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1. はじめに
今回のレポートをかくにあたって、あらかじめ2本のビデオ、「水俣病」と「遺伝子治療」を見させていただ いたが、私はそのうち「遺伝子治療」のビデオの内容と、任意に選んだ二つのキーワードより抽出した以下に示す2つの論文の内容を織り交ぜて、考察を示した。

2.選んだキーワード
                    「塩基配列」   「薬剤耐性」

3.論文要約
HCVの遺伝子構造と抗ウイルス治療  前川伸哉 榎本信幸
(要約)
 抗HCV治療として従来インターフェロン(IFN)単独療法が行われてきたが、最近はリバビリンとの併用療法や新しいIFN製剤などが導入されたことにより、全体の著効率は50%近くまで上昇してきた。しかし、依然として約半数の症例は既存の抗HCV薬に抵抗性である。HCVの非構造タンパク質であるNS5AにIFN感受性と関連する領域がある。その領域をISDRと命名した。
 HCVのゲノムの中央から C末端側には非構造タンパク質であるNS2,NS3,NS4A,NS4B,NS5A,NS5Bがコードされ、ウイルス増殖に必要な機能を担う。HCV感染患者においてHCVクローンごとのIFN反応性を調べたところ、IFNによって消失するHCVと消失しないHCVが混在する症例があった。2種の相違はNS5A領域のC末端側に集中していた。IFN感受性HCVではNS5A aa2209〜2248に基準配列であるHCV-Jと比較すると多数のアミノ酸変異を認めたのに対し、IFN抵抗性HCVでは変異を認めず、この領域がIFN感受性を決定する領域と考えられ、ISDRと命名した。
 ISDRとIFNの治療効果の関係を多数例にて検討したところ、変異数が増えるに従って著効率が上昇することが明らかとなった。自然経過におけるHCVのISDR配列変化を検討したところ、変化しにくいことが明らかとなった。すなわち個々の患者において、IFN治療効果が自然経過中に変化することは少ないと考えられた。
 NS5Aを含むC末端側の酸性アミノ酸領域(aa2102〜2324)には転写活性化作用があるが、この作用がISDRの構造に依存しており、ISDRのアミノ酸変異により増強することを報告した。これはIFNにより誘導される遺伝子群の転写を変化させることにより、IFNの抗ウイルス機序をISDRが阻害する可能性を示唆した。 また培養細胞においてNS5Aタンパク質を強制発現させると、IFN刺激により活性化されるSTAT系が抑制されることを見出したが、この抑制効果はISDR配列に依存した。NS5Aタンパク質による細胞内シグナル伝達の抑制がIFN抵抗性の機序の一つである可能性も考えられた。RNA依存性プロテインキナーゼ(PKR)はIFNによって誘導される重要な抗ウイルスタンパク質であるが、NS5AのISDRを含む領域は、PKRと直接結合することによりPKRの抗ウイルス作用を阻害し、かつこの結合はISDRの構造に依存するとも報告されている。
 1999年にLohmannらによりHCV replicon system が開発された。repliconは適応変異と呼ばれる特殊なアミノ酸変異が必要であった。培養細胞という環境で効率よく増殖するためにrepliconが獲得した変異であるが、この変異はその大部分がISDRそのもの、またはISDRの直前のセリン残基のクラスター部位に集中していた。我々は新たに感染クローンであるHC-J4からrepliconの作出を試み、replicon systemがHC-14においても機能することを明らかにした。このrepliconにおいてもNS5Aの適応変異は必須であった。実際のHCVにおいてセリンクラスター配列は高度に保存されている。ISDRを含むNS5Aの構造がrepliconにおいても増殖を決定しているこの事実は、HCV増殖におけるNS5Aタンパク質の重要性を強く示すものであった。
 リバビリンのHCV増殖に与える影響を検討した。リバビリンは単独でも用量依存性にreplicon増殖を抑制し、さらにIFNと併用するとIFNの抗ウイルス効果を相乗的に高めることが明らかとなった。リバビリンはウイルスのmutagenとして働き、変異率を上昇させることにより増殖を不能にする機序が考えられている。リバビリン投与前後のNS5A配列を比較したところ、ISDRを含めて変異が増加していた。リバビリンがISDRの変異を増やすことによりIFNの感受性を上げている可能性も考えられた。このようにreplicon systemを用いると、抗HCV薬のHCV増殖に与える影響を詳細に検討でき、ま薬剤耐性に関連するHCV変異なども明らかにすることができるものと考えられる。
 HCVの遺伝子構造と抗HCV薬の効果には密接な関係があることが明らかとなってきた。しかし、HCV遺伝子構造とその変異が持つ機能的な意味を十分に理解することは従来は困難であった。replicon systemの登場により今後は分子レベルでこの理解が進み、より詳細な坑HCV薬の検討、さらには新しい抗HCV薬の開発が可能となることが期待される。 

