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・はじめに
毛髪は頭部の保護作用だけでなく、PCB(polychlorinatedbiphenyls)や有機水銀に代表される脂溶性有害物質の排出器官や感覚器としての役割も担っているため、毛髪を調べることで体内にどれだけ有害物質が取り込まれているかを知ることができる。生活習慣の中で周りの環境からどのような物質が体内に取り込まれ、いつ、どれだけの量が蓄積されると人体に影響し、またそれはどのような影響なのかということについての二編の論文を読み、自分自身で感じたこと、考えたことを将来医師になる身として考察する。
・選んだキーワード
『環境汚染・毛髪』
・選んだ論文の内容の概略
題名;胎児性メチル水銀暴露による小児神経発達影響―Faroe研究を中心に―
著者:村田 勝敬・嶽石 美和子
メチル水銀中毒は日本の水俣病のほか、イラクや中国などの国々でメチル水銀の工場排出あるいは食品汚染を介して集団発生した。このことにより水銀の人体影響に関する量−反応関係に焦点が当てられ、胎児影響の起こる濃度を推定し、米国Environmental Protection Agency(EPA)は、メチル水銀の人体への基準摂取量(毎日摂取しても人体影響なし)を1日あたり0.1μg/s(体重)以下とした。しかし、水産物由来の水銀が検出されたNew Zealand,Seychelles,Faroe諸島で水銀暴露による次世代影響に関する大規模な疫学調査が1980年後半に行われ、この3つの調査を詳細に比較検討した米国National Academy of Science(NAS)の諮問委員会は「EPAの"基準摂取量"は見直しのための重要な研究として、Faroe諸島の研究を利用すべきである。」と最終結論を発表した。本稿はNASが注目したFaroe諸島における胎児性メチル水銀暴露による小児神経発達影響に関する国際共同研究の概要とともに、臨界濃度算出の方法論のひとつであるbenchmark doseの考え方について述べたものである。
デンマーク領Faroe諸島が対象集団に選ばれた理由は、水銀暴露の範囲が広いことに加え言語・文化が北欧圏に属し、社会が均一かつ緊密であったことによる。水質汚染の予備調査では小漁村に住む妊娠可能な女性(20〜50歳)53名の血中水銀濃度の中央値は12.1μg/lであり、デンマーク女性の中央値1.6μg/lの約8倍であったため本格的な水銀調査が1986年3月1日〜翌年12月末に行われた。この期間に出産した母親のうち、毛髪および胎盤が採取でき、かつ妊娠経過、妊娠中の鯨および魚の摂取量、飲酒・喫煙等の質問紙調査ができた1022名が母子コホートとして登録された。この時の臍帯血中濃度の中央値は22.4μg/lで母親の毛髪水銀濃度の中央値は4.5μg/lでInternational Programme on Chemical Safetyの基準値以上が130名いた。これらの水銀濃度は、月あたりの鯨肉の摂食回数あるいは週当たりの魚(鱈)摂食回数が多くなるにつれて、有意に高くなることが認められた。平均水銀摂取量は約36μg/日と推定された。
Faroe諸島における胎児性水銀暴露による神経影響調査は、1993年、1994年の4〜6月に7歳児を対象に、その七年後の14歳児を対象に2000年、2001年の4〜6月の計二回行われた。検査項目としては一般健康検査、小児神経学的検査、視聴覚検査、神経生理学的検査、血液・毛髪採取である。7歳児調査では、胎児性水俣病の症状を示す子供はいなかったが、運動機能、注意、視覚空間、言語、言語記憶が出生時の水銀暴露量と有意な関連を示した。また、聴性脳幹誘発電位潜時が水銀暴露量と正の関連を示した。後者はMadeira諸島で深海魚を食べている漁村の子供で調べた水銀と聴性脳幹誘発電位潜時との関連と同様であった。集団レベルで検討すると、胎児期の低濃度水銀暴露は神経発達に影響している可能性が高い。
7歳児調査において統計解析時に交絡因子の影響を考慮した。基本的な交絡因子として、性、年齢と母親の知能。経験的な交絡因子として産科・内科学的疾患の有無、両親の教育レベル、父親の職業。その他の交絡因子として居住地やPCB(polychlorinatedbiphenyls)暴露が考慮された。しかし、水銀濃度とPCB濃度の両者の説明変数とし,暴露影響指数を目的変数とする重回帰分析を行うと、水銀は反応時間およびBoston Naming Test成績と有意に関連したが、PCBはいずれの暴露影響指数に対しても有意な関連を認めなかった。14歳児の神経影響調査は終了しているが、現在データ解析の途上である。一部解析が行われた検査において、出生時の水銀暴露量の増加に伴って14歳児の聴性脳幹誘発電位潜時の一部が延長する傾向が認められるようである。
