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予防・健康ブロックレポート
1. はじめに
2006年4月7日、4月14日に供覧したビデオの内容を踏まえて、科学論文を参照してレポートを作成した。参照した科学論文はPubMedにアクセスし、供覧したビデオで述べられた二つのキーワード(methyl mercury とfetus)を入力し、ヒットした科学論文の中から一つ(Environmental Medicine /Methyl Mercury and Inorganic Mercury in Swedish Pregnant Women and in Cord Blood:Influence of Fish Consumption;Environmental Health Perspectives Volume 111,Number 4,April 2003)を選び、フリーダウンロードを実行した。この科学論文を参照してレポートを作成した。
2. 選んだキーワード
数十通りのキーワードの中から、「methyl mercury」と「fetus」の組み合わせを選んだ。この組み合わせを選んだ理由は、供覧したビデオに水俣病に関する内容が含まれていたことから、水俣病の原因であるmethyl mercury(メチル水銀・MeHg)がfetus(胎児)に与える影響や、水俣病のような悲劇を繰り返さないためにどのような研究がなされているのかを知りたいと思ったからである。
3.選んだ論文の内容の概略
この論文では、スウェーデンの妊婦(毛髪中の総水銀量[T-Hg])とその胎児(臍帯血中のメチル水銀[MeHg])の、魚の摂取に関して、メチル水銀への露出研究を紹介していた。スウェーデンのあらゆる湖の魚は、MeHgとして1mg/Hg/kgを含んでいる。これはEU(ヨーロッパ連合)で確立された魚に含まれるMeHgの最大許容範囲である。さらに、50%の湖には0.5mg/MeHg/kgを含む魚がいる。スウェーデンではHgの放出は減少したが、何年もの間土中に蓄積されたHgが、ゆっくりと湖や沿岸領域に輸送され、魚の中でメチル水銀として終る。生物濃縮の過程で、食物連鎖の上位に位置する捕食性の魚は高濃度のMeHgを含んでいる。MeHgは強い神経毒であり、例えば通路酸化ストレスや特に神経系の発育に作用する。したがって、スウェーデン食品衛生管理部(Swedish National Food Administration)は、妊娠中や授乳期の女性に、様々な捕食性の淡水性魚種と同様に何種類かの海産魚を消費することを控えるように勧めている。しかしながら、食事推奨のコンプライアンスについては少ししか知られていない。最近確立された「国民の健康に関する環境モニタリングプログラム」の中では、魚の平均消費量が低い都会の女性たちのMeHg露出について調査されたが、血中MeHg濃度には大きな個人間変動があり、限られた種類の魚の消費データであったため、MeHg露出の主な源を評価することは不可能であった。この論文中の研究の目的は、スウェーデンの妊娠した女性とその胎児のMeHg露出を、生体のモニタリングと詳細な魚消費データを組み合わせて評価することであった。
被験女性たちは環境汚染物質であるメチル水銀の露出研究に参加するため、1996年初秋から、妊婦管理診療所で妊娠後期の段階で募集された。376人の女性へのアプローチの結果、20から40歳の137人の女性が参加し、毛髪と臍帯血の提供に同意してくれた。毛髪サンプルは妊娠32〜34週に採取され、臍帯血サンプルはHgとSe解析のため、出生時に採取された。魚の消費量は、魚消費に関する詳細な質問を含む食物頻度アンケートを用いることで評価された。そのアンケートには、女性たちの歯科治療用アマルガム充填材の数とサイズをチェックする項目もあった。平均して、女性は妊娠成立年に全タイプの魚を6.7回/ヶ月の頻度で消費した。彼女らは、高濃度のMeHgを含むと思われる淡水魚種の消費は妊娠前よりも少ないということを報告した。
分析結果について、母体毛髪中のT-Hgは臍帯血中のMeHgと深く関係していた。毛髪中のT-Hgと臍帯血中のMeHgの両方で、シーフードの消費の増加と共にそれらが増加した。分節毛髪解析では、頭皮に近いほどT-Hg濃度は、妊娠前期のそれと一致している部分よりも低く、臍帯血中のMeHgとより深く相関していることを示した。さらに研究者達は臍帯血中のセレニウム(Se)と無機水銀(I-Hg)に着目し、臍帯血中のMeHとSeの間に弱い関係を見出し、胎児成長期間において臍帯血中のSe濃度を、Seと異なる種類のHgの間の関連性を説明することに向かわせた。Seは体内でMeHgとI-Hgの毒性を弱める作用のある微量元素であり、人間の毛髪中のHgレベルを低下させる。しかし、臍帯血中のSe濃度と魚消費との間には全く関係を見出せなかった。これは、被験女性たちの何人かが各種ビタミンやSe含有サプリメントを取っていたためであろうと思われた。臍帯血中のI-Hgは、母体の歯科治療用アマルガム充填材の数によって増加していた。
