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予防と健康管理 〜課題200545日分〜

 

 

はじめに

講義で課題となる水俣病に関するビデオを視聴して、今まで学校で習ってきた水俣病とは違う側面からの内容だった為、今一度水俣病問題について調べると同時に、ビデオの内容理解を深める為、裁判の経過も追ってみた。次に、ビデオを視聴していて疑問に感じた点について調べた。疑問点は、水俣病発覚当初、専門家や行政はメチル水銀の影響をどの程度把握していたのかということと、最高裁判所の判決はいかなるものであったのかということである。

この結果によっては患者のみが被害者であるとは限らなくなるのではないかという当初の考えと、インターネットを中心に調べた為、患者側の意見を多数知ることとなったということも手伝って、あえて行政側の人間の立場で意見を述べたいと思う。

 

 

水俣病問題とは  

・熊本県、とりわけ国は、水俣病患者の救済を徹底的に怠ってきた。熊本県知事及び鹿児島県知事が水俣病であると認定した患者は、チッソと補償協定を締結することによって、最低でも1600万円の一時金を受け取ることができる。この認定を受けるためには、患者は自ら水俣病ではないかと申請をしなければならず、また、県が認める検診医の検診を少なくとも1週間にわたって受けなければならない。その後、県が委嘱した医師が開催する認定審査会が審査をし、県知事はその審査会の答申を参考にして最終的に判断する。
 このシステムは、食中毒事件の処理とは全くかけ離れており、極めて異例である。しかも、認定基準がまちがっているのである。認定患者の急増、補償金支払負担の増大、という事態に対処するため、1977(昭和52)年、環境庁環境保健部長名で出された判断条件(いわゆる52年判断条件;感覚障害、視野狭窄、運動失調、構音障害、難聴)は、主要症状の組み合わせのあるものを水俣病と判断する、とした。この基準には科学的な裏付けが全くなく、作成に関与した医師の経験のみによって作成されたものである。
 本来、曝露を受けた住民の健康被害がメチル水銀曝露によるものか否かを判断するためには、曝露を受けた住民の健康状態を、メチル水銀曝露を受けていない住民の健康状態と比較しなければならない。比較して、汚染地域の住民の健康被害のかたよりが明らかになれば、そのかたよりがメチル水銀曝露に起因するものということになる。
 また、認定業務は、水俣病患者は末梢神経が障害されているという前提でなされており、末梢神経が障害されていたら、腱反射が低下・消失するはず、末梢神経が障害されていたら、感覚障害の症状の変動は生じないはず、全身の感覚が低下することはないはず、として、患者が切り捨てられてきた。しかし、これらこそが、メチル水銀中毒症の感覚障害の特徴だったのである。
 結局、まちがいだらけの認定制度によって、患者は、耐え難い検診を強いられたあげく、棄却処分、保留処分を受けたり、処分そのものを放置されたり、という仕打ちを受けてきた。2000(平成12)年331日までに約17000人が認定申請を行ったが、熊本県と鹿児島県が認定した患者数は、2264人にすぎない。
 水俣病事件の歴史は、直接的には認定制度との闘いの歴史であったともいえる。

 

 

最高裁判所判決文

 

 

平成13年(オ)第1194号、第1196
平成13年(受)第1172号、第1174

判 決

当事者の表示 別紙当事者目録記載のとおり

 

  上記当事者間の大阪高等裁判所平成6年(ネ)第1950号、第1969号、同11年(ネ)第4203号損害賠償、仮執行の原状回復等請求事件について、同裁判所が平成13427日に言い渡した判決に対し、上告人らから上告があり、附帯上告人らから附帯上告があった。よって、当裁判所は、次のとおり採決する。


主 文

 

 

1 原判決のうち、被上告人A子、同B子、同C子、同D子、同E子、同F子、同G子、同H子、同I子、及び同J子の上告人らに対する請求を認容した部分を破棄する。

 

2 前項の部分につき、上記被上告人らの控訴をいずれも棄却する。

 

3 原判決のうち、被上告人K子、同L男及び同M子の上告人らに対する請求に関する部分を次のとおり変更する。
1 上告人らは、各自、被上告人K子、同L男及び同M子に対し、各25万円及びこれに対する昭和521211日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被上告人K子、同L男及び同M子の被上告人らに対するその余の控訴をいずれも棄却する。

