2021.9/25
土曜日です。田圃は、ほぼ稲刈りが終わり、稲藁干しも・・終わりました。栗をもらいました。
そういえば、Johnny DeppさんのMINAMATAが封切られたはずで・・・検索してみると、岡山・倉敷以外で、鳥取県は無・・で、イオン松江・・・行ってみよう! って、でも18:20の前は、夕方はその部屋は別の映画で、その前は14時・・なら、18:20でいいので・・・ならば、途中の清水寺に寄ってみましょう!

大学院の頃に、1~2度、訪れたことがあるような・・・。
参道も長いですね。
【清水寺(きよみずでら)は、島根県安来市清水町にある天台宗の寺。山号は瑞光山(ずいこうざん)。中国観音霊場第28番札所、出雲観音霊場第27番札所、出雲國神仏霊場第11番札所。開山は尊隆上人、本尊は十一面観世音菩薩。】
今は、緑が深いですね・・途中で、精進料理のお店が1~2軒。
開山堂などを垣間見ながら・・まずは、本堂の方へ。
どなたかが、ご祈祷を受けられていて、その読経はマイクとスピーカーで外まで・・・。
横には毘沙門堂です。
三重塔の方へ向かいましょう。
【寺伝では用明天皇2年(587年)、尊隆上人により開かれたというが、一時廃れ、大同元年(806年)平城天皇の勅旨を受け、盛縁上人により復興されたという。】
三重塔です。そして、その奥から・・・展望台・・・山も清水山のようですが・・・時間があるので、登ってみましょう。
三十三観音が、順番に並んでいるようでう。
この間から・・結構、これくらいの山に登ってばかり。
大きな根っこごと、倒れている木も。
172mくらいの山のようです。
どうも、山中鹿介の槍砥石は・・はっきりしませんでした。
もう少し上ります。
もう少し尾根伝いに・・・
ほぼ展望台に近付いてきました。
米子方向が見えるのかな?
桜も植わっていて・・どうも、反対側からは車道があるみたい。
26番までは見れましたが・・その先は車道の方の様です。
さて、Uターンで、戻ってきました。
【その後承和14年(847年)、唐からの帰路立ち寄った円仁(慈覚大師)により光明真言会が創められ、天台宗に帰依したという。】
【その後幾度かの火災と復興を経て、明徳4年(1393年)にほぼ現在の寺域が定まったが、戦国時代兵火に襲われ根本堂以外の建物は焼失した。伽藍はその後毛利氏及び松平氏により復興され、加えて安政6年(1859年)には信徒の手により三重塔が建立され、現在の形となった。】
さて、再び、境内の方へ。
鐘楼があるのですが・・・立入禁止になっていました。
再び、本堂と・・護摩堂。
石段の途中から・・稲荷の方へ。
常行堂や護法堂を見逃しましたかしら?
なかなか、味のある稲荷社です。
しっかり拝殿+本殿みたいになっているし。
いい味わい。
降りて・・・で、今度は、宝蔵の法へ。
奥は、社務所っていうか、住居的。
降りてみると弁財天堂ですが・・そのまま高燈籠へ。
光明殿は・・・本坊の二階ですね。
三重塔や、本堂も見えています。
本坊のお庭も・・・。
弁財天!
改めて、開山堂
奥へ行ってみましょう。
中庭の方に、裏手から入れる感じで・・・。
落ち着いた感じで、緑の落ち着きが溢れています。
さて、逆戻りしないと・・・地図から見える、堂念仏堂や蓮乗院などには、行けなかったですね。
降りていきます。
そして、駐車場の方からの車道を登って・・仁王門だけ見ておきましょう。
素晴らしい仁王門です。
こっちが、なんていうか、正門って感じでしょうかね。
さて・・・そのまま車道の方を降りて、車を停めたところまで。
紅葉の頃も、よさそう。
【重要文化財(国指定):建造物~根本堂 附:棟札4枚 - 明徳4年(1393年)。彫刻:木造十一面観音立像 - 平安時代、木造阿弥陀如来両脇士坐像 3躯 - 平安時代、木造阿弥陀如来坐像 - 平安時代、木造摩多羅神坐像 嘉暦四年覚清作(1329年)】

さて、イオン松江・・・まずは、時間つぶしで、タリーズ珈琲~洋ナシのタルト。
のんびり・・少し読書も。
さて・・・Johnny DEPPが、力を込めた写真家ユージン・スミスの物語。それは遺作となった一連のMINAMATA。2時間のドラマにするために、少しストーリーは作られていますが、based in the real eventsです。
そして、写真家の人生は、MINAMATAの悲劇と共に彩られたのです。久し振りにシネマ館で映画を観ました。
終了が20:25くらい・・・戻って夕飯では、遅くなるので・・・もうそのままフードコートで、ひさしぶりにすき屋のとろ〜りチーズカレー。