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キーワード 遺伝子多型 抗結核薬
どんな動物でも、当然ヒトでもその遺伝子には微妙な違いがある。その微妙な違いに注目して個人個人に合った最適な治療、つまりオーダーメイド治療が今注目を浴びつつある。オーダーメイド治療が確立されればより安心して薬剤を服用することができ、副作用を回避することもできる。そういった遺伝子型と薬剤との関連に着眼点を置いたファーマコジェノミクスの重要性が今世界中で認められつつある。
まずここでは、薬物をアセチル化して代謝する酵素であるN−アセチルトランスフェラーゼ(NATs)についてみてみる。これまでに、さまざまな薬物について、この酵素の遺伝子多型が薬物動態に影響を及ぼすことが報告されている。また、N−アセチルトランスフェラーゼ(NATs)は、細菌からヒトまでほとんどの生物に共通して発現しており、多くの薬物や環境中の有害化合物がNATsにより解毒代謝あるいは活性化されることが知られている。ヒトのNATs遺伝子にはNAT1とNAT2の2種類がある。ここではNAT2について検討する。NAT2活性の低下するアレルを持たない人は高いアセチル化能を持つrapid acetylator(RA),NAT2活性の低下するアレルを1つ持つ人は中間のアセチル化能を持つintermediate acetylator(IA),NAT2活性の低下するアレルを2つ以上持つ人は低いアセチル化能を持つslow acetylator(SA)になる。つまり、NAT2の遺伝子型と表現型はほぼ一致するのでオーダーメイド治療の適応とその検討に適している。また、NATsで代謝されるいくつかの薬物において、代謝能の低いSAで副作用が発現しやすいことが報告されている。例えば、抗結核薬であるイソニアジドは主にNAT2によって代謝されることが知られているが、イソニアジドを服用しているSAの結核患者では、特にリファンピシン併用時に高い頻度で肝障害が発現する。つまり、同じ結核という病気だからといって、全ての結核患者に一律に同じ用量の同じ薬を投与するのは効率が悪いと考えられる。遺伝子型によって、人によっては副作用だけでなく、薬剤の効きやすい効きにくい、ということが確かにあるからだ。このように、臨床的意義が明らかになっている薬物では、NAT2の遺伝子多型を判定することで、患者の代謝能に基づき用量調節を行うことができ、さらに薬剤による副作用をあらかじめ防ぐこともできる。NAT2遺伝子型は、PCR−RFLP法などにより判定される。PCR-RFLP法はプローブを用いないので、特殊な検出装置を必要としない。そのため、比較的判定法として導入しやすく、使用実績も多い。今日では、この方法が認められ、臨床の現場でより有効に使われるように遺伝子判定装置のコンパクト化、低コスト化が進んでいる。また、将来的に 前処理から検出までをすべて自動化する装置の開発が予定されており、この方法が確立すれば、血液を装置にセットするだけで遺伝子判定が可能になる。そうなれば、医師、患者のどちらの立場にとってもより安心で納得のできる理想の医療体制が確立されていくであろうと予測できる。
もう一度言うが、薬物の体内動態には個人差がある。そのため、すべての患者に一律量の薬物を投与する用量設定は最適な薬物治療とはいえない。遺伝子型を薬物に対する応答性の決定因子としてとらえ投与計画に役立てることは、単に薬剤の効きやすさなどの効率だけでなく、副作用回避あるいはその早期発見に有効である。現在、一部の病院では薬物代謝酵素の遺伝子多型に基づいた用量設定が行われつつある。また、将来的にはイソニアジドのように遺伝子型との関連が証明されている特定の医薬品で、薬効ゲノム情報に基づいた個別化適正投与が一般的に実施されるようになると予想される。そうなれば、より確実な治療が可能になり、患者さんの立場から見ても一番自分に合った治療法なのだから安心できるようになっていき、医師と患者さんの信頼関係もますますよくなっていくだろう。
また、結核に関して述べると、わが国では結核患者は昔に比べて大幅に減少したが、結核性髄膜炎などの重症な小児結核児は後を絶たないのが現状である。その理由として、小児の感染源との遭遇率を減らすことが難しいから、などがある。結核症の診断には色々な方法があるが、一般診断では主にツベルクリン反応が使われている。しかし、この方法では感染初期や重症結核症、ウイルス感染後などでは反応が弱まってしまうなど、判定に個人差があるので、正確ではないということを認識し、単に反応の大きさを規定の大きさに基づいて陽性か陰性かを決定するのではなく、状況に応じて慎重に判断しなくてはならない。また、喀痰や胃液、髄液、胸水、膿汁、尿、糞便骨髄などを検体として検査する方法もあり、これは感染源の探究や感染経路の解明には役立つが、多くの人を対象に一度に検査できないので、患者、もしくは患者と疑わしい人に対して行うものである。また、この結核菌の検査のときにもPCR-RFLP法をもちいる。