 

4 上告人らのその余の上告及び附帯上告人らの附帯上告をいずれも棄却する。

 

5 第1項記載の部分に関する控訴費用及び上告費用は同項記載の被上告人らの負担とし、第3項記載の部分に関する訴訟の総費用は、これを10分し、その1を上告人らの、その余を同項記載の被上告人らの各負担とし、前項の部分に関する上告費用は上告人らの負担とし、附帯上告費用は附帯上告人らの負担とする。

 


理 由

 

1 事案の概要

1 

 

被上告人らは、水俣病の患者であると主張するもの(原判決別紙「結果一覧表」の患者氏名欄記載の58名のうち、患者番号131528414244464752585913人を除く45名。以下「本件患者」と総称する。)又はその承継人である。本件は、被上告人らが、上告人らは水俣病の発生及び被害拡大の防止のために規制権限を行使することを怠ったことにつき国家賠償法11項に基づく損害賠償責任を負うなどと主張して、上告人らに対し、損害賠償を請求する訴訟である。

 

2 原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。

 

1 水俣病は、水俣湾又はその周辺海域の魚介類を多量に摂取したことによって起こる中毒性中枢性神経疾患である。その主要な症状としては、感覚障害、運動失調、求心性視野狭さく、聴力障害、言語障害等がある。ここの患者には重症例から軽症例まで多様な形態が見られ、症状が重篤なときは、死亡するに至る。
水俣病の原因物質は、有機水銀化合物の一種であるメチル水銀化合物であり、これは、チッソ株式会社(昭和40年に称号を変更する前の商号は、新日本窒素肥料株式会社。以下「チッソ」という。)水俣工場のアセトアルデヒド製造施設内で生成され、同工場の排水に含まれて工場外に流出したものであった。水俣病は、このメチル水銀化合物が、魚介類の体内に蓄積され、その魚介類を多量に摂取した者の体内に取り込まれ、大脳、小脳などに蓄積し、神経細胞に障害を与えることによって引き起こされた疾病である。

 

2) 本件患者らは、かつて水俣湾周辺地域に居住し、水俣湾又はその周辺海域の魚介類を摂取していた。本件患者らのうち、N(患者番号16)B子、K子、L男、M子、O男、P男、J子は昭和3412月末までに、それ以外の者は昭和351月以降に、関西方面に転居した。

 

3)昭和3151日、チッソ水俣工場付属病院の医師が、水俣保健所に対し、水俣市内において脳症状を呈する原因不明の患者が発生した旨の報告をした。公的機関が水俣病の存在を認識したのはこれが初めてであり、この時が水俣病の「公式発見」と呼ばれる。この報告を受けた水俣保健所等が調査したところ、昭和28年ころから同様の症状を呈する患者が発生していたこと、昭和321月の時点で54名の患者が発生し、うち17名が死亡していたことが判明した。

 

4)水俣病の原因については、上記公式発見以降、水俣保健所、熊本大学医学部の水俣病研究班(以下「熊大研究班」という。)、厚生省(以下、省庁名、官職名等は、いずれも当時のものである。)の厚生科学研究班等により、調査や研究が行われた。原因究明は困難を極めたが、昭和3111月開催の熊大研究班の研究報告会において魚介類との関係が一応疑われるとの報告がされ、昭和321月開催の国立公衆衛生院での上告人国、上告人県の関係者も参加した合同研究会において魚介類との摂取が原因であるとの一応の結論に達した。上告人県は、水俣市の住民に対して水俣湾の魚介類を摂取しないように呼び掛けるとともに、湾内での漁業を自制するよう、地元の漁業協同組合に申し入れた。このような行政指導の結果、昭和3112月以降、しばらくの間は、新たな患者の発生が見られなくなった。
昭和347月開催の厚生科学研究班の研究報告会において、水俣病は、感染症ではなく、中毒症であり、何らかの化学物質によって汚染された魚介類を多量に摂取することによって発症するものであるとの結論が示されたが、原因物質が何であるかは不明のままであり、当時は、マンガン、タリウム、セレン等の物質が疑われていた。
昭和336月開催の衆議院社会労働委員会において、厚生省環境衛生部長は、水俣病の原因物質は水俣市の肥料工場から流出したと推定されるとの発言をした。また、同年7月、同省公衆衛生局長は、関係省庁及び上告人県に対して発した文書により、水俣病はある種の化学毒物によって有毒化された魚介類を多量に摂取することによって発症するものであり、肥料工場の廃棄物によって魚介類が有毒化されると推定した上で、水俣病の対策について一層効率的な措置を講ずることを要望した。他方、通商産業省(以下「通産省」という。)軽工業局長は、同年9月ころ、厚生省に対し、水俣病の原因が確定していない現段階において断定的な見解を述べることがないよう申し入れた。