C型肝炎ウイルスのインターフェロン抵抗性の分子機構 仲一仁 加藤宣之
(要約)
C型肝炎ウイルスは1989年に発見されたフラビウイルス科に属する全長9.6kbのプラス鎖の一本鎖RNAウイルスである。HCVの持続感染は慢性肝炎をひき起こし、二十数年の経過のなかで肝硬変、そして最終的には肝細胞癌発症に至る。HCVのRNAゲノムには約3,000アミノ酸からなる前駆蛋白質がコードされており、宿主細胞の翻訳装置を利用してタンパク質が合成される。HCVタンパク質が肝炎、肝硬変、肝細胞癌の発症にどのように関与しているかは解明されていない。その理由として、培養細胞レベルでの効率の良いHCVの複製増殖系やチンパンジー以外の感染実験動物モデルが開発できなかったことがあげられる。しかし、1999年になってこれらの困難な問題の1つがドイツのグループによって解決されることになった。HCVゲノムの複製に必要な非構造領域とゲノムの両末端を有するHCVのサブゲノムが細胞内で自己複製することができるレプリコンシステムの開発である。そしてこれまで、いくつかの研究グループによってHCVレプリコン細胞が樹立されており、筆者らも2系統のHCVRNAレプリコン細胞の樹立に成功している。これまで樹立されたレプリコン細胞はすべてIFN高感受性を示した。この現象はC型慢性肝炎患者体内でHCVの半数以上がIFN抵抗性を示す事実と大きくかけ離れている。そこでIFN高感受性を示すHCVレプリコン細胞が、IFN抵抗性に変化する可能性を考え、長期間IFN、およびG418存在下で培養した結果、「IFN抵抗性レプリコン細胞株」の樹立に成功した。
 細胞はウイルスが感染すると、その防御機構としてIFNを産生する。ウイルスの複製過程で産生される2本鎖RNAをTLR3が認識してIRF3の活性化を介し、IFN-βの発現を誘導する。IFN-βが産生されるとIFNシグナル伝達経路が活性化されてIFN-αをはじめさまざまな抗ウイルス作用を有する遺伝子群の発現誘導が起こる。T型IFNによって誘導される標的遺伝子は数百種類に及ぶ。その中で抗ウイルス活性を有する分子としてよく解析されているのは、2´,5´-オリゴアデニル酸合成酵素、dsRNA依存性プロテインキナーゼ(PKR)、Mxタンパク質などほんの一部に過ぎず、その他の大部分についてはどのようにして抗ウイルス作用に関与しているかもわかっていない。HCV感染細胞についても2-5AS、PKR、あるいはMxタンパク質がウイルス排除にかかわっていることを示す証拠は、これまでのところ報告されていない。
 これまでに開発されたHCVレプリコンはいずれもIFN-α、IFN-β、およびIFN-γに高感受性を示す。最近、IFN-αによるHCVRNAの排除はプロテアソームの阻害剤によって抑制されると報告された。T型IFN(α、β)とU型IFN(γ)では認識されるレセプターやシグナル伝達経路が異なるにもかかわらず、IFN-αやIFN-γ処理によって共通のプロテアソームサブユニットやユビキチン様タンパク質の遺伝子発現が誘導される。したがって、このようなIFNによるユビキチン・プロテアソーム系タンパク質の誘導は、HCV複製阻害の分子機構を解明する上で注目に値する。P53遺伝子にIFN-stimulated response element が存在し、IFNによって発現誘導されることがわかった。P53を介するアポトーシスの誘導といった機序もウイルス排除機構の一つとなる可能性がある。
 HCVのNS3-4Aタンパク質がIRF-3のリン酸化を阻害し、IRF-3の核移行を妨げることが明らかになった。結果的にIFN-βの産生を完全に阻害してしまう。ごく最近、NS3-4Aタンパク質がTLR3の下流に位置するTRIF/TICAM1を切断することでIRF-3のリン酸化に至るシグナル経路を阻害することが明らかとなった。TLR3シグナルの阻害はHCV持続感染成立のメカニズムに深くかかわっていると思われる。
 NS5Aタンパク質によるIFN感受性の決定にかかわる分子機構として、NS5AがPKRと結合してその働きを阻害しているとする報告がなされている。NS5Aタンパク質がIL-8の転写活性を誘導して抗ウイルス活性を示すとする報告もある。これに対して、NS5Aタンパク質はPKRの活性に影響せず、C型慢性肝炎患者においてNS5Aのアミノ酸配列と治療初期のIFN感受性とは相関しないという結果も報告されている。したがって、HCVのIFN感受性を規定する分子機構は必ずしも明らかとはいえない。
 HCVのE2タンパク質はPKRの自己リン酸化サイトとそのターゲット分子であるeIF2αに対するリン酸化サイトと類似のアミノ酸配列を有しており、PKRの活性を阻害する。E2タンパク質はグリコシル化されるが、非グリコシル化E2タンパク質がPKRに結合してその活性を阻害するという論文も報告されている。しかしながら、臨床のC型慢性肝炎患者のIFN治療に対する感受性との間で有意差は認められていない。以上のように、HCV排除にかかわるIFNによる抗ウイルス活性の分子機構は明らかではない。
 HCVレプリコン細胞を5ヶ月間IFN-α、およびG418存在下培養して、わずかに生存したレプリコン細胞よりtotal RNAを精製した。このRNAをHuh-7細胞に導入し、再びG418存在下、IFN-αまたはIFN-βの処理濃度を徐々に高めていく方法により、IFN-αに抵抗性を示す5クローンとINF-βに抵抗性を示す4クローンの「IFN抵抗性レプリコン細胞」の樹立に成功した。IFN-β処理に対してIFN抵抗性レプリコン細胞株の多くは感受性を示した。IFN-β抵抗性レプリコン細胞は、IFN-α/β処理ともにほぼ完全に抵抗性を示した。このようなIFN抵抗性獲得の原因としてはウイルス側因子(HCVゲノムの変異など)や宿主細胞側因子(シグナル伝達経路の異常)が考えられる。遺伝子変異の解析を行った。
 IFN抵抗性レプリコンのシークエンスは散在的に多くの遺伝子変異が存在していることが明らかになった。各株で共通の変異を検討したところ、NS4BとNS5AのISDR近傍に変異が存在することがわかった。@IFN抵抗性レプリコン由来の変異を有するNS4BとNS5AにIFN抵抗性レプリコンと同じ変異を有する新規HCVレプリコンを樹立する。IFN抵抗性を獲得するかどうか検討する。
 IFN抵抗性レプリコンに認められた変異が宿主細胞側の因子に影響を与えている可能性はないだろうか?IFN抵抗性レプリコン細胞におけるIFN処理後の転写活性をISREのレポーター遺伝子を用いて解析した。IFN抵抗性レプリコン細胞ではIFNシグナルがほとんど伝わらない状態になっていることが明らかになった。
 以上に述べたように、筆者らはIFN抵抗性のHCVレプリコン細胞株を樹立した。これらの細胞株におけるIFN抵抗性獲得には、ウイルスゲノムの変異とそれによる宿主細胞のIFNシグナル経路の異常が関与するものと考えられる。今回得られたIFN抵抗性レプリコン細胞を用いてIFN抵抗性獲得機序の解明を行うことにより、肝炎患者に対するIFNの有効利用法の開発、IFN感受性の予測診断、IFNを凌駕する抗HCV剤の開発につながるものと期待される。これらの知見をIFN抵抗性のC型慢性肝炎患者の診断治療にいかに還元するかが今後の重要な課題である。

