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 今回「NHKスペシャル」を見て考えさせられたことは、水俣病とは何かということでした。

 確か、小学校の社会科の授業で公害を習ったとき足尾銅山鉱毒事件の次に目にしたのが水俣病です。チッソという工場が水俣湾に流した排水に有機水銀が入っていた為に、水俣湾でとれた魚を食べた人々が水銀中毒になった。当時はこの程度のことを理解していた様に思います。高校の生物で生物濃縮について学ぶときにも水俣病が例に挙げられていました。メチル水銀を食べてしまうと体から排出されないので次第に蓄積して中毒症状を来す。自分の中では「メチル水銀中毒=水俣病」という考えが当たり前でした。

 しかし現実は少々違いました。

 メチル水銀中毒であっても水俣病でない人がこんなにも大勢いたなんて。自分の無知を恥じると同時に疑問が沸きあがりました。何故同じメチル水銀中毒の患者さんに水俣病とそうでない人がいるのでしょうか。

 番組を見た限りでは、そもそもこの様な状況が始まったのはS48年にチッソと患者原告団との間で補償協定が交わされ、行政が水俣病と認定した患者には1600〜1800万円の補償金が支払われることになってから、だと思われます。それに伴ってS52に水俣病を認定するための症状(感覚障害+運動障害や視野狭窄など)による判断条件が設けられましたが、同じメチル水銀中毒に因る症状を呈しているにも関わらず、その程度で水俣病であるか否かが振り分けられてしまいました。水俣病に認定されれば補償金が支払われる。一方で認定されなかった人には何の補償もないのです。この基準は同じ要因で障害を被った患者さんに対して、その程度によって同じ病であることを否定し、補償されるべき権利を奪ってしまいました。

 辞典で水俣病を引くと、「有機水銀中毒による神経疾患」とあります。本来病気の診断は、医師が診察した上で決定されるものです。しかし水俣病は行政の認定がなければ、たとえその症状を呈していようとも「水俣病」ではないのです。水俣病と認められない患者さん達の中で、水俣病とは認定されないことを条件に、チッソから260万円の一時金を貰う政治決着を受け入れた方がおよそ1万人もいるそうですが、その患者さんたちだって「水俣病」であることには違いないと思われます。H10に日本精神神経学会がS52判断条件は誤りだと発表しても、昨年の10月に水俣病関西訴訟の原告51人が最高裁判決で水俣病だと認定されても、環境省は条件の見なおしをせず過去を庇護するばかりです。

 水俣病であるはずの患者さんが水俣病と認められない。患者さんの立場からするとこれほどもどかしい事があるでしょうか。水俣病患者を診ている医師にとっても、水俣病と診断をつければ治療に保険の対象外になってしまうことや、認定が困難であることが悩みの種になっています。

 水俣病の原因になったメチル水銀を流しつづけたチッソの責任の大きさは言うまでもありませんが、水俣病の問題をこうも複雑にしたのは当時から現在に至る行政の責任と言わざるを得ません。病気の本質に立ち返って、「水俣病」の患者は誰か、本当に補償を必要としているのは誰かを見つめてこの問題と向き合うことがこれから必要だと思います。

 これから学ぶ衛生学を通して、何故このような問題が起こってしまったのか、行政や保険機関の仕組みなどについて考えるヒントを得られればと思います。