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「メチル水銀による酸化ストレスと神経細胞死」

「鉛にさらされたバングラディッシュの宝石採掘者のアスコルビン酸治療」


<キーワード>

中毒・フリーラジカル

<論文>

Title:メチル水銀による酸化ストレスと神経細胞死
Author:国本学(北里大学)
Source:医学のあゆみ別冊 「酸化ストレス−フリーラジカル医学生物学の最前線」
p319-322(2001.9)

Title:鉛にさらされたバングラディッシュの宝石採掘者のアスコルビン酸治療
(English title : Ascorbic Acid Therapy in Land Exposed Jewellery Workers of Bangladesh)
Author: GoswamiKrishanajyoti, BanerjeeSudip Kumar,
AliMd Suhrab,BhattacharyaBadal
Source:The Showa University Journal of Medical Sciences

<論文概要>
$メチル水銀による酸化ストレスと神経細胞死
水俣病の発生以来、メチル水銀は極めて有毒な環境汚染物質として認識されており、メチル水銀の毒性発生機構については多くの検討がなされ、現在までの研究により、メチル水銀の毒性の細胞内での主要な標的部位はタンパク質合成と微小管と考えられている。しかしながら、水俣病で典型的に観察されるような脳神経系に特異性の高い毒性がどのようにしてもたらされているかについては十分に明らかにされていない。著者らはこの特異性について検討を行っており、低用量のメチル水銀を用いることで神経細胞に対して特異的にアポトーシスを引き起こすことを明らかにした。著者らはそのアポトーシスの要因を活性酸素・酸化ストレスが大きく関与していることを指摘し、それにたいするビタミンEの保護効果について解説している。

$鉛にさらされたバングラディッシュの宝石採掘者のアスコルビン酸治療
バングラディッシュの宝石採掘者は同じ生活環境の人に比べ、脂肪の過酸化・抗酸化酵素の減少・ヘモグロビンの減少・血清中の銅/亜鉛/ビタミンEの減少が見られ、本稿では彼らにアスコルビン酸を投与することでこれらの改善がみられ、ここに報告している。


<はじめに>

今回、「メチル水銀による酸化ストレスと神経細胞死」と「鉛にさらされたバングラディッシュの宝石採掘者のアスコルビン酸治療」の2稿を選んだ。このうち後者は他に授業と関連が深いのがこの論文のほかに無かったのが選択理由である。したがって、後者の論文は軽く触れるのみとし、前者の「メチル水銀による酸化ストレスと神経細胞死」をメインに考えていくこととした。


<考察>

・「メチル水銀による酸化ストレスと神経細胞死」

メチル水銀はさまざまな細胞毒性を有することが広く報告されているが、著者らは水俣病に見られるような脳神経系に特異的な毒性を検討するため、各種神経細胞と非神経細胞をメチル水銀に暴露し、50%致死濃度の比較をおこなった。その結果、一般に神経系細胞が高感受性を示し、このときラット笑納神経細胞では核を含む細胞体が小さくなって多数の小胞を形成しており、アポトーシス様の形態を示していた。さら、ラット顆粒神経細胞にて検討をおこなったところ、72時間の0.3μM以下の濃度でのメチル水銀被爆ではアポトーシスが誘導されたが、1μMの濃度ではネクローシスが優先的に誘導されている可能性が見れらた。
メチル水銀による神経脂肪のアポトーシス誘導機構については細胞内カルシウムイオンの恒常性の破綻、酸化ストレス、神経栄養因子の変化などを著者らは可能性としてあげており、そのうち酸化ストレスに焦点をあて、メチル水銀が細胞に酸化ストレスをもたらしていることを直接的あるいは間接的に示している5稿の論文を例に挙げている。また、ビアミンEがメチル水銀による神経毒性・神経細胞障害を軽減する効果があることが古くから知られていることを踏まえ、ラットの笑納神経細胞初代培養系においてメチル水銀による神経細胞死誘導に対して抗酸化剤であるビタミンEが強い保護作用を示すことを明らかにしている。これらの結果から、メチル水銀による酸化ストレスが脳神経系に特異的な細胞毒性を示す上での必須の要因であるとし、酸化ストレスによって神経細胞がアポトーシスを起こしていると結論づけている。
そして著者らはメチル水銀による汚染が、一般に公害で想像されるような局所的なものでなく、自然界に有意なレベルで広く分布していることがあまり知られていないことを挙げ、今後メチル水銀による神経細胞死誘導機構の解析は水俣病の発症過程の更なる理解を深めると考えている。さらに、細胞死誘導機構に対して異なった側面からのアプローチをすることで新たな細胞死誘導機構の発見をもたらす可能性があることに触れている。また著者らは酸化ストレスによる選択的な神経細胞死は、脳神経系の選択的細胞死を引き起こすモデルとして他の神経変性疾患の発症機構解明にもつながるとして、今後の研究の進展に期待していると述べている。

