2023.12/07
雨の夜明けでした。
出る時には、そこそこの雨脚。

今日のうふふ。
 
今日は・・湯原で会議です、昼には青空。
そして、いつもの社口ダム・・・水量乏し、ダムではクレーン車、その工事の関係のボート????
何の工事でしょうか?
社地区から流れ込んでくる社川が、旭川に合流する辺りが、水量多い時は、ほぼダム湖となっていますが・・今日は・・。
  
そこの周辺にお地蔵様や祠・・・。ダム建設と関連していますか???
会議は、湯原温泉保健センター。
そして、近くの・・・ひまわり館(道の駅+温泉施設)・・・で、ことり食堂さんの「ひとしな」を。
  
いつものコース化していますね。
さざんかかな・・。
  
で・・・イオン日吉津に行こうとして、いつになく・・・ぐるっと、倉吉近辺を経由で・・なので。下蒜山。

郵便局に夜用事もあって・・・ここは、高城郵便局(倉吉市上米積広田)
【国府川右岸の久米くめヶ原はら台地に位置し、南は福本村。赤崎宿(現赤碕町)と関金宿(現関金町)を結ぶ街道が通る。村名は中世に稲積庄が成立していたことに由来するともいわれる。拝領高は二六〇石余、本免四ツ九分。飯沼氏の給地があった(給人所付帳)。享保一九年(一七三四)の鈴木孫三郎所持本「伯耆誌」では高二八〇石余、竈数二〇余。沖船大明神・加茂大明神を記載。幕末の六郡郷村生高竈付では生高二七八石余、竈数二三。藪役銀七匁四分を課されていた(藩史)。草山入会をめぐる争論があり、天保二年(一八三一)の和解のための願書(国府公民館蔵)に当村・下米積村・三江村・黒見村・島田村・横田村・国府村の名がみえる。】
看板に誘われて・・・斎尾廃寺跡(さいのおはいじあと)
【鳥取県東伯郡琴浦町槻下にある飛鳥時代後期から奈良時代の寺院跡。国の特別史跡に指定されている。】
【東に金堂、西に塔が建つ、法隆寺式伽藍配置の寺院跡である。】
【寺域は東西160メートル・南北250メートル、面積約4万平方メートルに及ぶ大規模なもの。】
【1952年(昭和27年)3月29日に国の特別史跡に指定された。】
【金堂と塔については土壇と礎石が残り、講堂の礎石と中門の土壇も遺存している。白鳳時代創建の山陰を代表する寺跡である。】
【遺構の残存状況が良好であることなどから、山陰地方で唯一の国指定の特別史跡となっている。】
【遺跡からは瓦や土器類が多数出土しており、琴浦町生涯学習センター「まなびタウンとうはく」や現地近くの「白鳳館」に寺院の再現模型や出土品の一部が展示されている。】
【軒丸瓦は紀寺[要曖昧さ回避]跡、軒平瓦は法隆寺の瓦と文様が共通している。】
  
まだ、ひょっとして発掘中?? すごく広いです。・・・最後にイオン日吉津でした。