4.考察
インターフェロンという言葉を知ったのは昨年の微生物学講義が初めてではないだろうか。今回この二つの論文をよんで、その輪郭がよりはっきりしてきたことは言うまでもない。このように、一つの論文が、我々のように未だ知識が未熟な医学生たちに、一分野、一言語においてよりはっきりとした輪郭を提供してくれるという事実は、しっかりと認識し、利用していかなければならない。さて、上記の類似した二つの論文より、HCVのIFN医療における最前線を垣間見ることができた。HCVの薬剤耐性は今や遺伝子レベルの原因解析が重要な鍵を握っている。これからのHCV医療は「遺伝子」という言葉を抜きには語れなくなるのではないのだろうか。あらかじめみさせていただいた「遺伝子治療」についてのビデオは、過去の過失とその傷跡を示した「水俣病」というテーマとは対照的であった。遺伝子治療は現在から未来である。これまでの医療は疾病を診て、その原因を探索したりその治療法を開発することが主な目的であった。しかし、それらの疾患は個人でさまざまであり、一つの治療法が万人に通用するわけではなかった。「オーダーメイド医療」というように、これからは一人一人の遺伝子に合わせて、その特徴を予想し、より効果的な治療を行うことができるようになる。少し脱線するかもしれないが、将来的に遺伝子により全ての疾病が未然に防がれてしまったならば、「医師」という職業の存在を揺るがす事態には発展しないだろうか。もしかしたら、解析と診断に携わる者以外の多くの医師が職を失う、そういう時代がくるかもしれない。さすがにこれは非現実的であるが、遺伝子治療の発展と比例してこのほかにもさまざまな現実的な問題は顕になるだろう。人類はこれまで以上に柔軟な対応を求められるかもしれない。だからこそ我々医学生としては未来を見据え、迅速に、柔軟に対応できるように、遺伝子治療についての学習を怠ってはならない。それが未来の医療において中心的役割を示すという見地からすれば、なおさらである。

5.まとめ
論文では学者達が今このときにも研究に身をついやし、未知への挑戦を続けて戦っていることを肌で感じることができた。ところで、私は今回二つの論文をいかほどの時間で読んだであろうか。基礎的な知識しかないにもかかわらず、おそらく図書館へ行き論文をコピーする時間を含めても約2時間ほどで、HCVのIFN治療の最前線を垣間見てしまった。自発的に求めさえすれば、与えられるべき知識はいつでも手に入るということをあらためて実感した。環境は整っている。我々は未来を見据えた学習にも力を注がなければならない。