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 環境汚染と神経細胞             

1、はじめに
   「母体も環境には違いない。少なくとも胎児にとっては。」と考え、やや強引ではあるが、将来、発達障害のある幼児や若年性のアルツハイマー病患者と、臨床の場で出会う可能性があることを踏まえてそれらの論文を検索してみた。

2、選んだキーワード
   環境汚染 + 神経細胞

3、選んだ論文の内容の概略
  その1、[統合失調症の発達障害仮説とドパミン神経栄養因子]
"IL-1などのサイトカインによる発達障害"
精神疾患、なかでも統合失調症は人口の約1%が罹患する一般的な疾患であるが、その原因はほとんど判っていない。糖尿病と同様に生育環境と遺伝の両者が関与すると考えられていて、環境要因としては母体のウイルス感染や周期障害、出産時虚血、幼児ストレスなどが要因として挙げられている。興味のあることに周産障害により胎盤から著しく産生されるサイトカインは中脳ドパミンに対する神経栄養因子であった。脳血液関門が完成していない妊娠後期の以前にこのようなことが起きると、これらの神経栄養因子が発達中のドパミン神経に直接作用するはずである。生まれたての新生ネズミにこれらの栄養因子を末梢から連続投与してやると脳に到達して中脳ドパミン神経の発達を障害した。さらにこれらの動物は、その成熟後にさまざまな統合失調症モデルとしての認知行動異常を呈するようになったが、それらの障害は抗精神病薬で改善された。このようにドパミン栄養因子を用いた統合失調症モデルは、古典的な仮説「ドパミン機能障害仮説」と近年流行になっている「脳発達障害仮説」の両者を含有するモデルとして注目される。
4{考察}
IL-1は活性化されたマクロファージから産生されるサイトカインであり、局所的には血管内皮活性化、リンパ球活性化、局所組織破壊、エフェクター細胞の侵入を容易にする、といった作用があり、全身的には発熱、IL-6の産生などを起こす物質である。またIL-1はからだの場所によってそのはたらきが異なり、例えば骨髄細胞では好中球の動員とそれに伴う食菌作用を起こし、視床下部であれば体温上昇を起こすことによってウイルスや細菌増殖の抑制、抗原処理の亢進、特異的免疫応答の亢進を起こす。このようにIL-1はからだを守るために働くわけであるが、この論文ではそれが悪影響を与えてしまった例を示している。IL-1は中脳ドパミンに対する神経栄養因子であり、母体のウイルス感染や周期障害などによりIL-1が増えてしまうと、過剰にドパミン受容体が刺激され結果的にさまざまな異常を起こしてしまうのである。またこのとき容易に胎児がIL-1の影響を受けるのは、まだ血液脳関門が出来てないからであり、ラットの胎児にIL-1を投与する実験を行った場合、関門ができる前とできた後では、前者において異常が見られることが予想される。この論文によると難産や周期障害が胎盤からのIL-1の産生を著しく増加させる、とある。    以上のことよりこの論文からは、出産のときには母体がウイルスに感染しないように注意する必要があることや、胎児にストレスを与えることは避けるべきである、ということを再確認させられる。あるいは難産であれば母親が苦しいだけでなく胎児にも影響がでる可能性がある、ということを将来医師になろうとする我々に確認させるという意味ももっているのではないだろうか。またこのことを母親に話すべきかどうかということも考えさせられる。「苦しい思いをして出産し、しかも生まれながらに発達障害をもつ子供を授かるかもしれない。」そう言われたとき、出産を断念する人もいるかもしれない。もちろんそれが間違いだとは誰にも言う権利は無い。正しいという権利が無いのと同じように。
   影響がでるということを知ってないと上のようなことを考えることは出来ない。「知っておく。そして考えておく。」これも医師にとって必要なことではないだろうか。
上の問いに対する私の答えは「母親に教える。そして母親の意思でどうするか決める。」だと、とりあえず今はそう思う。だが将来はわからない。

