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1.はじめに
授業で水俣病についてのビデオを見て、この公害には認定基準の問題や、メチル水銀中毒による様々な障害、排水処理の問題など、たくさんの問題点があることを知った。今回はこの中でも公害、胎児というキーワードをもとにして主にメチル水銀の及ぼす胎児への影響についての問題点を2つの論文を参考にして考えてみる。
2.選んだキーワード
公害 胎児
3.選んだ論文の内容の概略
@ 妊婦は魚を食べない方がよいか
村田勝敬
綜合臨床53巻10号page2750―2752
概略:2003年6月3日に、厚生労働省医薬局食品保健部は「魚介類等に含まれるメチル水銀に係る妊婦等を対象とした摂食に関する注意事項」を公表した。このような魚介類に関する食事指導は、わが国だけでなく、各国機関より発せられている。メチル水銀影響に関する第一人者でフェロー諸島出生コホート研究の主任研究者Grandjean博士は"メチル水銀は神経毒性物質であり、魚は多かれ少なかれメチル水銀を有する。したがって、魚を食べない方が良い"と昨年末まで語っていた。メチル水銀の毒性影響が最も発現しやすいのは脳神経の発生・形成期の胎児・乳児であることから、この警鐘は妊娠する可能性のある女性、妊娠中の女性、あるいは母乳を与えている女性を主たる対象集団としている。
Tメチル水銀の毒性評価
Uメチル水銀の暴露経路
V魚摂食の効能
W妊婦の魚に関する食事指導
A 胎児性水俣病患者の症状悪化に関する緊急提言
(早急に公害健康被害者の健康追跡調査を)
土井陸男
日本公衆衛生雑誌49巻2号page73 ―75
概略:1996年秋、東京で開かれた東京・水俣展の開幕挨拶で舞台に立った胎児性水俣病患者の一人から、「最近、症状が急速に悪化しており、身体が動かなくなってきている」旨の発言を聞き、すぐに思い浮かんだのがポリオ後症候群である。そして、機会あるごとにこのことを国立水俣病総合研究センターの医師や水俣病家族支援組織の何人かにも話し、継続的な経過観察と対応の必要を伝えてきた。
さらに2001年10月15-19日に水俣市で開催された第6回国際水銀会議に出席した際に数人の胎児性水俣病患者の現状を見たときに、「ただ事ではない!」と思った。1996年秋には不自由ながら介助なしで歩き舞台に立って挨拶をしていたAさん(46歳 男性)が、5年たった今では車椅子に移るにも介助が必要になっていた。わずか5年で、しかも46歳という年齢で、これほど急速な運動障害の進行は「ただ事ではない」としか言いようがない。胎児性水俣病患者の生活を支援している人々によると、このような急速な症状の進行がすべての胎児性水俣病患者に及んでいる訳ではないが、決してAさんだけではなく、他にも何人もいるという。とくに起立、歩行など運動機能の障害が大きいように思われる。
Tポリオ後症候群について
U胎児性水俣病患者における運動機能障害の原因
V胎児性水俣病患者のQOL実態把握とその改善
W公害健康被害者のQOL実態把握とその改善に対する社会の責任
4、選んだ論文の内容と、ビデオの内容から、自分自身で考えたことを、将来医師になる目で捉えた考察
*@の論文より・・・
T、メチル水銀の毒性評価
メチル水銀の高濃度暴露による健康影響は、水俣病、胎児性水俣病として有名で、水銀中毒では、四肢末端のしびれ、知覚異常などから、重症では視野狭窄、運動失調,構語障害、痙攣、難聴、そして死に至る、とある。これは、教科書ではHunter−Russell 症候群として書かれており、中枢神経が障害されることにより起こるとされている。一方低濃度のメチル水銀でも、母親が妊娠中に暴露すると、生まれてくる子供に軽度の神経影響が現れる。教科書によると、胎児期の暴露の場合は、母親は障害の程度が軽くても血液脳関門が脆弱なため、神経組織全体が侵され、しかも細胞が最も発達する時期であるので感受性が高いうえ、排泄器官を持たないので、重度の精神神経発達遅滞、脳性麻痺様の症状が観察される、とある。この論文では、出生時の母親の毛髪と臍帯血を採取し、その後子供が7歳および14歳になった時に神経行動・神経生理学的検査を行ったフェロー出生コホート研究では、出生時の臍帯血水銀濃度が7歳児の言語、注意、記憶能力と、また14歳児の聴性脳幹誘発電位潜時や自律神経指標と強い関連性を示し、同時に検討した臨界濃度(標的臓器に影響が現れ始める濃度)は、出生時の母親毛髪水銀濃度で7〜15μg/gであった。また、米国環境保護庁は、子供の感受性の違いを考慮して、この臨界濃度の10分の1の値を基準値とみなし、メチル水銀の1日あたりの摂取基準量を0.1μg/s体重以下と定めている、と書かれており、メチル水銀が胎児に及ぼす影響はが研究により明らかになっていることに驚いた。しかし、これだけの事実があるにも関わらず胎児性水俣病の患者が増えてしまっているのはなぜであろうか。
