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私は、水俣病について十分に理解しているつもりでした。
しかし、この映像をみて、新 たにわかった事や、考えさせられた事がいくつかありました。
その中の一つは、水俣病は終わっていないと言う事です。
水俣病の発生が確認されてから12年もの月日が過ぎてから、ようやく政府はチッソ水俣工場が原因で起きた公害病であることを認めました。
今まで全国各地で水俣病についての審判が行われ、各地で原告が勝 訴し、被害者に補償が行われるようになりました。
ですが、水俣病の場合、地元での患者 差別が激しく、自ら名乗り出る人は少なかったそうです。
また、80年代に入ると、行政に 認定されず水俣病と認められなかった患者が、国と熊本県とチッソを相手に次々と裁判を
起こし、原告の数は2000人にまで膨れ上がった。
国と熊本県は加害責任はない、認定制度 は正しいとして患者と対立し、10年に及ぶ裁判闘争が起きたそうです。
このように、水銀 を含んだ工場の廃水がチッソ工場から流されなくなっても、本当に長い年月を水俣病の被 害者たちは戦い続けていることを知らされました。
また、このビデオを見て、認定制度の難しさを知りました。
環境省が昭和52年に定めた 水俣病の診断基準「昭和52年診断条件」では、この基準に当てはまらない患者が数千人にのぼりました。
しかし、国は「この基準は現在も適切であり見直す必要はない。」と主張 し続けています。
このようないいかげんな診断基準では定めた意味がまったくないので、 国が専門家や、患者の意見をしっかり受け止め、より正しい制度をつくる必要があったと
思います。
このビデオを見て、医師が臨床の場だけでなく、公衆衛生の場にも深く関わっている事 を知りました。これからも、この「予防と健康」の授業を興味を持って聞きたいと思いま す。