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予防と健康管理レポート

1. はじめに
 予防と健康管理レポートの題材として「オーダーメイド医療」、「水俣病」に関するビデオとメチル水銀中毒についての論文を2つ、計4つが割り当てられた。メチル水銀中毒に関するレポートは各個人がそれぞれ異なるキーワードを選択し、そのキーワードごとに用意された論文を検索し図書館から探すという形式だった。慣れない検索の方式とレポートが長文であることもあり色々と苦労もしたが、調べ、読み、考えるという行為は結果的によい経験になったと思う。

2.選んだキーワード
 今回の予防と健康管理レポートのキーワードは「メチル水銀」と「運動障害」を選択した。「メチル水銀」といえば水俣病で有名な「運動障害」というようなイメージがあったからである。このキーワードで論文を検索したところ三件の該当があり、その中から「子猿(Common Marmoset)のメチル水銀中毒症にみられたdownbeat nystagmus について」と「筋緊張低下の神経病理学的研究 小脳顆粒細胞傷害と脊髄単シナプス反射弓障害」の二件の論文について調べた。

3. 選んだ論文の内容の概略
 まず「子猿(Common Marmoset)のメチル水銀中毒症にみられたdownbeat nystagmus について」の論文を要約する。
メチル水銀1.0mg/kgを2回/週経口投与を行った実験モデルのCommon Marmosetにみられた異常眼球運動をEOGにて分析した。その結果、3例全例に正面視での自発性のdownbeat nystagmusが認められた。病理組織学的検索にて全例とも、前庭神経核の正常神経細胞の消失とfibrillary satrocyteの増殖が、とくに上核に最も強度に認められた。現在まで明らかとなっている電気生理学的知見より垂直眼球運動に関与している前庭神経核上核の抑制性ニューロンの傷害によってdownbeat nystagmusが発現するという推察からCommon Marmosetのメチル水銀中毒はdownbeat nystagmusの実験モデルとして今後十分に期待できる。
 次に「筋緊張低下の神経病理学的研究 小脳顆粒細胞傷害と脊髄単シナプス反射弓障害」の論文を要約する。
100日齢雄のSHRラット48例にジメチル水銀1mg/日を12日間連続投与後、下肢骨格筋と中枢および末梢神経系の病的状態について経時的に検索した。その結果、早朝から腰髄後根神経、後根神経節、交感神経節、筋紡錘知覚神経終末に変化を認め、上行性に変化が進展し投与終了20日頃から小脳に変化を認めた。腰髄前根神経に変化を認める時期は投与終了50日以降であった。つまり、ジメチル水銀投与直後から暫時知覚系神経線維が傷害され、上述のように進展する。この傷害進展中に系統的に伸張反射障害がみられるようになり、筋緊張低下などが現れると思われる。以上のことから、共同運動障害や運動失調は、小脳顆粒細胞の変性と二次的に関わった症状と思われるので筋緊張低下は、筋紡錘知覚神経終末に傷害のある時に発生するものと考えられる。

4.選んだ論文の内容とビデオの内容についての考察
(1)「水俣病」のビデオに関する考察

 水俣病とは、有機水銀(メチル水銀化合物)に汚染された魚介類を、反復、継続して摂食することによって起きる中毒性の神経系疾患である。この水俣病に関する裁判は長期にわたって続けられ、最高裁では患者側が勝訴した。しかし敗訴した国は水俣病患者を水俣病と認めなかった。その理由は国の定めた水俣病の判断条件にある。この条件で水俣病を判断すると、行政認定される水俣病患者の数は約2,300名となる。しかし現実では、熊本での有機水銀による水俣病患者と思われる人は約34,000名(内20,000名は潜在患者)いるといわれている。なぜ国の定める水俣病と実際の水俣病患者にこれほどまで差があるのか。その理由は国の定める水俣病の判断条件にある。この判断条件は1977年(昭和52年)に環境庁が発表したものである。この判断条件の特徴は、水俣病に多発する症状(感覚障害・運動失調・平衡機能障害・求心性視野狭窄・眼科もしくは耳鼻科の中枢性障害の症状・その他の症候)のうち、原則として2つないし3つ以上の症状の組合せを要求していることである。水俣病は重症のものから軽症のものまで、また個人差もあるので、一定の判断条件でくくるのは難しい疾患である。ただでさえ判断の難しい疾患なのに昭和52年に作られた判断条件をいまだに使い続けていることには疑問を感じる。事実、医学会からも判断条件には疑問があがっている。疫学の分野からみても不適切であることは証明されているのである。ここまで疑問視されている判断条件をなぜ国は使い続けるのか。このままこの問題を先延ばしにし続けて水俣病患者が亡くなるまで待つつもりなのだろうか。少なくとも明らかに問題だらけである52年の判断条件を使い続ける国が本気で水俣病患者を救済しようという意思は感じられない。この判断基準がいったい何のため、誰のために定められたのかを考えなおす必要があると思われる。