そして、結核症の診断で注意しなければならないのが肺結核の診断である。これは、学校検診などでの発見率は極めて低く、有症状診断時での発見が多い。また、別の理由での胸部X線が発見のきっかけになることもある。よって、胸部単純X線からできるかぎり多くの情報を読み取る能力の向上にも努めなければならない。つまり結核症の診断にはこのような様々な方法と、その個人の年齢や抵抗性、周囲の状況などを総合的に考慮にいれなければならない。また、乳幼児の結核症では、発病時に詳細に周辺の接触歴を調査すれば7割以上の確率で感染源を明らかにできるということも知っておかなければならない。というのも、結核症などの感染症においてはその感染源の発見は重要なことであり、それにより感染症の流行を防ぐこともできるからである。
また、結核性髄膜炎の診断では、意識障害と神経学的所見により、特異的神経症状のない1期(前駆期)、嘔吐、けいれんなどの神経刺激症状の2期(刺激期)、昏睡や麻痺などの神経麻痺症状を示す3期(麻痺期)の3期に分類される。そして、この疾病で予後に大きく影響するのは、診断時の病期である。1期(前駆期)に診断された症例は前例後遺症を残さずに治療できているが、2期以後で診断された症例は、適切に治療されても死亡や中枢神経後遺症を残すことが多い。1期では本症に特異的な症状はなく、症状のみから診断することは困難であり、早期診断のためには小児を診る医師がつねに本症を念頭におき、本症の疑いを少しでも持つときには、髄液検査を積極的に実施すべきである。また乳幼児での結核では、栗粒結核を疑うときは当然のことであり、髄膜刺激症状の有無にかかわらず、髄膜検査を実施する必要がある。また結核患者発見時には、患者と接触のあった小児に迅速に接触者検診を実施し、適切に対応することが必要である。それにより流行、つまりさらに患者が増えることを防ぐことができる、ということを知っておく必要がある。
では、結核の治療についての現状はどうなのか。ヒドラジド、リファンピシン、ピラジナミドを併用する肺結核6ヶ月治療は強力に初期強化療法を可能とする処方であり、現在世界で肺結核に対する標準的化学療法となっている。しかし、個人個人での遺伝子の違いによっては、薬剤耐性を持っていたり,治療中に肝障害などの副作用が起こることもある。よって治療を行う際には、結核菌の培養をして菌の薬剤に対する感受性を調べるなどを行い、場合によっては治療を中断するなど、細菌学的評価を念頭に置かなければならない。また、抗結核化学療法の進歩によって結核、特に結核性髄膜炎の死亡率は改善されたが、後遺症を残さずに完全に治癒させる確率は決して改善されたとは言い切れない。なぜなら、結核菌は諸種抗結核薬に感受性で、結核症の治療法方式は確立されている。しかし、非結核性抗酸菌は菌種あるいは菌株によって薬剤感受性を異にし若干の例外を除き、確立された治療方式なく、感染症原因菌によって治療の容易なものから困難で難治なものまで存在するからである。
このような現状下で考えなければならないことは、前述したように個人個人の遺伝子型を調べて、そのうえでその人に最も合った治療、つまりオーダーメイド治療に目をむけていくことが重要である。また、遺伝子解析の研究が進んでいる今日において、例としてあげた結核のみならず、生活習慣病、さらには癌にいたるまでその人の遺伝子を解析すればその病気にかかりやすいなどということが判明できるようになってきている。つまり、例えば自分の遺伝子が生活習慣病になりやすいとわかったら、食事や運動になるべく気をつかう、など健康の為に一番重要な一次予防をある程度個人で行えたり、何かの病気にかかって治療する時にその人に一番効率のいい、最適な治療を行えるなど、オーダーメイド治療のもたらすメリットは計り知れない。しかし、現在はまだコストも高く、一般的に普及されるのはまだ先の事となりそうである。
ただし、医療技術の進歩は確かに素晴らしいが、そのメリットにばかり捉われていると、自分の首を自分で絞めることになりかねないので注意が必要である。遺伝子科学の進歩は、医療の分野などで大いに活躍すると期待できるが、それと同時により深刻な高齢化や、場合によっては単なる延命になってしまい、クオリティオブライフの低下につながることも考えられ、最終的には半不老不死の状態になることも可能であり、産まれ老い死ぬという動物として当たり前の自然の理にも反することになってしまう。そうなれば、食料問題だけでなく、秩序やモラルの低下にもつながるので、目先のメリットだけに捉われず、適切な判断を伴って研究していくことが重要だと思う。