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水俣病に関する論文

事業活動などの人の活動によるヒトへの健康や生活環境への被害を抑えるのは人間の生産活動に必須なものと言えるが、その概念は古くからあったとは言いづらく、現在でもその概念に基づいて生産活動が行われているとはいえない。有害物質による大気、土壌、水質の汚染は その世代だけでなく後世にも多大な影響を与えるにも関わらず現段階でその侵攻が抑えられているとは思えない。それは地球規模に限ったことではなく、国単位、地域単位でその生活環境に深く関わり発生する。日本でも1900年代後半から環境汚染による幾つもの重大な公害によって多くの人命が危機に瀕し、失われている。その代表的なものの中のひとつが、本論文で扱う、熊本県で発生したメチル水銀による水俣病である。本論文では、予防と健康管理ブロック講義内で見た水俣病に関するビデオと、医中誌Webにて「メチル水銀 フリーラジカル」及び「メチル水銀 抗酸化剤」のキーワードで検索した結果抽出された論文、その他教科書などの資料を元に構成している。今回の
論文執筆のために参考にした論文は以下の2編である。

選んだ論文:「メチル水銀による酸化ストレスと神経細胞死」

    概要:メチル水銀によるアポトーシス様細胞死には酸化ストレスが重要な役割を演じている

      「セレンによる水銀中毒の修飾」
    概要:メチル水銀による毒性を、増加させる場合と軽減させる場合のあるセレンの、メチル水銀との相互作用

メチル水銀による中毒の最初の報告は意外と最近で、1940年に求心性視野狭窄、小脳運動失調、平衡機能障害、四肢の感覚障害、聴力障害といった症状が発生するHunter−Russell症候群として報告されたのがそれである。日本では1956年に熊本県水俣市で発生が確認され、1964年には新潟県でも発生している。この二つの水俣病は、発生した時期は違えど発生の原因は同じで 工場から排出されるメチル水銀が原因であった。しかし水俣病は発生当時 原因が不明であり、熊本での患者が漁師の家庭から多く出たため風土病として宣伝がなされ、水俣病が発生した家庭への 周辺住民からの交流が断たれるという事態も発生し、水俣病患者や水俣市出身の者に強い差別が生まれる結果となった。さらに水俣市には、水俣病の原因物質であるメチル水銀を排出した工場に勤務する労働者が多かったため 患者や漁師への中傷や、工場への同情的見方もあり、他県への移住を余儀なくされたものもいる。その結果、国や工場を相手取った水俣病裁判と呼ばれる裁判が全国的に起こされる結果となり、水俣病患者への保障などの決着は未だについていない。水俣病の原因物質であるメチル水銀はモノメチル水銀と言い、化学式はCH3HgX(X=Cl、OHなど)で表される。メチル水銀は脂溶性であるため、プランクトン→小型魚→大型魚といった食物連鎖に沿って連鎖の高位にいる動物に体内に分解されづらい物質が濃縮される生物濃縮が起こりやすい。水俣病の発生が漁師の家庭から多く出る傾向にあったのも、水揚げした魚類にメチル水銀が多く含まれ、漁師がそれを食べることで生物濃縮が起こったと考えられる。メチル水銀による中毒は先に述べたとおり、発見されてからまだ日が浅く、そのせいか未だに解明されていない部分が多い。だが、メチル水銀に典型的な臨床症状としては大きく中枢神経の細胞死と細胞分裂障害が挙げられる。細胞分裂障害の発生は蛋白質合成の阻害と微小管の脱重合により起こる。蛋白質合成系の、tRNAに関するごく初期段階がメチル水銀に対して高感受性であるため、アミノアシルtRNA合成酵素がメチル水銀により阻害されるためであると考えられている。また、メチル水銀は細胞の有糸分裂に必須であるチューブリンタンパクの重合を阻害し、微小管の重合・脱重合のバランスを脱重合に傾かせるため細胞分裂の阻害を引き起こしていると考えられている。しかし蛋白質合成系や微小管形成は脳神経系に特有のものではないのに関わらず、これらの作用は脳神経系に対して特異性が高くその原因についてはまだ解明されていない。中枢神経の細胞死は具体的に、大脳皮質での視覚、運動、知覚、聴覚中枢などへの選択的な傷害、小脳皮質での顆粒細胞の脱落萎縮が認められている。これら中枢神経系に障害を与えるためにはまず血液−脳関門を通過することが必須であるが、メチル水銀はシステインと複合体を形成し、メチオニンの輸送系を介して積極的に細胞に取り込まれる。そしてメチル水銀は神経細胞にアポトーシス誘導が為されるのであるが、その際にメチル水銀が細胞に対して酸化的作用を及ぼしている事が示されている。実際メチル水銀が投与されたマウスの脳では活性酸素種の増加と抗酸化酵素活性の低下が観察されており、メチル水銀自身がフリーラジカルを形成する可能性も示唆されている。