U、メチル水銀の暴露経路
水銀は、地殻からのガス噴出のほか、人間活動の中で生じる採鉱、化石燃料の燃焼、医療・生活廃棄物の燃焼などにより、環境中に放出され、金属水銀、無機水銀、有機水銀の間で相互変換され、特に無機水銀は水中堆積物中の微生物や非生物過程により有機水銀に変わる。この有機系のメチル水銀は、水系の食物連鎖の中でプランクトン→小魚→大型魚へと濃縮され、この食物連鎖の頂点にあたる鯨やシャチやメカジキなどは、高濃度のメチル水銀を含有する。したがって、ヒトがこれらを多食すると高濃度のメチル水銀に暴露されることになる、とあった。鯨の肉など、普段スーパーなどで目にするようなものでもメチル水銀が含まれていると考えると、私たちも、他人事にはしていられない。これらがヒトの口に入る前にメチル水銀の暴露を抑える手立てはないのだろうか。
V、魚摂食の効能
魚介類は、PCBを含むダイオキシン類やメチル水銀などの有害物質を微量含むが、エイコサペンタエンサン(EPA)やドコサヘキサエンサン(DHA)のような生活習慣病の予防や脳の発育に効果のある高度不飽和脂肪酸も多く含むことが知られている。特に、DHAは胎児や母乳栄養児の知能および視神経発達に必須の成分であることが近年示唆されており、アンコウ、クロマグロ、マダイ、ブリ、サバなどに多い。フェロー出生コホート研究でもEPAやDHAが測定され、クジラの脂身摂取回数の多い母親ほど水銀暴露量もEPAも高いことが示されたため、Grandjean博士は7歳児の出生時水銀暴露指標と視覚誘発電位潜時との間に有意な関連が認められなかった理由として、これら不飽和脂肪酸の予防効果があったのではないかと推論した、とある。この効能により、妊婦が魚を食べてはいけないとは一概には言えなくなると考えられる。これには私もとても驚いた。DHAやEPAがメチル水銀による障害を防ぐ働きを持っているのであれば、メチル水銀中毒の治療薬としてDHAやEPAを用いることが可能なのではないか、とも思った。論文でも、"普段食べている魚が低メチル水銀濃度でかつDHAを多量に含んでいるなら、むしろ児の健康に恩恵をもたらし、メチル水銀濃度がDHAの効果を上回るほど高い場合には、魚摂食は児の発育を妨げる"と結論づけている。これから、上記のような魚を食べることができれば、胎児への影響も激減すると考えられる。
W、妊婦の魚に関する食事指導
1998年8月にフェロー諸島公衆衛生部では、クジラ肉を月2回以上摂食しない、などの勧告を出し、オーストラリア・ニュージーランドでは2001年1月に"魚は妊娠や授乳に有用な栄養素の良好な供給源であるが、水銀なども含まれるので、科学的根拠は今後の課題であるものの、魚摂取を週600g未満にすることが望ましい"という勧告を出した。その後、上の表1のような食事指導を公表し、さらに2001年3月には米国、英国、アイルランド、オーストラリア、およびEUで妊婦等への注意事項の改正あるいは新たな勧告を行った。また、最近は魚摂食のメリットも重んじ、メチル水銀含有量の少ない魚を食べるようにしようとトーンを下げている、ということであるが、これから、魚介類等の摂食に関しての注意事項は見直され、妊娠中は胎児に与える影響を最小限に抑えるため、メチル水銀濃度の高い特定魚介類を一時的に摂食制限することを趣旨としたものになっていくと考えられる。私は今、産婦人科にとても興味があり、将来はこのような妊婦さんを相手に指導を行っていけたらいいなあと思っているので、環境からの有害リスクから胎児を守るために、常に最善の方法を考えていくことは重要であると思う。最後に、論文では「多種類の食品を、偏ることなく日々品を替え、少量ずつ、バランスよく摂取することに尽きる」と締めくくられている。
*A論文より・・・
T、ポリオ後症候群について
ポリオ後症候群は、ポリオ(小児麻痺)に罹患した人々が利看護10〜40年経って動作時の易疲労、関節・筋肉痛、筋力低下、息切れ、四肢冷感などを呈し、歩行、階段昇降、着衣などの日常動作が困難になるというもので、一般的にはポリオ罹患時の症状が重篤だったものほど、また年齢が高かったものほど発症しやすいと言われており、19世紀末からポリオの遅延性障害として知られていた。これは、ポリオによって運動ニューロンが減少しているところに過大な負荷がかかり、重ねて加齢によるニューロンの変性脱落と筋肉の退行変性が加わるために、残存ニューロンと筋肉では機能を支えきれなくなった状態である。これをヒントにして胎児性水俣病患者の急速な運動機能の悪化の原因を考える。
U、胎児性水俣病患者における運動機能障害の原因
