2026.2/23
快晴の朝.
雪はほぼない.
今日も「まにわくん」~まずは、中国勝山駅へ.
割と時間表通りなのです.

駅に到着……今日は、下りの新見行だよ!!
保守点検の方が、作業をされています.
  
中国勝山駅、姫新線は単線なので、すれ違いは、複線になっている駅で.上り津山行と下りの新見行が、次々と到着して、同時に発車でした.
他の駅でもありますね.

さて、中国勝山駅から下りの新見行,中国勝山→月田→富原→刑部→丹治部→岩山→新見です.

勝山から刑部の間は、特にトンネルと鉄橋.

月田川が曲がりくねっている所を比較的まっすぐに線路は走っているので「汽車」の歌詞ではないけど、🎵トンネルだ、鉄橋だ🎵って感じです.
それぞれの駅.
トンネル~鉄橋.カーブはゆっくり.
念願の新見駅到着.
ここは伯備線も停まるし……ある麺、津山駅より、特急などの停車駅的な位置づけになりますものね.
待合室には雛壇も.
はい、この像は昔も見たことがありました.
さて……まずは、新見医美術館へ.
道路を見ていれば、辿り着けます.
到着……いつもながら、奥の藪っていうのか、庭園でもなく……裏手から.
上に登って行きます.
はい、建物の所.
到着です.
  
今は、名品展/コレクション展で、新規収蔵品の展示も.
ここの収蔵品は、素朴な様で深い、淡い様で芯が在る作品が多いです.
絵はがき、買えました.以前、ここで鑑賞した2枚もありました.ラッキー.
さて、車ではないので、まだまだ4時間ほど、あります.
高梁川を眺めて~新見文化交流館(まなび広場にいみ)へ.
今日は、まだまだ暖かくなるのかしら?
 
交流館の所に……まずは、蠟梅.
春が来ていますね.
そして、市役所の方には……薄紅色の梅も.
ここ二日間で本当に貼るみたい.
街歩きも楽しくなりますね.
さて、目的地はどこかな???
ステキな壁画もありますけど.
 
ここでした、.ギャラリー「哲多郡下神代村検知帳の特別公開」
これは良いですね.古文書ですね.
なんだか、歴史を感じます.
このポスターを美術館で見付けたので.
そして、元々の予定は珈琲屋あるれ、さん.
絵手紙の展示.
深煎りブレンドを飲みまして、読書もしました.
 
濃くて旨い.

そこからは、まず、二回目ですが、船川八幡宮.
【応永17年11月7日(室町時代)社殿が炎上し、各書記、古文書、刀剣類、重宝など全て焼失した。】
【古文書によれば、応永21年3月、平信濃入道が、社殿を再建した。】
【伝承によると、永禄年間(室町時代後期)新見村鳶ヶ巣城主、徳光兵庫頭が、氏神として崇敬して居たが、神夢の啓示により、備中松山(高梁市)へ舟路を開鑿し、舟揖の便を得たのを感謝して、舩川の山号を奉り、舩川八幡宮と号し、濁酒献供の定めを起して、田地2反8畝歩を神領としたのが、濁酒醸造の始まりとされている。以来、歴代の領主から代々寄進米を受け、この伝統行事は継承されてきた。】
【元禄10年10月、1万8千石の初代新見藩主となった関備前守長治侯は、正徳5年9月13日神社を今市から明月山に奉遷し、藩の守護神と崇め、領内23村の総鎮守とした。秋季大祭の御神幸大名行列(新見市無形民俗文化財)と共に濁酒醸造の行事を確立した。特に例大祭には、藩主が参座して領民の安穏、五穀豊穣を祈念したといわれている。】
【御神幸の時は、藩主入国の行列儀式にのっとり、藩士を差し向け厳粛に神輿の前衛として奉仕させたのが御神幸武器行列の始まりで、現在も往時の仕来りを、忠実に継承している。】
【明治4年9月国家管理に移行され、「郷社舩川八幡神社」となり、同40年1月27日神饌幣帛料供進神社に指定された。】
【昭和13年4月15日、新見町大火災によって社殿などことごとく焼失した。】
【昭和21年1月10日、神祗院から認旨があり、「県社舩川八幡神社」となったが、同年2月2日神道指令により国家管理を離れ、宗教法人神社本庁の包括神社となった。】
【昭和22年4月、約10年を費やし社殿等全てを再建立した。】
【平成3年2月15日、「船川八幡宮」と改称した。】
奥の院かと思って登ってみたら、古墳跡(墳丘はないと)との事……ちょっと期待したのに.
さて、もう少し西へ~住宅街に小さな祠が二つ.
  
白梅.
きれいに咲いています.
さて、新見美術館から見えていた、曹洞宗清龍山西来寺.
立派な像.
紅梅も.
さて、山門を抜けて.
端正なお寺さんです.
鐘楼.
【1698年に新見藩初代藩主・関長治が創建した曹洞宗の寺院です。新見藩主の菩提寺であり、関長治・関政辰の墓所は新見市の史跡に指定されています】
本当に、由緒あるお寺ですね.
奥まで.関連の方々の墓所になっています.
水仙と向こうに美術館も.
池の方に、多忙等.
池の処で……その装飾的な感じで、少しミニチュアが良い感じです.
さて、そろそろ、駅の方へ.
 
さて、御茶屋橋.
【「お茶屋橋」は、江戸時代にこの場所にお殿様の休憩所(お茶屋)があったことに由来します。藩主が移動する際や、参勤交代の際にお茶を喫し、お見送りとお別れをした場所として伝えられており、現在も地域に残る歴史的な名所となっています。】
 
熊谷川が高梁川にごうりゅする直前.
昭和町踏切も姫新線……だいた、昭和で拡がった町並みはこの町名ですよね.
駅近くの河川敷は、いろんなアートで郷土紹介です.
さて、駅に到着.
バスが特急やくもと同じ柄.スノボを担いだ若者がたくさん降りて来ました.

そして、姫新線津山行の発車前……伯備線に上りの八両編成の「やくも」!!!

さて、新庄村へのバスとの乗り継ぎ時間の関係で、久世まで乗りました.
ここでも上りも下りも同時に発車.
さて、駅舎の中です.
なんだか、ステキなミニカードは、ご夫婦の作品.
この後、マルイで、休憩して、そして、真庭市役所から、乗車しましょう、
 
旧遷喬尋常小学校跡.
デジカメでの撮影です.
 
そして、真庭市役所.
蒜山行とほぼ同時.
戻ってきました.
  
長い旅でした.