また、小脳神経細胞に 抗酸化作用があるビタミンEをメチル水銀と共に存在させておくと、メチル水銀による急激なアポトーシス様の神経細胞死が劇的に抑えられることからも神経細胞死にメチル水銀の酸化ストレスが重要な役割を担っていることがしめされている。また水俣病だけでなく、パーキンソン病や筋萎縮性側索硬化症などの、特定の神経細胞が死に至るという神経変性疾患においても酸化ストレスが示唆されているため今後の研究でその機構の解明が期待される。なお、ビタミンEは未熟児において欠乏すると、深部感覚異常や小脳失調といった神経症状が出ることも 個人的には興味深いことだと思う。また、水銀の毒性とセレンには何らかの相互作用が存在することにも注目したい。セレンは医療目的以外に工業用の目的で使われることもあり、水質汚染、土壌汚染にも関わる物質であるが、セレンにはカドミウムの毒性を軽減する作用があり、それを元に無機水銀との作用を観察する実験が行われた。単独で与えると100%のラットを死亡させる量の無機水銀を 亜セレン酸と同時に投与したところ、死亡率が2.5%と劇的に改善された。これは血中においてセレンと水銀が複合体を形成し、水銀の組織への分布が変わるためである。しかしメチル水銀とセレンに関すると、セレンの、メチル水銀への毒性の影響は一定のものでなく、メチル水銀と亜セレン酸の同時投与でメチル水銀による影響が軽減されという実験結果の一方、水俣病患者の組織中に水銀と共にセレンが高濃度に蓄積されているということも報告されている。セレンは水銀と複合体を形成する一方で過酸化脂質を分解する酵素の構成成分となるため、セレンの増加にはメチル水銀が形成するフリーラジカルによる脂質の過酸化に対して拮抗して働くものとも考えられるが、実際のところ、メチル水銀の胎児・新生児曝露に置ける実験でメチル水銀とセレンを妊娠マウスに同時投与したところ、胎児毒性が増加する場合、減少する場合、減少する場合においては催奇形性が増加される場合があるという報告がある。また、セレンによるメチル水銀の組織分布においても、少なくとも胎児・新生児への影響については、メチル水銀の脳への分布が増加する場合や、セレンの影響をほとんど受けないという報告がなされている。無機水銀とセレンの同時投与時に見られたような複合体はメチル水銀とセレンの同時投与の場合は不安定な状態であり、投与後の短時間が経過すると急速に消滅してしまう。これらのことから セレンによるメチル水銀の組織への分布はそれほど重要でないと考えられる。しかし、もし仮にセレンがメチル水銀に対してその毒性を軽減させる作用を有していたとしても、その実用化は難しいかもしれないという意見もある。そもそもセレンは、抗酸化作用を有する人体の必須元素である反面、先に述べたように環境汚染にも関わることにおいてもわかるように、セレン自身 人体に必要なレベルの倍程度の量で毒性を有する。また、無機水銀との複合体系性に関しても、投与の時間間隔を置いたり亜セレン酸以外の化学形態のセレンを用いると複合体形成が起こりにくく、毒性の緩和が見られなくなるのである。ただ、ヒト胎児期曝露における水銀−セレン相互作用の意義はほとんどわかっていないため、今後の研究次第ではセレンがメチル水銀の解毒に使われる可能性が全くないとはいえない。さらにメチル水銀中毒にはもう1つ特徴がある。それは経胎盤曝露による胎児への障害、いわゆる胎児性水俣病の発生である。これにはメチル水銀が母親より胎児に濃厚に蓄積され、その結果母親には症状がなく、新生児に重い症状が現れる。現在日本の胎児性水俣病患者の年齢は40〜50歳、介護にあたる家族の高齢化や家族も水俣病患者であることが多く新たな補償が必要となっている。本来胎児へ毒物が蓄積されないように胎盤が働くのであるが、メチル水銀に対してはこれが適用されない。これはメチル水銀が拡散によって胎児へと移行するのではなく、何らかの手段をもって母体側から胎児側へメチル水銀が能動的に輸送されるということが示唆される。こうして胎児にメチル水銀が移行した際に 先に述べた細胞分裂障害が胎児の中枢神経にて起こるので、新生児に知覚や運動の障害が起こるのだと考えられる。水俣病に関するニュースを見ると、裁判や補償についての話題が中心となり、なかなか「メチル水銀中毒の治療」に関する情報がない。本論文の執筆にあたって参考にした論文や資料に目を通しても神経細胞死や細胞分裂障害といったメチル水銀の毒性軽減への決定打はなく、治癒への道は遠そうであることがわかる。ただ、メチル水銀による酸化ストレスと細胞死の関係の解明や、フェロー諸島、セイシェル諸島などで行われている長期にわたる調査によるデータの蓄積、メチル水銀に対するセレンの作用など、今後メチル水銀中毒の解明が進めることが可能になると思われるため、水俣病の治療へ向けた進展がなされることは確実であろう。メチル水銀中毒患者の治癒や、また、それに伴う差別や偏見の解消といった心のケアが今後の研究によって達成されることを期待する。