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予防と健康管理ブロック 

〜花粉症と塩基配列〜




1. 始めに

 ある無害な抗体(アレルゲン)に応答してIgE抗体を産生した個体が再び同じアレルゲンに暴露されたとき、その暴露が局所IgE結合マスト細胞活性化のト引き金となって、一連の反応(アレルギー)が引き起こされる。現在、日本を含む先進国においてIgE反応は寄生虫疾患など生態防御の意味をなす応答ではなく、むしろ無害な抗原に対する応答で、アレルギーは最も頻度の高い疾患の一つとなっている。日常に存在する抗原に対するアレルギーは、北米人やヨーロッパ人の半数を悩ませているとさえ言われ、確かに生命に関わることは極めてまれとは言え、学校生活や職場においても大きな制限を与えていることも確かである。このアレルギーに対して、現在どのような研究がなされているのか、また今後どのような治療法が期待できるのか考察していく。


2.選んだキーワード
 
花粉症 塩基配列


3.選んだ論文の内容の概略

スギ花粉症や喘息などのアレルギー疾患は、遺伝要因と環境要因が複雑に絡み合って起こると考えられている。このような複雑系のなかで、遺伝が疾病の発症と深く関与する部分を遺伝的素因といい、アレルギー疾患の遺伝的素因をアトピーと呼んでいる。アトピーの患者は健常人に比べてIgE値が高く好酸球の増加がみられ、アレルギー疾患の発症頻度が高い。CooksonとHopkinは、アトピーという複合形質を血清総IgE高値、主要アレルゲンの感作と定義し、1989年にアトピー遺伝子が第11染色体長腕(11q13)に存在することを示した。これを機会に、アレルギー学分野において急速に分子遺伝学の手法が取り入れられ、全ゲノムに及ぶ解析も最初の報告が1996年に発表されるや、多因子疾患で最も多数の報告が発表されるようになった。
 一方、IgE応答は主要組織適合抗原(MHC)クラスU分子と連鎖していることであり、特異的なアレルゲンへの応答に影響を及ぼすことである。ある種の花粉症では抗原特異性IgEの値がヒト白血球抗原(HLA)クラスU遺伝子によって規定されていることが証明されているが、アトピー素因の指標である総IgE値とHLA遺伝子群との相関は否定されている。
また、ある疾患の遺伝的素因に関係する遺伝子を探る研究として、これまでいくつかのアプローチが試みられてきたが、大別すると連鎖解析法と候補遺伝子検索法の二つがあげられる。
連鎖解析法とは、遺伝子の各部位に存在するマーカーとの関連を解析して、その疾患の責任遺伝子を同定し、さらにその遺伝子異常により引き起こされる機能異常を解析していく方法である。連鎖解析は、その疾患を発症している構成員を含む家系を対象として、発祥に強い影響を与える遺伝子座位を染色体上に位置づけることを目的とする。全ゲノム連鎖解析とよばれる。
一方、候補遺伝子検索法とは、疾患に起こっている機能異常から原因遺伝子の候補を推定し、その候補遺伝子と疾患との関連を解析していく方法である。候補遺伝子解析はアレルギー性炎症やIgE産生にかかわると考えられている遺伝子に焦点を絞り変異解析を行う効果的方法であるが、アレルギー疾患発祥に関与する未知の遺伝子を同定することはできない。
 スギ花粉症や喘息などのありふれた疾患(common disease:CD)は、複数の遺伝子が影響する感受性の差(多遺伝子疾患)と環境因子によって、その発症が規定されていると考えられている。CDの疾患関連遺伝子の変異は、頻度の高い遺伝子多型(common variant:CV)である。CVにはいくつかの種類があり、遺伝子上のマーカーとして使用されてきた。現在主に使用されているマイクロサテライトマーカーは高い頻度で遺伝子上にほぼ均一に存在しており、PCR法を用いることでヒト遺伝子上の多型検出を従来と比べて効率的に行うことができるようになってきた。
 最近、遺伝子上にマイクロサテライトマーカーよりもさらに高頻度に存在する一塩基多型(single nucleotide polymorphism:SNP)が、遺伝子上のマーカーとして注目されている。SNPとは、個人間における一遺伝子暗号(一塩基)の違いを意味する。SNPは集団内で通常1%以上の頻度で存在し、ありふれた個体差を決定するといわれている。現在、全ゲノム上のSNPを単利する作業が進められており、30億の塩基対のうち約0.1%(すなわち300万)と高密度に存在しているので、いくつかのSNPマーカーと疾患発症との関連を解析することにより、CDの発症確率を高精度に予測できるようになってきた。
 さらに、DNAチップの技術を組み合わせることによって全ゲノム上での関連解析を行うこともできるようになり、多因子遺伝疾患であるアレルギー疾患の感受性遺伝子発現を定量することが可能になると考えられる。
 また、DNAワクチンによるアレルギー療法の分野では、以下のような知見が得られている。CD4 T細胞は細胞性免疫に関与するTh1細胞、あるいは液性免疫に関与するTh2細胞へと分化する。このうち、T型のアレルギー疾患に関与するのはTh2細胞である。Th2細胞が産生するIL-4はB細胞に作用し、アレルギーの原因であるIgEの産生を促進する。一方、Th1細胞やCD8 T細胞が誘導できれば、アレルギー反応を制御できると考えられる。
 Hsuらは、ラットにダニアレルゲンDer p5の遺伝子を挿入したプラスミドDNAを筋肉注射すると、IFN-γを産生するCD8 T細胞が誘導され、Der p5特異的IgE抗体の抑制や気道過敏性の亢進の改善が認められることを報告した。Razらは、β-ガラクトシダーゼの遺伝子を挿入したDNAワクチンをマウスに皮内投与した場合に、β-ガラクトシダーゼ特異的IgEの産生の誘導を抑制できること、その抑制には、Th1細胞およびCD8 細胞が共に関与することを示した。これらの報告以降、アレルギー疾患の治療のためのDNAワクチンの研究が盛んに行われるようになった。
 プラスミドDNAを生体に投与すると、Th1型の免疫応答が誘導される。これは、プラスミドDNAに存在するメチル化されていないCpG配列によるところが大きい。微生物由来DNAに存在するCpG配列、特に5'-プリン-プリン-CG-ピリミジン-ピリミジン-3'の配列には、Th1型免疫誘導の強いアジュバント能があり、immunostimulatory DNA sequence(ISS)と呼ばれる。ISSはNK細胞やマクロファージ、樹状細胞、B細胞、T細胞に作用して、IFN-α、IFN-β、IFN-γおよびIL-12の産生を促す。