その2、[アミロイドβ蛋白質重合とガングリオシド]
   "Aβ重合体によるADの発症"
アミロイドβ蛋白質(Aβ)はアルツハイマー病(AD)の主要病変である老人斑を構成する分子量約4Kの蛋白質であり、その前駆体(amyloid precursor protein;APP)の生理的な代謝により産生される。Aβは可溶性の単体としては特別な生物作用は示さないが、重合体となってはじめて神経細胞に強い毒性を発揮することが知られている。したがって、Aβ重合機構の解明がAD研究のなかでもっとも重要な課題の一つとなっている。Aβは疎水性アミノ酸を多く含み、数十μMオーダーの高濃度で試験管内でインキュベートすることにより容易に重合しアミロイド繊維を形成する。一方、脳内におけるAβ濃度は数nMにすぎず、その重合機構は不明である。家族性ADにおいて見いだされた遺伝子変異(APP遺伝子およびpresenilin遺伝子)により細胞外に排泄されるAβ量が2〜10倍増加することが確認されたことが根拠となり、AD脳内におけるAβ重合機構をめぐっては、神経細胞内・外液中のAβ量が増加することが重要な役割を果たしていると一般に考えられている。しかしながら、AD患者の大部分を占める孤発性ADにおいて、Aβが蓄積に先行して脳内で増加していることは確認されてない。また、最近相次いで発見された家族性ADや遺伝性アミロイドアンギオパチーの原因となるAβシークエンス内遺伝子変異によっては、Aβの細胞外排出量は増加することなく、むしろ減少することが明らかにされている。したがって、脳内におけるAβ蓄積過程にはAβ量の増加によらない分子機構がかかわる可能性も考えられる。
4{考察}
  日本の高齢者(65歳以上)の痴呆有病率はおよそ5%であるがそのうち50%がAD患者であると言われている。家族性ADの原因は原因遺伝子の特定により飛躍的に解明された一方で、孤発性ADは老化が関係していること以外はよくわかっていない。ただ、ADの二大病変である「老人斑」と「神経原繊維変化」について、前者はAβのGM1ガングリオシドとの異常重合体(GAβ)、後者はタウタンパク質という神経細胞骨格タンパク質の異常重合体であることが解っている。また、GAβとAβの異常重合体による神経細胞への傷害が病気の過程の上流にあり、その神経傷害の結果の1つとして、タウタンパク質の異常重合が起きるのではないか、という説が有力である。また、Aβとガングリオシドとの結合はAβの種類によって症状が変わることが解ってきた。Aβシークエンス内の22番目のアミノ酸が置換(E→G)された変異型Aβ(Arctic-type Aβ)は脳実質に蓄積し、臨床的には早期発症型ADを誘導することが知られている。これに対して、同一の位置の変異でありながら置換されるアミノ酸が異なる変異体Aβ(E→G、 Ducth-type Aβ)は、頭蓋内の血管壁に選択的蓄積し、脳実質内への沈着は少なく、臨床的にはアミロイド・アンギオパチーに伴う重篤な脳出血を誘導する。
   以上の事実から、脳内(頭蓋内)におけるAβ蓄積には環境要因が重要な役割を果たしており、部位特異的環境要因が野生型ならびに遺伝的変異型のAβの重合ならびに蓄積を促進していることを示唆している。なお、Arctic-type Aβの重合はGM1ガングリオシドの存在化において野生型や他の変異体Aβに比して著しい重合性を示すことが確認されており、これはAβ重合促進における環境要因としてガングリオシドが重要な役割を果たしていることにさらなる支持を与えたといえる。

5、まとめ
環境が人に与える影響は大きい。この環境には母体や頭蓋内も含めたが、これらは研究によって次第に解ってきはじめた。だが残念ながら科学だけで人間が救われるとは限らない。例えば、遺伝子治療、オーダーメイド治療、geneバンク。これらを良いと思う人間がいる。だがそれに劣らないくらい悪いと思う人間もいる。IL-1のように科学によって解ってきたからこそ予想できる苦悩。あるいは水俣病のように工場の責任が認められず保障が出なかった昔、原因が判明したのに認定されない今。ここから1つの教訓が読み取れる。研究と同時に人間も進歩しなければならない。科学だけが進んで人が追いついてこない。これは戦後の経済発展一辺倒で環境を省みず汚染していたことと似てはいないだろうか。同じ失敗を繰り返したときに我々が支払う代償は、水俣病の比ではないかもしれない。