4. 論文の内容とビデオの内容についての考察
過去に起きた、様々な公害病の悲劇を繰り返さないために、世界各国では環境汚染物質についての研究がなされている。わが国でも、今回レポートのテーマになった水俣病をはじめ、多くの公害病が報告され、被害に見舞われた人々は今でも苦痛にさいなまれている。水俣病は昭和31年(1956年)、熊本県の水俣湾で発生した公害病で、メチル水銀中毒が原因であった。メチル水銀は中枢神経系に障害をおこし、また胎盤を通過するため胎児に移行しやすい。胎児は水銀への感受性が高いため、妊婦がメチル水銀を摂取すると、胎児の中枢神経系の発達への悪影響が懸念される。
日本は世界第二位の魚介類消費国で、年間900万tを消費している(第一位は中国で3751万t)。このことから日本人にとって、魚介類に含まれるメチル水銀のリスク調査は重要なものであることがうかがえる。メチル水銀の耐用摂取量(一生涯にわたって食べ続けても、健康に影響がないとされる摂取量)はWHO(世界保健機構)によって、1.6μg/kg体重/weekとされている。日本人の平均的なメチル水銀摂取量は6〜8μg/人/day程度で、例えば体重50kgのひとに換算すると、この耐用摂取量の1/2〜2/3程度であるので、平均的な食生活をしている上ではまず問題はない。わが国の食品衛生に関する歩みを見てみると、1973年に魚介類の水銀について暫定規制値(総水銀0.4ppm、メチル水銀0.3ppm)を設定し、厚生省環境衛生局長によって通知されたが、具体的な食事指導については実行されなかった。現在では、2005年11月に厚生労働省は「妊婦への魚介類の摂取と水銀に関する注意事項」を改訂し、妊娠・または妊娠の可能性のある女性に対し、特定魚介類の大量摂取を避けるように勧めている。
今回参照した論文中では、1990年代前半に行われた調査では、30%の妊婦しかスウェーデン政府が発行した食事推奨についての知識を持っていなかった。またストックホルムで研究者がインタビューした10ヶ所の妊婦管理診療所のいずれにおいても、訪れている妊婦に食事推奨に関する告知をしていなかったそうだ。しかし今回行われた研究では、被験女性たちは、妊娠中は妊娠前よりも水銀汚染の危険性が高い魚種の消費をひかえていたことが報告され、被験女性の大部分(88%)が食事推奨に関する情報を受け取っていた。この食事推奨はスウェーデン国民食品管理部(Swedish National Food Administration)によって発行され、妊婦管理の一部として妊娠2〜3ヶ月に、スウェーデンの全ての妊婦に提供されるそうだ。スウェーデンでは、この10年間で、食事推奨に関する情報とコミュニケーションがかなり向上してきている。わが国では厚生労働省が勧める食事推奨がどの程度妊婦に浸透しているのかは分からなかったが、メチル水銀の危険性を充分考慮した上で、どんな種類の魚介類が高濃度のメチル水銀を含んでいるのかということが一般的に知られることが不可欠であり、妊娠可能な女性全てにそのような種類の魚介類の消費を控えるように伝えることが大事であると思われる。
また、論文中には魚介類摂取とメチル水銀の関係以外に、鶏肉の摂取や歯科治療用アマルガム充填材によっても母体毛髪および臍帯血中のメチル水銀濃度が増加していることも示していた。これは鶏の飼料に使用される魚粉に含まれるメチル水銀が原因であった。そして、アマルガムは約50%が水銀で組成されているため、口中でその水銀が溶け出すために、アマルガムを使用している妊婦では毛髪中と臍帯血中のメチル水銀濃度は顕著に高かった。スウェーデンでは、1987年に政府がアマルガムの使用に対して警告していた。わが国では十年以上遅れて、平成十三年(2001年)10月に「歯科用水銀アマルガムに関する質問主意書」が国会に提出されたが、使用は認められている。メチル水銀への露出は、魚介類以外でもありうるということも、妊娠中の女性は意識すべきであるということを感じた。
5.まとめ
今回のレポート作成にあたり、医療・環境先進国であるスウェーデンの環境汚染物質に対する姿勢を学ぶことができ、わが国の環境汚染物質に対する取り組みも知ることができた。欧州の先進諸国では、食品の安全や環境汚染物質の露出に関する情報のやりとりが盛んに行われているようである。わが国も、国民を取り巻く環境の安全・特に母体とその胎児を守ることは、昨今の少子化の折、重要な課題であると思われ、またそれによって、過去に起きた水俣病のような公害病の悲劇を繰り返さないことに結びつくと思われる。自分が将来医師になることを踏まえ、今回得ることができた知識を今後の糧としていきたい。