 

5 昭和338月、新たな水俣病患者の発生が確認された。この患者は、水俣湾の魚介類を自ら捕獲して、多量に摂取したものであった。上告人県は、水俣湾の魚介類を摂取しないことを周知徹底させるべく、住民に対して改めて広報活動を行うとともに、地元の漁業協同組合に対し漁業を自粛するよう申し入れた。

 

6)昭和338月、チッソは、アセトアルデヒド製造設備からの排水の放出経路を、水俣湾内にある百間港から湾外の水俣川河口付近へと変更した。その結果、昭和343月以降、水俣湾外の海域で漁獲された魚介類を多食していた者についても水俣病の発症が確認され、湾外の魚介類も危険視されることとなった。

 

7 昭和343月刊行の熊大研究班の報告書に、水俣病の症状が有機水銀中毒に症状(いわゆるハンター・ラッセル症候群)と一致する旨を述べた論文が掲載された。熊大研究班は、その後も調査研究を続け、同年722日に開催された研究報告会において、水俣病は現地の魚介類を摂取することによって引き起こされる神経系疾患であり、魚介類を汚染する毒物としては水銀が極めて注目されるに至ったと発表した。
また、厚生大臣の諮問機関である食品衛生調査会の特別部会として昭和341月に発足した水俣食中毒部会は、同年106日、水俣病は有機水銀中毒症に酷似しており、その原因物質としては水銀がもっとも重要視されるとの中間報告を行った。

 

8)上告人らが把握していた昭和348月現在の水俣病患者の発生状況は、患者数71名、死亡者28名であった。通産省は、そのころ、水俣病が現地において極めて深刻な問題となっている状況にかんがみ、チッソ水俣工場に対し、口頭で、水俣川河口への排水路を廃止すること、排水処理装置の完備を急ぐこと、原因究明のための調査に充分協力することを求める行政指導を行った。また、通産省は、同年10月末から11月にかけて、厚生省公衆衛生局長、水産庁長官等から、チッソ水俣工場の排水に対して適切な処置を至急講ずるよう求める旨の要望を受けたので、チッソの社長当てに文書を送付して、一刻も早く排水処理施設を完備することなどを求めた。
昭和3412月、サイクレーター、セディフローターを主体とする排水浄化装置がチッソ水俣工場に設置された。チッソは、これによって工場排水が浄化される旨を強調したが、この装置は水銀の除去を目的とするものではなかった。そのことは、多少の化学知識のあるものが、上記装置の設計図等を見れば、容易に知ることができた。

 

9)昭和3412月、熊本県知事らのあっせんにより、チッソと熊本県漁業協同組合連合会との間に漁業補償に関する契約が、水俣病患者家庭互助会との間に見舞金の支払いに関する契約が、それぞれ締結された。

 

10)昭和34年当時の総水銀(有機水銀化合物に加え、金属水銀、幹水銀化合物を含むもの)の一般的な定量分析技術においては、001ppmが定量分析の限界であるとされていたが、工業技術院東京工業試験所は、同年11月下旬ころには、独自に工夫した方法によって総水銀について0001ppmレベルまで定量分析し得る技術を有していた。同試験所は、そのころから昭和358月までの間、通産省の依頼を受けて、チッソ水俣工場の排水中の総水銀を定量分析し、00020084ppmの総水銀が検出されたとの検査結果を報告した。

 

