2021.9/30
午後は休診の木曜日~暮れるのが早くなって・・・だんだん、夕方には山間には散歩できないかなって思えてきたので、対応策を考慮中。その為に、米子にイオン日吉津、そして、エディオンに向かうことにしたのですが、そうだ、チラシを撮っていた・・・「上淀廃寺」の展示について、上淀白鳳の丘展示館に行ってみよう!
この石馬・・・昔のは・・近くの神社の倉庫に入っているっぽいです。
今は米子市ですが、元々は、淀江町ですね。~中の撮影もOKって事で、記念に。
【淀廃寺跡は、飛鳥時代(7世紀終り頃)に建てられた寺院の跡です。】
レプリカの石馬と石碑ですが・・・【平成3年(1991年)からの発掘調査で国内最古級仏教壁画片が大量に出土し、飛鳥時代の堂塔内部を復元しうる数少ない寺院跡として、平成8年(1996年)に国の史跡に指定されました。】
ここで模型を見ておくと・・・後に実際を見て圧倒されました
【また、金堂の東に3塔を南北に配する設計も、堂塔配置が規格的である古代の寺院において他に例が無く、建立者の独立性が窺えるこの寺院の特徴となります。】
【建立者はわかっていませんが、堂塔以外にも倉庫など多くの付属施設をもつ、地方では大規模な寺院で、壁画片の他、仏像片、瓦、土器、鉄器などが出土しています。古代社会制度の崩壊が進む平安時代中期(11世紀)に焼失します。】
展示室を一つ、スルー仕掛けてしまっていました・・・こちらには、壁画など、そして仏像の想定復元像があります。
7世紀の終わり頃って~すごいです。
曼荼羅も・・立派(その壁画片が・・・沢山発掘されているのですよね)
立派な復元で結構、圧倒されました。
さて、御朱印を頂戴して・・・実際の廃寺跡に向かいましょう。
広い空間で・・・それだけでも、圧倒されます。
赤とんぼ
こちらにも。
ぐるりと回った動画をまとめてみました。

まずは・・・中門から・・・そして、寺院の中心部(金堂・三塔)
金堂跡は・・・多くの礎石。
中塔跡の礎石が最も大きいのかな・・・・
そして、南塔の礎石~北塔の心礎石・・・展示館の方では、北塔は、実際に建ったかどうかも不明との事。
緑が広がっています。
1週間くらい前だと・・彼岸花、満開だったのかも。
ほかの花なども(白い曼殊沙華も)実ながら・・・附属建造物などの方へ。
展示館では、縄文や弥生の発掘物も。
中心部も良く見えます。
そして海も。
島根半島ですね。
なんと広大な・・境内(?)なのか・・。
さて、それでもぐるりと回りました。
バッタ!
発見の時は、すごい観光客っていうのか、なんていうのか・・見学客がこの山際の小さな地区に溢れたそうです。
さて・・・天神垣神社があります。
【上淀白鳳の丘展示館から上淀廃寺に向かう道中にある神社。祭神は「少彦名命」ほか四神が祀られています。】
【境内には馬の形をした石「石馬(いしうま)」があり、昔から「石馬大明神」として地元の方に大切に保存されていました。】
【この石馬が実は山陰~九州間の地域間交流がうかがえる全国でも2例という貴重な文化財であることがわかり、現在は神社に収蔵されています。】
ひっそりと佇んでいます。
【また、この天神垣神社の境内に祀られる荒神さんの祭り「上淀の八朔綱引き」は、かつては旧暦8月1日に行われた収穫を感謝する儀礼で、長さ50メートル以上のワラで大蛇を作り、荒神さんの周りを回した後、蛇の胴体にあたる部分を使って集落内で綱引きをし、奉納する伝承があり、国の記録作成等の措置を講ずべき無形民俗文化財として指定されています。】
まだ、近くに古墳とかがあるのですが、また、訪れましょう。
秋色も濃くなってきています。
整備されていますが、今日は、木曜日だからかな? 地区の方の姿を少し見かけるだけでした。
さて、イオンモール日吉津・・・サンマルクカフェで、球形は、デニクリです。