NOAEL(no-observed-adverse-effect level ,無毒性量)またはLOAEL(lowest-observed-adverse-effect level ,最小毒性量)に絡む問題に対してCrumpによって考えられた量−影響関係を重視したbenchmark dose(以下、BMD)とBMDL(BMDの95%信頼区間の下限値)をNew Zealand,Seychelles,Faroe諸島の疫学調査について調べてみると、胎児影響における安全許容濃度は10μg/g近傍であると考えられるが、Seychellesの調査ではChild Behavior Checklist以外に有意な水銀影響(量−影響関係)が認められず、BMDLの算出は今回無意味であると考えられる。しかし、今後リスク評価の数理モデルの一つとして、BMDの利用が大いに期待される。
題名:喫煙習慣の妊産婦への指導
著者:島本 太香子
タバコの煙には、ニコチンをはじめ4000種以上の化学物質が含まれ、そのうち200種以上は発癌性物質である。副流煙は主流煙に比べ温度が低くニコチンはほとんど分解されていない。また、ガス相成分には動物での発癌性が確認されている様々な種類のnitrosamineが存在しており、タバコ1本当たりの煙中の揮発性N−nitrosamineの主流煙と副流煙の含有量を比較すると、フィルター有る無しにかかわらず、副流煙は主流煙の10〜100倍のnitrosamineが発生する。受動喫煙妊婦には、流産、死産、早産に至る頻度が高まることも分かっている。
全国タバコ喫煙調査によると、20歳以上の男性の喫煙率は経年的に減少傾向にあるが、国際比較でほかの先進国の男性喫煙率と比べると著しく高い。一方、女性の喫煙率は諸外国と比べると低いが、近年は若い女性の喫煙率が上昇している。1992年から3年間、妊婦(1478例)への調査では、喫煙妊婦は3.9%であり、受動喫煙妊婦は60.5%であった。受動喫煙に暴露された程度は、妊婦の尿中のコチニン濃度に反映され、暴露量が著しいほど尿中コニチン量は増し、その測定値から、胎児への影響は推定できる。妊婦自身の能動喫煙は、非喫煙者に比べ有意に尿中コニチン量は高値を示している。体内に吸収されたニコチンは毛髪中に集積されるので、毛髪中のニコチン濃度を受動喫煙に暴露された程度に分けて検討してみると、非喫煙者に比べ喫煙者の毛髪中ニコチン量は有意に高値を示し、受動喫煙に関しては、暴露の程度が著しいほど高値で、特に喚起無しで一日10本以上の受動喫煙では喫煙者に近い値を示した。重度の受動喫煙あるいは能動喫煙の妊婦の事例を見ると、共に新生児へのコニチン・ニコチンの移行が認められた。また、妊娠中の喫煙がSIDS(sudden infant death syndrome)のリスクとして多数報告されている。今後、さらに妊婦への指導にあたり、タバコの健康への影響と妊婦周辺の配慮を含めて、正確な知識の啓発に努めることが必要である。
・考察
人体に有害な物質、たとえばメチル水銀のように人体に対して決して良いものではないと歴史的に分かっているものに関して、高濃度の暴露によって起こりうる現象や症状を調べるよりも、どれだけの暴露量で発症、あるいは次世代に影響が出るのかについて、焦点を当てて研究・調査をすべきである。なぜなら、発症した病気をどうやって治療するかということよりも、まず考えなければならないことは、発症しないようにどうやって未然に防ぐか、すなわちどうやって"予防"するかである。そして、たとえ予防することができなかったとしても、これ以上広がらないように努め、また発症してしまった人々に対しどのように対応するのかを判断することも医師の務めであると思う。水俣病では、近海で獲れる魚に原因があると判明していながら、当時、漁獲禁止など国として対策を即座にしなかったためメチル水銀中毒が広がってしまう結果となった。同じような悲劇を繰り返さないためにも、医師だけでなく国も県も被害者もここから何を学び、何を伝えていくのかが重要である。そして、地域の健康を守る保健医療活動のチームリーダーとして医師はこれらの事実をまた次の世代に伝えなければならない。
国民の全体が健康であるということは国民ひとりひとりが健康でなくてはならない。これまで数多くの医師の努力により、様々な感染症・疫病の予防が可能となった。これからは、生活習慣病のように個人の生活習慣や取り巻く環境が発病の引き金になりかねない。健康とは、ただ単に病気に罹っていない状態ということではなく、精神的な面も含めてその人にとって生活の質が十分であるかどうかであると思う。手や足が不自由な人であっても、生活の質が保たれていれば健康であると言えるし、病気も何も罹っていないが精神的に滅入っている人は必ずしも自分が健康とは言わないだろう。ひとりひとりの生活習慣を指導し、その人を取り巻く環境・地域の環境を守ることが、疾患の予防・健康を守ることに繋がるに違いない。
・まとめ
このように、医師は臨床の現場で専門医として病気を治療するだけでなく、特に高齢化が進むこれからは地域の保健医療のリーダーとしても期待されるだろう。よって、専門外の知識も要求されることもあるだろうし、判断をしなければならないこともあるだろう。これからの医師は、高度な医療技術を身につけることも大切だが、医学全般に亘る豊富な知識に裏づけされた判断力、リーダーシップ、そして広い視野が必要であると思う。