11)上告人らは、遅くとも昭和3411月末ころまでには、水俣病の原因物質がある種の有機水銀化合物であること、その排出源がチッソ水俣工場のアセトアルデヒド製造施設であることを高度の蓋然性を持って認識し得る状況にあった。また、上告人らにおいて、そのころまでには、チッソ水俣工場の排水に微量の水銀が含まれていることについての定量分析は可能であったし、チッソが整備した上記排水浄化施設が水銀の除去を目的としたものではなかったことも容易に知ることができた。

 

12 昭和435月、チッソは、水俣工場におけるアセトアルデヒドの製造を取りやめた。これにより、同工場からメチル水銀化合物が排出されることはなくなった。同年9月、上告人国は、水俣病はチッソ水俣工場のアセトアルデヒド製造施設内で生成されたメチル水銀化合物が原因で発生したものである旨の政府見解を発表した。昭和44年、水俣湾及びその周辺海域について、後述する水質二法に基づく指定水域の指定等がされた。

 


2 平成13年(オ)第1194号上告代理人都築某ほかの上告理由について
1
 民事事件について最高裁判所に上告をすることが許されるのは、民訴法3121項又は2項所定の場合に限られるところ、本件上告理由は、理由の不備及び食い違いを言うが、その実質は単なる法令違反を主張するものであって、上記各項に規定する事由に該当しない。
2
 所論にかんがみ、職権により判断する。
  前記の事実関係の下において、上告人らが、昭和351月以降、チッソ水俣工場の排水に関して規制権限を行使しなかったことが違法であり、上告人らは、同月以降に水俣湾又はその周辺海域の魚介類を摂取して水俣病となった者及び健康被害の拡大があった者に対して国家賠償法11項による損害賠償責任を負うとした原審の判断は、後述のとおり、正当として是認することができる。そうすると、本件患者らのうち、昭和3412月末以前に水俣湾周辺地域からその地域外へ転居した者については、水俣病となったことによる被害を受けているとしても、上告人らの上記の違法な不作為と損害との間の因果関係を認めることはできない。ところが、原審は、本件患者のうちN男、B子、K子、L男、M子、O男、P男、J子について、昭和3412月末以前に水俣湾周辺地域から転居したとの事実を認定しながら、上記8名の本件患者に係る損害賠償請求を一部認容したものであって、原判決には、上告人らの上記の違法な不作為と損害との間の因果関係の存否の判断につき、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があったといわざるを得ない。
  したがって、原判決のうち、上記8名の本件患者ら又はその承継人である被上告人A子、同B子、同C子、同D子、同E子、同F子、同G子、同H子、同I子、同J子、K子、同L男及び同M子の上告人らに対する請求(ただし、被上告人K子、同L男及び同M子については、N子の承継人として請求する部分を除く。)を認容した部分は、破棄を免れない。そして、同部分に係る上記被上告人らの請求を棄却した第1審判決は、結論において是認することができるから、同部分についての上記被上告人らの控訴はいずれも棄却されるべきものである。

3 平成13()1172号上告代理人都築某ほかの上告受理申立て理由第3及び第4について

1 公共用水域の水質の保全に関する法律(昭和45年法律第108号による改正前のもの、以下「水質保全法」という。)及び工場排水等の規制に関する法律(以下「工場排水規制法」という。また、水質保全法と併せて、「水質二法」という。)は、昭和331225日に公布され、昭和3431日に施行された(その後、水質二法は、昭和4512月に公布された水質汚濁防止法の施行に伴って廃止された。)。水質保全法は、公共用水域の水質の保全を図るなどのために必要な事項を定め、もって産業の相互共和と公衆衛生の向上に寄与することを目的とするものであり(同法1条)、工場排水規制法は、製造業等における事業活動に伴って発生する汚水等の処理を適切にすることにより、公共用水域の水質の保全を図ることを目的とするものである(同法1条)。水質二法による控除排水規制の概要は、次のとおりである。
  経済企画庁長官は、公共用水域のうち、水質の汚濁が原因となって関係産業に相当に被害が生じ、若しくは公衆衛生上看過し難い影響が生じているもの又はそれらのおそれのあるものを「指定水域」として指定するとともに(水質保全法51項)、当該指定水域に係る「水質基準」を定めるものとされている(同条2項)。水質基準とは、「特定施設」を設置する工場等から指定水域に排出される水の汚濁の許容限度であり(同法32項)、特定施設とは、製造業等の用に供する施設のうち、汚水又は廃水(以下「汚水等」という。)を排出するもので政令で定めるものである(工場排水規制法22項)。また、主務大臣(特定施設の種類ごとに、政令により定められる。同法211項)は、工場廃水の水質が当該指定水域に係る水質基準に適合しないと認めるときは、これを排出するものに対し、汚水等の処理方法に関する計画の変更、特定施設の設置に関する計画の変更等を命ずること(同法7条)、汚水等の処理方法の改善、特定施設の使用の一時停止その他必要な措置を執るべき旨を命ずること(同法12条)等の、特定施設から排出される工場排水に関して規制を行う権限を有するものとされており、主務大臣の上記命令に違反した者は、罰則を科される(同法23条)。