(2)「オーダーメイド医療」のビデオに関する考察

 遺伝子の研究が飛躍的に進んでいる今日、遺伝子の研究を医療に応用しようとする動きも増えてきた。それが個人の遺伝子タイプによってその人に最も効果的な医療を選ぶオーダーメイド医療である。ヒトの遺伝子は99.7%が同じであり、残りのわずか0.3%がその人の個性を決定付けている。例えばアルデヒド脱水素酵素の遺伝子の違いだけで酒に強い人と弱い人が分かれる。このような遺伝情報は医療現場でいかされつつある。太りやすい体質かを決定する遺伝子を調べることで効果的な肥満治療を行うことができる。また薬剤が効きやすいか効きにくいかを遺伝子を調べることであらかじめ知っておくことで副作用を避けることもできる。結核の薬であるイソニアジドを例にあげてみる。この薬は副作用として肝機能障害を起こしてしまう。しかし、あらかじめ結核患者のイソニアジドの分解能を調べておくと、分解能の高い人には通常の1.5倍の量を、分解能の低い人には通常量の半分の量を投与することで、薬剤が多すぎて肝機能障害を起こしてしまう、逆に少なすぎて十分な効果を発揮できないなどという事態を避けることができる。このようなオーダーメイド医療は無駄が省ける、つまり本当に効果の上がる治療のみを行えるので、医療経済的にも患者にとってメリットになると思われる。このように多大なメリットが期待できるオーダーメイド医療だがデメリットも考えられる。遺伝子情報は個人情報なので取り扱いには注意が必要である。特に外部への流出などはあってはならない(これは遺伝子情報に限ったことではなく常に注意するべきである)。また遺伝子情報の優劣からの差別が生じることも考えられる。現在の医療現場でもミスは度々報告されている。オーダーメイド医療という新しい医療を取り入れるには、医師の質の更なる向上が求められると思われる。

(3)論文「子猿(Common Marmoset)のメチル水銀中毒症にみられたdownbeat nystagmus について」に関する考察

 この実験では小型サルであるCommon Marmosetを使ってメチル水銀中毒症実験モデルを作成している。その結果、眼科的所見として正面視でのspontaneous downbeat nystagmus、水平眼震、驚愕反応の低下、対光反応の減弱または消失、両側瞳孔散大(軽度の不同)が観察された。downbeat nystagmusは他に認められた眼科的所見と同様、種々の薬物中毒においても認められるが、メチル水銀中毒症モデルにおいては nystagmusを電気生理学的ならびに病理学的にも分析した報告が認められなかったためdownbeat nystagmusに重点をおき検討している。
Common Marmosetという小型のサルは主にParkinson病のモデルに使用されている。この研究では小型サルの中で今までメチル水銀中毒の実験に用いられていないCommon Marmosetを用いてそのモデルを製作した。その結果従来から報告されてきたメチル水銀中毒症の症状以外に、眼所見として現在まで報告されていない正面視でのspontaneous downbeat nystagmusがEOGにて認められた。病理組織学的に、従来から報告のあるdownbeat nystagmusの責任病巣のうち、前庭神経核に最も強い病変が認められ、その中でも上核の病変が顕著であった。一方、片葉には病変が認められなかった。このように今まで行われていない新たな実験を行い、責任病変を見つけ出すことは、その疾患の治療法の研究にもつながることであり、医学の発展には必要不可欠であるといえる。このような実験の積み重ねの上に現在確立されている治療法があるということを再認識できた。

(4)論文「筋緊張低下の神経病理学的研究 小脳顆粒細胞傷害と脊髄単シナプス反射弓障害」に関する考察

 小脳症状の一つとして筋緊張の低下がみられるが、生理学的立場からこの発生機序はいまだ不明とされている。小脳疾患としての水俣病の場合にも共同運動障害、筋緊張低下、運動失調、感覚障害などの類似症状がみられる。これらの症状は小脳症状の一環のなかで取り扱われ、関連した小脳および末梢神経障害については、数多くの報告がなされているが、錘内筋線維を対象とした報告はみられない。運動失調や筋緊張低下は中枢神経障害よりも知覚神経障害によって起こる症状と考えられている。
 この論文で行われている実験より、これまでの急性または亜急性型中毒モデルからみいだせなかった所見として、ジメチル水銀投与直後から暫時知覚系神経線維は傷害され、進展する。その傷害進展中に系統的に伸張反射障害をきたし、ある程度の傷害は、運動失調、筋緊張低下などとなって現れる。つまり、共同運動障害、運動失調などは小脳顆粒細胞の変性と二次的にかかわった症状と思われるので、筋緊張低下は、錘内筋の動的情報を直接感知する筋紡錘知覚神経終末に傷害を認める時にはすでに発生しているものと考えられた。どのような機序により症状が現れるか、またどのくらいの速度で傷害が進行するかを解明することは(3)で述べたのと同様に治療や医学の発展に不可欠である。

5.まとめ
 今回の2本のビデオと2つの論文は改めて医学について考えるよい機会になったと思う。特に論文からは研究の重要性を知ることができた。普段臨床が目立つ分、研究について触れる機会があまりなかったのでよい経験になったと思う。水俣病問題やオーダーメイド医療についても考えさせられることがたくさんあった。今回考えたことや感じたことを忘れず、医師を志したいと思う。