胎児性水俣病の死亡例では、錐体路に髄鞘形成不全が見られるが、脊髄前根、後根には著変がないとされている。しかし、大脳前・後中心回における神経細胞数の減少・脱落が著明であり、これらが全体として胎児性水俣病患者における出生当初からの運動機能障害の原因をなしていると考えられる。一方、中枢神経系の部位にもよるが、大脳皮質では40歳代後半から加齢に伴う神経細胞の明らかな減少が認められているこれらを総合すると、もともと胎内におけるメチル水銀暴露によって大脳皮質神経細胞の減少・低形成があるところへ加齢による神経細胞減少が重なって、通常であればもっと高齢になってから現れる筈の運動機能障害が40歳代で出現したと考えることもできる。これはまだ仮説であり、今後さらに臨床的経過観察と病因論的研究を重ねる必要がある、と述べているが、胎児性水俣病患者の急速な運動機能の悪化に少なからず、関与しているだろうと考えられる。
V、胎児性水俣病患者のQOL実態把握とその改善
ここでは、病因論よりも一層大きな問題は、これから胎児性水俣病患者の生活の質を少しでも改善し、より良いQOLを保つための組織的な努力が緊急に必要だということである、と述べている。考えてみると、胎児性水俣病患者は発達期に神経細胞が脱落を受けたため、人間らしい生活を一度も送ることなく、尊い一生を終えることになってしまった最も悲惨な被害者であり、彼らの症状の進行の速さを考えると、今すぐにでも国を挙げて、実態解明、治療研究に取り組むべき、という著者の意向は正当であると考えられる。現在、少数の医学者が努力を始めているが、これらは極めて限られておりまったく不十分である。水俣病の原因解明にはあれだけ大きな努力が注がれながら、原因が明らかになり、加害者の責任が明らかになって表面的に補償問題に一応の決着がついた後、被害者の生活は補償によって保証されているかの形をとっているが、患者の症状は急速に変化しており、診断確定当初にはまったく予想されていなかった症状が加わってきている。このような実態を早急に解明し、対策を立てるのは、一部は加害者の責任でもあるが、水俣病の流行拡大を阻止できなかった国、自治体、医学の責任は大きいといえる。
W、公害健康被害者のQOL実態把握とその改善に対する社会の責任
ポリオ後症候群が明らかになって以降、米国ではかなり組織的な研究と治療の試みがなされ、患者や研究を支援する組織も形成されている。もし、胎児性水俣病における急速な運動機能障害の進行が、著者が考えているように神経系の過齢現象に関係しているとすれば、当然、成人・小児期に水俣病に罹患した患者にも加齢に伴う運動機能障害が予想され、さらに、四エチル鉛中毒や三池炭鉱の炭塵爆発による一酸化炭素中毒症後遺症患者などの過去に大量の神経細胞損失を経験した人々にも類似した障害の発生を予想しなければならない。また、1980年頃から明らかな増加傾向を示している肺炎による死亡に大気汚染の影響は考えられないだろうか、ということなど、かつてあれほど全国的に多発した水俣病や大気汚染被害を始めとする公害健康被害者の予後を追跡し、彼らのQOLを見届ける責任が私たちにはあるのではないか、という著者の考えには、全くその通りだと思う。でもわかってはいても、できない、一部の努力にしかならないのが人間で、それだけ大きなことをするには、多くの人の理解と協力が必要であると思う。私もその一人として、将来医師となり、患者さんの健康について環境の面からも追求し、それについて積極的に社会に貢献していけたらいいなあと思う。
5、まとめ
今回、2つの論文を読み、1つめの論文では魚が妊婦(胎児)に与える影響について、2つ目の論文では胎児性水俣病患者のQOLに関する課題について学ぶことができた。
水俣病は、今となってやっと色々なことが明らかになってきたり、様々な疫学的研究がなされているが、今でもなお、多くの問題を抱えている。これは、事件当初の国の対応や、補償の問題、原因解明に重点をおき、疫学的な観点からの研究や患者のQOLに対する取り組みなどが不十分であったことによる、しわ寄せが現在にまで至っているのではないか
と思った。もっと当初から国を挙げて被害者に対する対策や、研究、治療におけるチームを作るなどすれば、もっと被害者の立場に立った対応ができたと思う。ビデオで見た、患者の認定に関する裁判でも、本当であれば、国が全面的に被害者に対してバックアップしてあげるのが普通だと思うのに、逆に対立が起きているというのはどういうことだろうか。
しかし、水俣病は、様々な点において私たちを考えさせてくれた、良い機会であったと思う。これからは同じことを繰り返さないためにも、このような公害、環境問題に対して、私達の住む環境について一人ひとりが意識して過ごしていくこと、また他人事と思わずに、様々な問題について考え、最善の対策を行えるよう、努力していくことが大切だと思う。