2022.2/27
今朝は、雪かもって予報でしたが、雨交じりでしたでしょうか?
 
さて、今日は出雲へ・・・急遽、3/13にLIVEが入って、女性DUOの伴奏です。で、行く途中、松江市宍道町上来待2047-2 広域農道沿いに・・・梅、発見!
新庄周辺では、まだ、見てないですもの。
道路の反対側にも・・あっ、紅梅も。
季節が・・・動いていますよね!
そうか、明日で、二月も終わり。
早めの春ですかしら?
さて・・・出雲市の荒木コミュニティーセンターで、練習です。
12時過ぎに終了・・・では、ランチにしましょうって、女性DUO、お二人・・昼から・・カツとのことで、勿論、OKですが。
 
さて、この後、ホームセンター・ナンバに寄って・・・さて、どこへ行こうかってことで、この前、通り過ぎた「荒神谷史跡公園」
なんかイメージで、古代住居復元とかがあったので・・・まず、歩いてみました(今日、あんまり歩いてないし)。
古代ハス(大賀ハスです・・・千葉市と、そして庭瀬にもある)・・・そして、赤米の古代農地などを見ながら・・・先ずは、南の方へ。
まだ、曇り空ですよね。
歩くのは、気持ちが良いです。
ほら・・・広域農道を潜った南側に・・・広場があって、古代の住まい。
「史跡公園」なんですね。
薄桃色の梅です。
この時期、梅を楽しめるのは、良いことです。
犬を連れたご夫婦とか、子ども連れとか・・・。
結構、ここのは、咲いています。
花は・・単に、時期が来れば咲いているのですが。
そして、ここは、椿の森。
梅と同じような色。
そして、紅梅もありました。
こちらも結構、良く咲いています。
ちょっと梅三昧。
一つひとつ違う顔を見せています。
椿の森の所々に、梅の花、です。
勿論、椿も・・もう、多くは、地面に落ちていますけれど。
さて、散策です。
少し登って、降りて・・再び、古代住居跡復元の所。
管理棟も、銅鐸の形が・・・。
で、遺跡は??? う~んと、博物館の方へ戻りましょう。
反対側の岸の狭い小径を通りましょう。
少し、青空が広がったかしら。
西谷池(さいだにいけ)ですね。
いろんな植物も・・とのことです。
さて、博物館の方に戻ってきました。
入りましょう!
最初のロビーの様なところでは・・・「写真展・豆の一生」
さらに・・・ここは、旧:斐川村で、【1955年(昭和30年)4月15日 - 荘原村・出西村・伊波野村・直江村・久木村・出東村が合併して斐川村が発足。1965年(昭和40年)4月1日 - 斐川村が町制施行して斐川町となる。】です。
  
今は、出雲市ですが。
さて・・・入場料を原って、展示室へ。
【1983年(昭和58)、広域農道の建設に伴い斐川町神庭西谷周辺で遺跡分布調査を行ったところ、調査員の一人が田んぼの畦で須恵器(古墳時代の後半から日本でつくられた陶質の土器)の破片を拾いました。】
【この谷の南側に「三宝荒神」が祀られていることから遺跡名を「荒神谷遺跡(こうじんだにいせき)」と命名、翌年1984年から始まった本格的な発掘調査により、銅剣358本が発掘されました。】
【それまで全国で出土した銅剣の総数は約300本、荒神谷遺跡はそれを一ヶ所で上回る出土数で、当時の日本古代史学・考古学界を大きく揺るがす大発見となりました。】
【さらに翌年の1985年にはそこから7mほど離れた地点で銅鐸6個、銅矛16本という大量の青銅器が出土。これらは全て1998年に「島根県荒神谷遺跡出土品」として国宝に指定されています。】
そうなんですね。先に、博物館で学習しておいて良かった!
すごいんだ!~この裏山へ登りましょう。
なんか、良い感じの・・散策!
本当に・・一片の土器から・・・
さて、時間があるので、史跡公園を沢山あるきましょう!
古代ハスの所と、古代農耕地の場所を挟む丘。
案内図で見ると名前の由来の「荒神さん」・・三宝荒神が、こちらの方。
ここまで着たら、全部、廻るぞ!
やはり、銅鐸の形で・・そうか、こちらが、荒神さん。
立派な、岩の御神体でしょうか?
これは、遺跡発見前から、ここにあったのですよね、素戔嗚のようですね。
さて・・稲穂の小径・・が、通行止めだったので・・もとに戻らないと、ですね。
さらに、晴れてきました。
看板を最後に・・・さて、戻りましょうか。