の例があったのは興味が引かれる部分ではあった。個人的な見解ではあるが、軽症でも別の合併症の引き金になったり、慢性化につながる可能性がある事の指摘にずれはなかったが、データをあつめても実際にそのデータを症例に関連させて証明するのはとても難しいことだと実感しました。多角的な視点と長期的観察が神経疾患のように治癒の見込みが期待しにくい症例に必要なのかなと思いました。