あなたの心に、清々しさがあるのなら、それは、初秋の芒の原の高原に吹き抜ける風と、半ドーム型に取り囲む山々の稜線の織りなす綾。集う人々の優しさのスィッチを ほんの少しづつ開放していきながら、こそばゆい程に頬を撫でる風の妖精たちが、乗 っているのは縦笛の響き。そして皆々の微笑が、笑い声が、暑かった夏も、日常の辛 苦も、すべて解き放ってくれる。最後の上りを息を切らして辿りつくなら、既に気持 ちはまぶしさをほんの少し弱めてくれている青空の中をたゆたうばかり。明日も笑顔 を思い出せる。明日も誰かに優しく出来る。そんな想いを信じさせてくれるほどに、 目に映る世界は至福に充ちている。草原の舌鼓もまた、それは元気の素。飛び交う会 話もそれはかけがえのない友情の証。そしてまた一年後に想いを馳せる。

誰かの心が、沈み込んでいるなら、それは数メートル先も見えないような霧の中に、 肌を震わせ山頂を舞う冷たい風の悪戯なのだろうか。せっかく思いザックを降ろして やって来たのに、担いでいるのは、あるいは、昨日の悩みかも知れない。日々の生活 の中に蹲る様に、他人の目を避けて、少しだけ自分に優しくなって、いや、自分への 甘えを許すように、そっと吐息を吐き出す時、遠い明日への夢も、未来に託したい秘 密の誓いも、それは儚く捕らえ所のない霧の彼方に姿を消してしまっている。いい や、それでも息を切らして上ってきたことに、自らへの賛辞を与えてみたい。汗を流 して、足を滑らせながら、それでも1510 m まで辿り着いたことに、「今」という時 に生きていることの意義を見つけてみたい。きっと、晴れるためにこそ霧は出る。ど んなに深い霧もいつかは晴れる。それを人生には例えないまでも、せめて今、辿り着 いた自分を誉めてあげるくらいなら、許してもらえるのかもしれない。のど越しのほ んの一口分の珈琲だけでこんなにも倖せを感じられるなら、明日の私は、すこし微笑 みを思い出しているいるだろうし、明日のあなたは、少しだけ痛む足を、それでも、 一歩づつ前へ前へと差し出しているだろう。そしてまた、それは一年後へとつながる 足跡になっていく筈と、誰もが信じられるようになる。 私の心に、優しさを宿してください。だれもが見つけた大きな秋よ、

私の心に、素直さを呼び戻して下さい。芒よ、尾根よ、深い空よ、そして、何よりも仲間達よ。私がいつか忘れてしまう愛を引き留めて下さい。

その懐で、絶え絶えの息のままに、歩き、登り、滑り、倒れ、それでも辿り着いた頂 きに誓えるなら、私は、明日からも気持ちを朗らかに生きていける。私は、未来へ向 けて、見えない羽根をはばたかせることも出来る。

ありがとうを残して、高原を去ろう。感謝の種を、上手に落としていければ、いいな。仲間達の気持ちが一つになった証を、風に乗せたなら、その想いは、きっと吉備路で 待つ仲間にも届いてくれるだろう。

大きな声で気持ちを込めて、山よ、風よ、霧よ、木々よ、年若い仲間よ、先輩達よ。 言葉を並べるよりも早く一つになった心が、翻って誰もの心に宿す愛は、自然の恵 み、そして大地の息吹。

ありがとうを残して、高原を去ろう。

そして、想いを一年の後に。

愛を忘れそうなら、その時にまた、私はあなたに逢いに来る。果てしない自然の恵み と大地の息吹を再び心に灯すために。