 

2 熊本県漁業調整規則(昭和26年熊本県規則第31号、以下「県漁業調整規則」という。なお、この規則は、昭和40年熊本県規則代8号の2により廃止された。)は、漁業法(昭和37年法律第15号による改正前のもの)65号及び水産資源保護法4条の規定に基づいて制定されたものであり、水産動植物の繁殖保護、漁業取り締まりその他漁業調整を図り、併せて漁業秩序の確立を期するため、必要な事項を定めることを目的とするものである(県漁業調整規則1条)。
  県業業調整規則は、何人も水産動植物の繁殖保護に有害な物を遺棄し、又は漏せつするおそれのあるものを放置してはならない旨を定め、これに違反するものがあるときは、熊本県知事は、その者に対して除害に必要な設備の設置を命じ、又は既に設けた除害設備の変更を命ずることができるものとされている(同規則32条)。上記の規定又は命令に違反した者に対しては罰則が科される(同58条)。

 

3 原審は、前記の事実関係の下において、チッソ水俣工場の排水につき、上告人国においては上記の水質二法に基づく規制権限を、上告人県においては上記の県漁業調整規則に基づく規制権限を、それぞれ行使しなかったことが国家賠償法11項の適用上違法であるとして、昭和351月以降に水俣湾又はその周辺海域の魚介類を摂取して水俣病となった者及び健康被害が拡大した者に対して、同項による損害賠償責任を負うと判断した。
  上告人らの論旨は、原審の上記判断は、水質二法、県漁業調整規則の関係規定及び国家賠償法1条」1項の解釈適用を誤ったものであり、法令に違反する旨を主張するものである。

 