4.選んだ論文の内容とビデオの内容から自分自身で考えたことを、将来医師になる目で捉えた考察

 ビデオや論文を読んで、アレルギーの発症に関与する遺伝的素因(アトピー)を明らかにすることを目指した研究が盛んに進められていることが分かった。全ゲノムスクリーニングの方法でこれまでに複数のアトピー連鎖領域と候補遺伝子が報告されている。そして、この知識をいかに臨床の場で活用するかが今後の領域で大変重要になってくるであろう。
 具体的には、この遺伝子解析の知識を生かした治療薬の開発、またはDNAワクチン療法が有効かと考えられる。
 まず、喘息を発症しやすい体質を示す遺伝子レベルの個人差(一塩基多型)が発見されたことにより治療薬開発の可能性が考えられる。喘息患者ではアレルギー原因物質により免疫細胞から放出される、喘息発症に関与するタンパク質(IL-13)を構成する112個のアミノ酸のうち1個だけ違っている。健常人では110番目のアミノ酸はアルギニンであることが多いのに対して患者はグルタミンに置き換わっていることが多い。グルタミン型IL-13は気管支に上皮細胞や平滑筋にあるα1受容体タンパク質と結合して、タンの元となる粘液を収縮させて起動を細くするなど、喘息特有の症状を引き起こす。これに対し、アルギニン型IL-13はα2受容体タンパクに結合し、細胞内に取り込まれて分解されるため、血中に高濃度で存在することはない。そのため、IL-13の血中濃度を下げる物質が喘息患者にとって有効な治療薬となるだろう。
また、DNAワクチンとは、アレルゲンの遺伝子をある微生物の環状DNA、プラスミドに組み込んだものである。この、抗原タンパク質のcDNAを組み込んだプラスミドを生体の筋肉内に注射すると、筋肉組織内で細胞がプラスミドDNAから抗原タンパク質を発現し、抗体および細胞傷害性T細胞による免疫応答を誘導する。この方法の利点としては、タンパク質そのものを免疫源とする場合と比較して、免疫応答が長時間持続すること、プラスミドは精製が簡単であり安定であることが挙げられる。また、一つの微生物遺伝子のみを用いるため感染の危険性がないというのも、今後臨床で用いていくのに欠かせない要因になるだろう。


5.まとめ

 日本では人口の20〜30%がなんらかのアレルギー疾患に悩んでおり、深刻な社会問題化している。アレルギーの遺伝子素因の関連遺伝子を探るさまざまな研究が試みられてきた。近年の分子遺伝学の進歩に伴い、全ゲノムにおけるアトピー遺伝子解析も行われ、候補遺伝子が明らかにされつつある。今後はこの情報をどのように花粉症の臨床現場に生かしていくかが重要な課題となる。
 これに関しては、前述のとおりDNAワクチン療法や、新薬の開発が考えられる。また、個々人の一塩基多型を調べることでそれぞれの病気へのかかり安さや医薬品への反応が予想される。この予想を元に、医薬品の種類や量を決める「テーラーメード医療」を行うことも可能となる。テーラーメード医療を行うことにより、医薬品の効果を最大限に引き出せるだけでなく、副作用などの医療の危険性も回避することができるのだ。
 このような輝かしい希望に満ちたDNA解析法であるが、その情報をどの組織がどのようなセキュリティーのもとに管理していくかという問題も危惧されている。就職や婚姻に支障をきたしてしまったり、出産時の障害を持った胎児を中絶してしまったりといった問題も生じてくる。これは、もはや個人の損得の問題ではなく世界中で議論すべき倫理上の問題であろう。科学の進歩、医療の発展は望むべき事ではあるが、倫理上の問題も即急に対応策を考えなければならない。