以上が「メチル水銀による酸化ストレスと神経細胞死」の要約であるが、メチル水銀が神経細胞に特異的に酸化ストレスをもたらし、その酸化ストレスはビタミンEによる保護効果で軽減されるという考え方は水俣病の治療の上で非常に重要であると私は考える。しかしながら有機水銀のみならず、有機セレンなども含む有機金属による細胞障害は工業化の盛んな発展途上国においては日常茶飯事であり、有機金属による細胞毒性について新たな指針を示すべく、著者らにはさらに踏み込んで「どのような化学種が酸化ストレスの直接的な原因となっているか」・「神経細胞に特異的に酸化ストレスが発現する機構」についての検討をも行ってほしかった。そこで、「どのような化学種が酸化ストレスの直接的な原因となっているか」・「神経細胞に特異的に酸化ストレスが発現する機構」について自分なりの意見を述べたいと思う。


著者らが例に挙げた文献のなかでGanther HE.らはメチル水銀自身がフリーラジカルを形成する可能性を示唆しているが、一般にラジカル生成には紫外線などの高エネルギーを必要とするほか、一般にメチル水銀のように結合に電荷の偏りがある場合はラジカル開裂は起こさず、イオン開裂を起こすので非現実的である。特に、ビタミンEによってメチル水銀による酸化ストレスは防げること、高濃度ではメチル水銀は神経細胞であるかを問わず細胞毒性を持つこと、低濃度では神経細胞に特異的に酸化ストレスをもたらすことを踏まえて考えると、「メチル水銀は触媒的に低濃度でラジカル生成に寄与する」・「ラジカル生成は神経細胞特異的である」ことが考えられ、神経細胞特有の物質がメチル水銀と共にフリーラジカルを形成すると考えられる。また、「メチル水銀が抗酸化を阻害する」という考え方はビタミンEの投与で保護効果が得られること、抗酸化機構は神経細胞特異的でないという観点から除外した。
おそらくフリーラジカル生成でメチル水銀が関与するのは、最初のラジカル解裂のみあると考える。すなわち、まず、メチル水銀が関与したラジカル解裂により、最初のラジカル種ができ、このラジカル種またはラジカル種との反応でできた活性酸素をを生成し、非常に酸化されやすいリノール酸のような高度不飽和脂肪酸と反応してヒドロペルオキシドを生成する。この反応は、一連の不飽和脂肪酸が、-CH=CH-CH2-CH=CH-のような両側を二重結合にはさまれたメチレン(-CH2-)をもち、この活性メチレンが容易にラジカル化しやすいことによって起きる。触媒量の外来ラジカルによってこのメチレンの水素が1個引き抜かれると、両側に二重結合をもつラジカルが生成する。二重結合に隣接した炭素上のラジカルはアリルラジカルとよばれ、共鳴による電子の非局在化によって安定化できる。この脂肪酸ラジカル(両アリルラジカル)は不対電子が共鳴によって両側に非局在化できるために特に安定性が高い。このラジカルに酸素分子が付加するとペルオキシラジカルとなり、これが他の脂肪酸から水素を引き抜いてヒドロペルオキシドとなる。すなわち連鎖反応の開始である。この脂肪酸由来ラジカル、ヒドロペルオキシドが他の不飽和脂肪酸をラジカル化して二次分解物となり、新たに生成した脂肪酸由来のラジカルがまた他の脂肪酸をラジカル化して自身は二次分解物になるという連鎖反応が行われるといった具合である。過去の知見から、この連鎖反応は反応開始に何かしらのラジカル種が必要であること、脂肪酸由来のラジカルは安定であり連鎖反応はスムーズに進行することから、メチル水銀が最初のラジカル開裂に関与している可能性が高い。一般的なラジカル開裂反応として、塩素分子に紫外線を当てることでで塩素ラジカルを得るようなものがあるが、高エネルギー源としての紫外線は細胞内に照射されることはまずありえないので、メチル水銀はラジカル開裂しやすい化学種の生成を触媒していると考えられる。メチル水銀によってどのような構造のラジカル化しやすい化合物ができるか、という疑問は解けなかったが、一般に共役系がラジカル化しやすいのと、ラジカル開裂点の結合は電荷的に偏りが無い必要があるので、環状共役系または長鎖共役系を二箇所以上含む化合物であると考えられる。


・鉛にさらされたバングラディッシュの宝石採掘者のアスコルビン酸治療

宝石採掘者のデータをみるとSOD、ビタミンEのいずれもが低下しており、鉛の被爆によって直接的あるいは間接的に体に酸化ストレスがかかっていることが予想できる。また、同様に還元剤であるアスコルビン酸(ビタミンC)を加えることである程度改善することから、酸化ストレスが鉛被爆による毒性のひとつであることがわかる。しかしながら、完全に健常な状態までもどらないことから、鉛被爆による毒性は酸化ストレスだけではないとこが考えられる。また、SODやビタミンEのいずれもが低下して、アスコルビン酸で改善されるということを考慮すると、酸化ストレスは酸化反応が鉛によって直接的あるいは間接的に増大することを示している。(還元反応の阻害でないということ)
アスコルビン酸による完全な治癒は見られず、物足りない結果に終わった論文であったが、全体的に論文は読みやすく分かりやすい結果であった。

・授業中のビデオの考察
高度経済成長の側面のひとつとして様々な公害があり、その代表としての水俣病は現在も医学的な観点のみならず社会的にも大きな問題を残しており、医学の道を志した私にとって非常に考えさせられるビデオであった。