東大・本郷での学会でした。

で,宿泊はお茶の水・・・ぶらぶらと途中を寄りながら朝向かいました。



最初は,神田明神(ここは,去年の9月に参りました)の横の宮本公園。
う〜ん,単に都会の緑・・ですが・・・。小雨模様の中です・・。



本郷の辺りが少し小高くなっていて・・・この辺りは,坂が多いです。

清水坂を下りて昇ると・・・妻戀神社があります。

【 その昔、日本武尊の東征のとき、三浦半島から房総への途中で大暴風雨にあい、妃の弟橘姫が海に身を投じて海神の怒りを鎮めたという。途中湯島の地に滞在したので、郷民が尊の姫を慕う心をくんで、尊と姫を祀ったのがはじまりと伝えられる。江戸時代には、妻恋稲荷の名で有名となり王子稲荷と並んで参詣者を集めた。江戸時代から伝わる木版刷りの縁起物が「夢枕」と呼ばれるもの、七福神を乗せた宝船の版画で、正月2日の夜、枕の下に敷いて寝ると縁起のいい初夢が見られるといわれる。】----良い由緒ですよね。


さて,そのまま北上すると・・湯島天神です。

学問の神様ですし・・・・「湯島の白梅」で有名ですよね。・・・・。

  

朝早くって,まだ,屋台はしまってまして・・・でも,ところ狭しと,境内中に,屋台があります。

御祭神は,天之手力雄命(あめのたぢからをのみこと)と,菅原道真公(すがわらのみちざねこう)です。


 

湯島といえば,梅でしょうか・・・

っていうのも,泉鏡花のラブロマンス「湯島の白梅」があって・・・。
で,戦後歌謡として,「湯島の白梅」・・・
「湯島通れば 想い出す お蔦主税の 心意気 知るや白梅〜」の辺りまでは,ボクも知っています。

映画にもなって・・・・。

「切れるの別れるのッて、そんな事は、芸者の時に云うものよ。私にゃ死ねと云って下さい」の台詞で芝居に映画に有名だったそうです。

う〜ん,僕らより一世代上の方々には,本当に,懐かしい部分でしょうね・・・。


梅林は・・・もう暫くしてからでしょうか・・。


学問の神様ですので・・・絵馬もすごい数です。

裏手・・・春日通の方には,なぜか早咲きの梅もありました。



こちらはこちらで境内社もありました・・・。稲荷さんもですね・・。


湯島天神の裏参道から出ると・・・そこは,切通坂です・・。
この辺りは,坂が一杯!

で,一旦,不忍池の方へ向かって・・・。

で,旧岩崎邸庭園を訪れました。

そこから,本郷の東大(研究会会場)へ向かう坂は,無縁坂・・・

これも,「さだまさし」でしょうか?

母がまだ若い頃 僕の手をひいて この坂を登る度 いつもため息をついた
ため息をつけば それで済む 後だけは見ちゃだめと
笑ってた白い手は とてもやわらかだった 運がいいとか 悪いとか
人は時々口にするけど そういうことって確かにあると あなたを見ててそう思う
忍ぶ 不忍 無縁坂 かみしめる様な ささやかな 僕の母の人生

なんか不忍とか・・・上手く,。ご当地ソングしてますよね! 上手い!




【その坂道とは「無縁坂」です。知る人ぞ知る有名な坂です。東京大学(医学部付属病院の付近、東大は旧加賀藩主前田家屋敷跡にできた)から不忍の池に出る坂道で坂の南側が旧岩崎邸となります。昔は湯島郷に属し、講安寺門前町として開かれた町屋で、今も坂の北側に講安寺があります。この坂道が有名になったのは、まず第一に「ひまわりの歌」の主題歌、さだまさし作の「無縁坂」、第二に「森鴎外」の「雁」に出で来る坂道だからです。】ということの様ですね・・・。

普通に,岩崎邸の反対側はマンションが並んでいますけれど・・・。


で,上にも記載されている「講安寺」ですが・・。
 

確かに,土蔵の本堂・・・白壁・・っていうのは,庫裡もそうみたいですね・・・珍しいですね・・。

さぁて研究会に向いましょう!