4 そこで、以下、この点について検討する。
1 国又は公共団体の公務員による規制権限の不行使は、その権限を定めた法令の趣旨、目的や、その権限の性質等に照らし、具体的事情の下において、その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときは、その不行使により被害を受けた者との関係において、国家賠償法11項の適用上違法となるものと解するのが相当である(最高裁昭和61年(オ)第1152条平成元年1124日第二小法廷判決・民集43101169頁、最高裁平成元年(オ)第1260号同7623日第二小法廷判決・民集4961600頁参照)
2 これを本件についてみると、まず、上告人国の責任については、次のとおりである。
  ア 水質二法所定の前記規制は、@特定の公共用水域の水質の汚濁が原因となって、関係産業に相当の損害が生じたり、公衆衛生上看過し難い影響が生じたりしたとき、又はそれらのおそれがあるときに、当該水域を指定水域に指定し、この指定水域に係る水質基準(特定施設を設置する工場等から指定水域に排出される水の汚濁の許容限度)を定めること、汚水等を、排出する施設を特定施設として政令で定めることいった水質二法所定の手続きが執られたことを前提として、A主務大臣が、工場排水規制法7条、12条に基づき、特定施設から排出される工場排水等の水質が当該指定水域に係る水質基準に適合しないときに、その水質を保全するため、工場廃水についての処理方法の改善、当該特定施設の使用の一時停止その他必要な措置を命ずる等の規制権限を行使するものである。そして、この権限は、当該水域の水質の悪化にかかわりのある周辺住民の生命、健康の保護をその主要な目的の一つとして、適時に勝つ適切に行使されるべきものである。
  イ 前記の事実関係によれば、昭和3411月末の時点で、@昭和3151日の水俣病の公式発見から起算しても既に約3年半が経過しており、その間、水俣湾又はその周辺海域の魚介類を接する住民の生命、健康等に対する深刻かつ重大な被害が生じ得る状況が継続していたのであって、上告人国は、現に多数の水俣病患者が発生し、死亡者も相当数に上っていることを認識していたこと、A上告人国においては、水俣病の原因物質がある種の有機水銀化合物であり、その排出源がチッソ水俣工場のアセトアルデヒド製造施設であることを高度のがい然性をもって認識し得る状況にあったこと、B上告人国にとって、チッソ水俣工場の排水に微量の水銀が含まれていることについての定量分析をすることは可能であったことといった事情を認めることができる。なお、チッソが昭和3412月に整備した前記排水浄化装置が水銀の除去を目的としてものではなかったことを容易に知り得たことも、前記認定のとおりである。そうすると、同年11月末の時点において、水俣湾及びその周辺海域を指定水域に指定すること、当該指定水域に排出される工場排水から水銀又はその化合物が検出されないという水質基準を定めること、アセトアルデヒド製造施設を特定施設に定めるという上記規制権限を行使するために必要な水質二法所定の手続きを直ちに執ることが可能であり、また、奏すべき状況にあったものといわなければならない。そして、この手続きに要する期間を考慮に入れても、同年12月末には、主務大臣として定められるべき通商産業省大臣において、上記規制権限を行使して、チッソに対し水俣工場のアセトアルデヒド製造施設からの工場排水についての処理方法の改善、当該施設の使用の一時停止その他必要な措置を執ることを命ずることが可能であり、しかも、水俣病による健康被害の深刻さにかんがみると、直ちにこの権限を行使するべき状況であったと認めるのが相当である。また、この時点で上記規制権限が行使されていれば、それ以降の水俣病の被害拡大を防ぐことができたこと、ところが、実際には、その行使がなされなかったために、被害が拡大する結果となったことに明らかである。
  ウ 本件における以上の諸事情を総合すると、昭和351月以降、水質二法に基づく上記規制権限を行使しなかったことは、上記規制権限を定めた水質二法の趣旨、目的や、その権限の性質等に照らし、著しく合理性を欠くものであって、国家賠償法11項の適用上違法というべきである。
  したがって、同項による被上告人国の損害賠償責任を認めた原審の判断は、正当として是認することができる。この点に関する上告人国の論旨は採用することができない。
3 次に、上告人県の責任についてみると、以上説示したころによれば、前記事実関係の下において、熊本県知事は、水俣病にかかわる前記諸事情について上告人国と同様の認識を有し、又は有し得る状況にあったのであり、同知事には、昭和3412月末までに県漁業調整規則32条に基づく規制権限を行使すべき作為義務があり、昭和351月以降、この権限を行使しなかったことが著しく合理性を欠くものであるとして、上告人県が国家賠償法11項による損害賠償責任を負うとした原審の判断は、同規則が、水産動植物の繁殖保護等を直接の目的とするものではあるが、それを摂取する者の健康の保持等をもその究極の目的とするものであると解されることからすれば、是認することができる。この点に関する上告人県の論旨を採用することはできない。

 


4 平成13()1172号上告代理人都築某ほかの上告受理申立て理由第5について

1 被上告人らの上告人らに対する請求(前記第2で判示したところにより棄却されるべき部分を除く。) については、国家賠償法4条、民法724条後段所定の除斥期間の適用の有無が問題になるところ、原審は、その適用を否定した。
  上告人らの論旨は、原審の上記判断は、上記各規定の解釈適用を誤ったものであり、法令に違反する旨を主張するものである。

 

