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医学生として学習を始めて三年目になる。私の医学生としての自覚が足りないせいだろうが、予防医学・公衆衛生学の意義を具体的には理解できていなかった。今回水俣病について調べていくうちに、それらがどの様に私たちの生活に関わっているのか少し理解できたように思う。これから予防医学・公衆衛生学的観点をふまえて、自分なりに水俣病についてレポートしたいと思う。
水俣病とは・・・
政府統一見解によると「水俣病とは、水俣湾産の魚介類を長期かつ大量に摂取したことによって起こった中毒性中枢神経系疾患である。その原因物質はメチル水銀化合物であり、新日本窒素水俣工場のアセトアルデヒド酢酸設備内で生産されたメチル水銀化合物が工業排水に含まれて排水され、水俣湾内の魚介類を汚染して、その体内で濃縮されたメチル水銀を保有する魚介類を地域住民が摂取することによって生じたものと認められる。」としている。
水俣病の病像
水俣病は、メチル水銀によって中枢神経を中心とする神経系が傷害される中毒性疾患である。腎臓などが傷害される無機水銀中毒とは異なった病像を示し、神経系以外にも障害が生じることは確認されていないのが定説とされている。臨床的には多様な症候が生じ、主要な症候は、四肢末端の感覚障害、小脳性運動失調、中枢性運動障害などである。
水俣病の診断
水俣病の各神経症候がほかの原因によっても生じるため、メチル水銀の曝露があった者について1997年、環境庁環境保健部長名でだされた主要症状の組み合わせによる判断基準に基つき行われている。
水俣病の問題点
水俣病の本質とは食中毒という形をとってメチル水銀に曝露したメチル水銀中毒症である。しかし、水俣病事件は不幸なことに、食中毒事件として扱われてこなかった。
食品衛生法に基つく食中毒事件の通常の処理として、原因物質を摂取して中毒を引き起こした患者を診察した医師はすぐに保健所に届けなくてはいけない。保健所はすぐにその原因物質の摂取をやめさせ、原因物質を摂取したと思われる患者を積極的に追跡調査し、食べたもの、量、症状などの聞き取り調査をして、報告書を都道府県知事、厚生労働大臣に届けなくてはならない。水俣病はこのような処置をとられること
はなかった。
しかも国、熊本県は水俣病患者の救済を徹底的に怠ってきた。そもそも上記したような判断基準には科学的裏づけはまったくなく、作成に関与した医師の経験だけに基つくものである。本来、疫学の考えからすると曝露を受けた住民の健康被害がメチル水銀曝露によるものか否かを判断するためには、曝露を受けた住民の健康状態を、メチル水銀曝露を受けていない住民のそれと比較しなくてはいけない。比較して汚染地域の住民の健康被害の偏りが明らかになれ、その偏りがメチル水銀曝露の起因するものと考えられる。岡山大学医学部公衆衛生学の津田先生と熊本大学解剖学の浴野先生による疫学調査によって、感覚障害、視野狭窄、運動失調、構音障害、難聴の発生頻度について、汚染地区の住民と宮崎県の漁村の住民との間には明らかに有意差が存在することがわかった。
水俣病裁判について
水俣病裁判には
1、
被害者がチッソに障害賠償や医療費などを請求した民事訴訟
2、 被害者が国、県に早急な被害認定を求めた行政訴訟
3、
チッソの元幹部の水俣病発生責任などを問う刑事訴訟
などがある。
提訴前には水俣病の責任の所在が不明確であったが、民事訴訟の結果として加害企業チッソの責任が明確になった。刑事訴訟では加害企業チッソが水俣病の原因を知りながら有機水銀を排出した責任は社長と工場長の刑事罰が相当するとした。行政訴訟では排水規制、被害者救済をしなかった責任は認めたが食品規制については国が勝った。
最後に
今回予防と健康管理ブロックで水俣病のレポートを書くにあたって、自分が医学という分野をいかに狭い概念でとらえていたかということに気付かされた。
医師はただ目の前の患者をみるのではなく、医療に携わることで公衆衛生の向上と国民の健康確保に貢献する、という使命をもっているのだと思う。
例えば水俣病を例にとって言うと、熊本水俣病が発生したとき徹底した疫学調査がされていたならば、新潟水俣病は防げたのではないだろうか。
医師は目の前の疾患を治療するだけでなく、その疾患の背景にあるものまで考慮し、早期に予防できるように対策をとるということをしなくてはいけないと思う。