2022.10/10
午後から、松江のカラオケ店で、 Berry with TCMの練習です。その寄り道で・・まずは、六所神社。
【六所神社は伊弊諾尊(いざなぎのみこと)、伊弉冉尊(いざなみのみこと)、天照大神(あまてらすおおみかみ)、と月夜見尊(つきよみのみこと)、素盞嗚尊(すさのおのみこと)、大巳貴尊(おおなむちのみこと)が祀られ、この六神を主祭神としているところから六所神社の名がついたといわれる。】
【意宇(いう)平野のほぼ中央にあり、律令時代、出雲国の総社であった。】
【つまり出雲国内はここに参拝することで、出雲国内の全神社に参拝することにかえたわけである。】
【昭和40年代以降の調査で、当時の出雲国庁は現在の同社境内をふくむ同社裏手一帯にあったことがわかった。式内社だが、出雲国司は最も至近の神社を総社としたわけだ。】
【本殿は宇豆柱が前後にはみ出す古式を残す大社造(たいしゃづくり)。】
【神紋はこのあたりの古社に共通する丸に有。】
【この有は神在月の「十月」の図案化とも、あるいは神あり月の「有」ともいう。】
【意宇六社(おうろくしゃ)の一つ。】
総社なんですよね。
境内でも銀杏が・・・・。
秋は・・もう少し。
上記の説明でもあるように・・・北側は国府跡です。

広い土地で・・・杭の再現。
なんだか、広さに圧倒されます。
広大な・・そして、建物もあったのですよね。
【発掘前:本国府跡は、松江市の南東6キロメートルに所に開けた意宇平野に位置する。】
【国庁跡は、『出雲国風土記』に記述があり、意宇平野内に所在していたことは古くから知られていたが、具体的な場所が分からず、推定地がいくつか上がっていた。その後、江戸時代に書かれた大草村検地帳に字名「こくてう」が発見され、現在の字竹ノ後(館の後の意味)辺りと考えられるようになった。】
【八雲立つ風土記の丘設置の計画が持ち上がり、1968年(昭和43年)から発掘調査が始まった。】
【発掘結果:国庁跡が松江市大草町の六所神社周辺であることが判明した。国庁は、一辺167メートルの区画を大溝で区切り、その南半分に南北96メートル、東西72メートルの政庁区画を取り、その中に正殿・脇殿などを配置し、北半分も溝によって仕切られ官衙建物が並んでいたと推定されている。】
【遺物では「大原評(こおり)□部□□」「進上兵士財□…」「□□二百代」などと記された木簡、「厨」(くりや)「酒杯」「少目」(しょうさかん)などと書かれた墨書土器、「門」「社辺」(こそべ)などの篦書き土器がある。】
【「評」という木簡から、出雲国庁が大宝元年(701年)以前に溯って建造されたと考えられる。その他、柱の一部、軒瓦類、大量の食器類、硯、分銅、玉作用の原石、砥石、和同開珎(銀貨)、春という文字を刻んだ銅印などが出土している。】
【周辺:周辺地域は条里制の名残をよくとどめている。国庁と同所に存在したと推測されている意宇郡家(おうぐうけ)や駅家などの発掘調査が望まれる。】
秋桜畑がありました。

まだ、十月上旬。
あら、赤蜻蛉。
バッタ
神社の近くにも。
ここには・・・黄色い蝶。
ほら


さて、松江で、いつものカラオケバンバン。
  
本当は5時間くらいしたかったけど・・・満室で、そうなるとフリータイム予約は3時間まで・・次の練習で仕上げ用!
 
と、早く追い出されたので・・近くの回転ずし・・込みだす、ちょい前で、滑り込み、すぐに食べることが出来ました。
玉造(玉湯町)のスタバ。ゆず紅茶、そして、スイートポテトシフォンケーキ。

なんと、Berryさんから、牛蒡の酢漬け。
まん丸、満月でした。