2そこで、以下、この点について検討する。
1 民法724条後段所定の除斥期間は、「不法行為ノ時ヨリ二十年」と規定されており、加害行為が行われた時に損害が発生する不法行為の場合には、加害行為の時がその基点となると考えられる。しかし、身体に蓄積する物質が原因で人の健康が害されることによる損害や、一定の潜伏期間が経過した後に症状が現れる疾病による損害のように、当該不当行為により発生する損害の性質上、加害行為が終了してから相当の期間が経過した後に損害が発生する場合には、当該損害の全部または一部が発生したときが除斥期間の起算点となると解するのが相当である。このような場合には損害の発生を待たずに除斥期間が進行することを認めることは、被害者にとって著しく酷であるばかりでなく、加害者としても、自己の行為により生じ得る損害の性質からみて、相当の期間が経過した後に損害が発生し、被害者から損害賠償の請求を受けることがあることを予期すべきであるとい考えられえるからである。原審の判断は、以上の趣旨をいうものとして、是認することができる。論旨は採用することができない。
2 上記見解に立って本件を見ると、本件患者のそれぞれが水俣湾周辺地域から他の地域へ転居した時点が各自についての加害行為の終了した時であるが、水俣病患者の中には、潜伏期間のあるいわゆる遅発性水俣病が存在すること、遅発性水俣病の患者においては、水俣湾又はその周辺海域の魚介類の摂取を中止してから4年以内に水俣病の症状が客観的に現れることなど、原審の認定した事実関係の下では、上記転居から遅くとも4年を経過した時点が本件における除斥期間の起算点となるとした原審の判断も、是認し得るものということができる。この点に関する上告人らの論旨も採用することができない。

 

 
5 平成13()1172号上告代理人都築某ほかのその余の上告受理申し立て理由について
  所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足り、上記事実関係の下においては、原審の判断は是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

6 平成13年(オ)第1196号付帯上告代理人松本健男ほかの付帯上告理由について
  民事事件について最高裁判所に上告をすることが許されるのは、民訴法3121項又は2項所定の場合に限られるところ、本件付帯上告の理由は、理由の不備および食い違いをいうが、その実質は誤認又は単なる法令違反を主張するものであって、上記各項に規定する事由に相当しない。

7 平成13()1174号付帯上告代理人松本健男ほかの付帯上告受理申し立て理由について
  所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足り、上記事実関係においては、原審の判断は是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

8 結論
  以上によれば、上告人らの上告は、前記第2の限度で理由があるから、主文第1項記載の部分につき原判決を破棄し、同第3項記載の部分につき原判決を変更するべきものであるが、その余の上告はいずれも理由がないので、これを棄却することとする。また、付帯上告人らの付帯上告には理由がないので、これを棄却する。
  よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

最高裁判所第二小法廷

裁判長裁判官北 川 弘 治

裁判官福 田   博

裁判官滝 井 繁 男

裁判官津 野   修

 

 

 

感想

もし私や私の周りの人が水俣病問題で、訴訟にかかわっていたら考えが偏ってしまうかも知れないが、今のところどの立場になっても問題がないので、NHKであるにもかかわらず、ビデオで悪者のように取り上げていた行政の人の立場に立って感想を述べたいと思う。

まず気にかかったのは、昭和31年当時、熊本県副知事が「水俣病は食中毒ではないのか」ということで食品衛生法により水俣湾の魚介類を食さないようにしてほしいとの提案をしたのに当時の厚生省が裏付けがないとして漁獲禁止は出来ないとした一連の流れである。確かに証拠もないのに「・・・と思われる」ということのみで漁獲を禁止したのではそこに住む漁師はたちまち生活に困るだろう。ここでは熊本県の行動も厚生省の対応も立場上仕方ないと考えられる。ではなぜ裏付けの実験は熊本大学を始め、研究班はどんどん推し進めなかったのだろうか。もしかしたらここが最もkey point なのではないだろうかと思わざるを得ない。

 判決文の理由、第一 事案の概要、2(3)〜(11)を読むと、厚生省は昭和34年までメチル水銀が原因であると特定されていないので、水俣湾での漁業の禁止をできなかったという対応は法的に認められていると捉えることができる。その代わり、熊本県は当時わかっていた事実から水俣湾の魚介類は食べないように指導している。結果、患者は減っているということは水俣湾の魚介類と奇病は関連があるのだろうという考えには至るが、食べてはいけないという指示があったにもかかわらず水俣湾の魚介類を食べた人はやはり、漁業を禁止されては困る人であったのだろうと思う。

 確かに原因が判明した34年秋以降に厚生省等が有効な対策を講じなかったのは政府側の落ち度かもしれないが、有効な対策はどれくらい挙げられていたのだろうか。当時の日本にとっては金銭面や技術面においてチッソに施した設備が適当なものであったのかもしれない。

