2023.2/12
今日は・・勝山のポンテホールでのイベントに「チームはるちゃん」とクレジットされている(三谷さんは「はるちゃんファミリー」のつもりだったようですが)・・バックバンドで出演です。
朝いちばんのリハで・・・早めに。
朝の月と・・・霧かな・・・濃霧ですかしら。
少しの時間で変化する・・動画で。
さて・・・出発しないと!
霧を抜けて・・・。
さて---9:30~10:00のリハも終了して・・出番は15:10予定・・・時間あります。
バックバンドは5名ですが・・なんとなく、バラバラに・・・。
なので・・これまで・・訪れてなかった・・高田神社へ。
【当社は久寿2年(1155)紀州熊野から勧請し、熊野大権現と称した。往古は社領300石あり、江戸時代までは熊野宮として地域住民に崇拝されて来た。】
【明徳・応永(1390~1394)の間、前城主の三浦下野守が高田に居城し、13世、200年間の祈願所となった。応永5年(1398)には高田城主三浦貞宗によって社殿が再建された。】
【落城後、毛利輝元が領し、楢崎弾圧忠元兼をつかわし、天正11年(1583)に造営を加えた。】
【慶長年中は森忠政会が本州を領し、長距の大塚主膳が修繕を加えた。近くは三浦瀞主が明和年中入国以来、産土神として尊敬し、その祈願所であった。】
【また、三浦東久が痘瘡を患い、命が危なくなったとき、父三浦貞国は熊野宮をを頼んで祈祷し、危機を脱することができ百石の所領を寄進した。】
【寛文11年(1671)現在の本殿が建てられた。明和元年(1764)入部以後、勝山藩主三浦氏もまた領内の守護神として熊野宮を崇拝した。】
【旱魃、凶作、疫病流行のときは熊野宮に祈祷を命じた。】
【熊野信仰は奈良時代にはじまり、平安時代には天皇・貴族から庶民に至るまで熊野営三社に参詣し、「蟻の熊野詣」とたとえられるように熊野古道に行列ができたといわれるほどであった。】
【やがて全国各地へ勧請され、武士の信仰も厚くなった。】
【明治6年には44ケ村の郷社に指定され、昭和5年10月に県社に列格した。】
町並みを歩いて・・・。
高瀬舟の荷積みの場所。
天気も良いですね。
白壁の倉や・・なんだか、古い建物や・・・。
さすが・・町並み保存地区。
川原辺りに・・降りてみます。
草花に・・・まだ、春の息吹までは行かないですが・
さて・・・勝山文化センターに戻ってみると・・・フリーマーケットも出店の車が多くなっていました。
FLYERも沢山、並べて貼ってあります。
さて・・ランチでもなく・・でも、ケーキでも食べに・・そうだ「ろまん亭」に行こう!。
蒜山の特別な蜂蜜のシフォンケーキ・・美味しく頂戴しました。
さて・・始まりまして・・・撮影して頂いた・・・・「チームはるちゃん/はるちゃんファミリー」の写真です。
VOCAL/KeyBoard はるちゃん(三谷温美)◆KeyBoard /Dr.大槻(大槻剛巳)◆ギター/つーさん(川上努)◆ベース/kuRo(黒川卓治)◆カホン/ウッチーさん(内田泰正)◆SAX/(サックス)(赤田晃一)◆Bass鍵ハモ(鍵盤)/げんげん(弦太朗)◆クラリネット(クラリネット)(舞桜)
みんな、恰好良い!! ギターの方もイケメン!
サックスの赤田さんは・・リラクマ着ぐるみですが・・・・PROさんです!!
そして、他のバンドやダンスチーム(村のYさんの娘さんもかな)。
ここのダンスは、ちょっとフェミニンでした。
和太鼓が恰好よかった!
さて・・・集合写真や、喝を入れ酢写真!
バンマス:はるちゃんからのGIFT・・・・「ぼくのことば」っていう、温ちゃんの次男さん(?)が・・・知的障害で支援学級だそうで、でも、今日、ステージで歩いてくれていました・・そして、ギフトは・・・支援学校の子どもたちが作ってくれたそうです。
さて・・・終了後・・・有志で・・・勝山駅前のピッツァ&パスタのお店「Bird」行ってみたいって思ってたので、ラッキー。
エビとアサリのジェノベーゼでした。
最後は・・・ショッピングで買って帰ってきたおはぎも食べました。
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