 また、判決文を読んで思ったのは、患者側の勝訴ではないのではないかということである。司法のことは小難しく、今一よくわからないが、喧嘩両成敗的な印象を受けた。この場合、ビデオの中では患者側が行政側を強く批判していたが、行政側は判決で命じられたことのみを全うすれば良いのではないのか。患者側は裁判がどうとか、判決がどうとかと言って、真摯な対応をとか言っていましたが、三権分立である以上、裁判は裁判、行政の対応は対応で違って当然なのではないのだろうか。じゃあ裁判をした意味がないとおっしゃる人もいるかもしれないが、判決で言い渡されたことは行うのだから意味はあると私は思うし、反対に裁判で言い渡されてないことを患者から言われて、はいはいと二つ返事でやってしまう方が問題だと私は思う。

 今、裁判を起こしている患者側の人は、結局お金が欲しいのだろうと思う。もしそうでないのなら、政治決済で決着をつけているはずである。確かに、病気になるとお金は必要なので患者側の意見もわかる。水俣病は認定を受けられなければ保険も利用できないという背景からも同情はする。しかし、原因がわかる前の患者に対しての責任は誰にあるわけでもないし、わかったときには水俣湾の魚介類を食べないように指示している。ということは病気になったのは自業自得なのかもしれない。例えるなら、数年前BSEが叫ばれたときに自分は大丈夫だろう思って牛肉を食べてBSEにかかっても、それは自分が悪いというのと同様の考え方である。しかし、BSEの問題と水俣病の問題との相違点は(たくさんあるのだが触れたい一つだけ挙げると)、水俣病の場合、病因も自分たちが出しているという点だと思う。即ち、メチル水銀を排出していたチッソに、水俣湾周辺の人は数多くお世話になっていたということである。勤めていた人やその家族はもとより、チッソがあるがゆえに潤っていた商店なども含まれる。そんな人たちは被害者を装っているが、間接的には、加害者であると言っても過言ではないと私は考える。

 結局、水俣病問題の問題点は、誰が被害者で誰が加害者かということがわかりにくい点にあるのではないのだろうか。それゆえ、補償問題も困難を極めているのだろう。国や県といった行政側も当時全く対策をしなかったわけではないのに、なぜ高額の補償をしなければならないのかと考えるだろうし、患者は自分たちを被害者だと思い込んでいるので補償金がほしいのだろうと私は思う。しかし、病状にばらつきがあるので、認定も難しいというのも事実であり、補償金を支払いたくないので認定基準があいまいにされているというのもまた事実であろう。そこで姿を現した52年判断条件。これもまた曖昧であることには変わりないのであろうが、患者側が主張するように科学的根拠がないとは考えにくい。少なくとも医師を含むお偉いさんたちが練り上げて出来たものであるのだからそれなりの信憑性はあるのだろう。それゆえ、裁判所も52年判断条件が悪いとは述べていない。

そこで私は考えた。病状が軽い人から重い人までなだらかにいろんな人がいるのなら、認定基準を介護保険のように症状別で変えて、認定を行えば良いのではないか。それによって補償金額を変えれば、三者一両損で済むのではないだろうか。しかし、その階級のわけかたでまた問題が生じるかも知れませんがね・・・。

 

 

 

 

最後に

 一ヶ月間水俣病について調べてみたが、結局理解しきることはできなかった。しかし、それは当然だと思う。もし、一ヶ月足らずで理解できるのならば、半世紀近くの間も、問題となっていないだろう。

 今回、このレポートを作成するにあたって得た情報や感想を書こうと思案したことは、少なからず自分のためにはなったことであろう。また、思っていることを口にして羅列するだけなら簡単であるが、文章に起こすことの難しさも改めて感じた。ビデオを観賞して、調べて、感じたことはたくさんある。ディスカッションでなら、そのうちの8割くらい出せるかもしれないが、人を納得させるだけの文章は書けないという自分の欠点も見つかった。口達者なのみならず、筆達者にもなるべく、努力しなければならないと思った。

 

 

参考文献

チッソ水俣病関西訴訟

国立水俣病総合研究センター

NEW予防医学・公衆衛生学(岸玲子、古野純典、大前和幸、小泉昭夫;南江堂編)