2021.9/19
連休の日曜ですが、のんびりっていうか、一人で気儘に・・
まずは、山陽新聞に・・・新庄村の記事が!!
さて、今日は、10時から、勝山の中央図書館での月いち映画上映会・・・今日は「禁じられた遊び」です。で、その前に、図書館の駐車場は、三の丸遺跡。
草叢なのかどうかって・・入って行ってみれば、なんか、いくつかの案内板も。
井戸がたくさん・・・
さて、図書館へ・・・
月イチ映画界は・・・「禁じられた遊び」
そうです。ナルシソ・イエペスの主題歌は、聴いたり弾いたりしてきているのに、本編は、初めて見ました。イノセントの罪? でしょうか??
この後は・・・倉吉博物館かなって思っていたのですが・・・まぁ、時間は余裕なので・・・勝山文化往来館ひしお さんへ。
何かの展示をされているので・・・くらいの知識で。
フォトグラファーの青地大輔さんの個展「月相」です。
写真を合わせて映像化された「月」の作品集でした。
いい感じです。
さて、この後は・・・まだ、余裕もある(つもりだったので)・・・かぴぱらこーひーさんです。
蜂蜜たっぷりのシフォンケーキとアイスアップルコーヒー
前にも訪れましたが、なんか、落ち着く空間です・・・さて、駐車場に向かって、再び図書館へ。
この後、ガソリンを入れて、倉吉に向かっていたら、なんとも好天!! そして、道端に「古屋不動滝」・・・この天候なら、歩こうって国道313から片道2kmくらいそうなので・・・GO
芒が青空をバックに・・・季節が移ろっています。
結構、ずっと上り!
だんだん、山の中へ・・田羽根川に注ぐ古屋川・・・そのせせらぎが、ずっと聴こえています。
さて、なんか、到着! キャンプ場もあるようで、オートキャンプの方がいらっしゃいますね。
さて、向かっていきましょう!
そこから割とすぐでしたが・・・まずは、古屋の不動滝
上の段も見えていますが、下段は・・ここ2日くらいの雨で水量も多いのか、結構、ダイナミックです。
【巨岩に囲まれた冷気ただよう渓谷の中、川沿いに設けられた遊歩道の先には上段約7メートル、下段約15メートルの2段滝。】
【滝そばの案内板によると、「昔、蔵之介という人が猟に来て、山道で子を背負った女を妖怪と思い、鉄砲を放った。これ以来、アカテヌグイ、コテヌグイ等の妖怪が出て、困った村人達は成田不動尊を勧請して、この滝に祀った。その霊験によって妖怪は現れなくなったという。」これがこの滝の由来である。上の滝脇には不動磨崖仏が見える。】
【上の滝(落差12m)、本滝(落差15m)、下の滝(落差8m)と3つの滝が連続していて、それぞれの滝に滝壺がある。さらに100m程下流にも落差約10mの滝を見ることが出来る。】
ここも旭川源流の一つ・・・で、では、上の滝に行ってみましょう
【滝口上部には不動明王が彫り込まれ、神秘的な雰囲気が漂う滝です。】
不動明王もわかりますね。
お線香を供えさせてもらったのですが、ピントが合ってなかった・・・(。>0<。)
岩には、明治7年と・・掘ってあります。
下が中の滝です。
さて・・・降りていくことにしましょう。さらに斜面を上る誘惑には、勝ちました。(笑)
四阿は、大きな岩の上・・・そして、ツチガエル
さて、下の滝です。
こちらは、落ち着いた雰囲気。
それでも、ここ2~3日、雨だったし、水量は多いのでしょう。
これは、下へ・・・古屋川ですね。
さて、遊歩道で、もう一つ、滝を観れるらしい・・・
降りていくと、確かに。
これでも十分に、趣のある滝です。
そして、下流の方へ。
この下の方は・・・もう滝壺を形成はしていないと思いますが・・・遊歩道に沿って、降りていきます。
き、き、きのこが沢山。
あちこち。。。。
さて、渓流沿いは、気持ち良いです。
流れの音も、木々の緑も・・・気持ち良い・・・道は、結構、じゅくじゅく・・・(笑)
キノコも・・・
でも・・山の紫陽花が、まだ、残っているのもあって・・・・さて、これで再び、アスファルト道路に出て・・・戻りましょう。
芒、萩、紫陽花、曼殊沙華・・・季節がミックス。
でも、緑と青と白と・・。
里山っぽく。
さて、4kmくらいの往復で、でも、180mくらい登った感じです。
さて、当初、目的だった倉吉博物館。
まずは・・・名誉市民の見本画家、菅楯彦大賞・・・第10回の全作品が展示されていました。
ボクは・・・佳作第三席の三谷佳典氏の「夜の狭間」が一番好きでした。
そして、人間国宝・重要無形文化財「木工芸」の倉吉市出身で、名誉市民の大坂弘道氏の展示・・・昨年9月にご逝去されたそうですが・・これは圧巻でした。素晴らしい。正倉院宝物復元や、唐草文嵌飾箱、晩年の黒柿蘇峰芳染貝象嵌の香箱やその他、超微細の美。まさしく美の巨人ですね。
倉吉といえば・・・フィギュア???
長男の大好きだった、星のカービー!
大満足な展示会でした。さて、閉館時間なので、書籍をこうにゅうして、外へ・・・。
民芸資料館もあったのね。・・
そこから山裾を回る道・・・
キノコがいっぱい。
スマホでマップを観てると、なんだか、登れそうだし。。。行くか!!
イノシシ注意の看板はあったけど・・・
【【打吹天女伝説】昔、一人の男が池の浅瀬で美しい天女が一人水浴びをしているのを発見しました。男は天女に恋をし、近くに脱いであった衣を隠してしましました。天に帰れない天女は男の女房になり、二人の子を授かりました。】
【そんなある日、天女は羽衣を見つけ自分の体に羽衣をはおってみると、今まであった親子の愛情はたちまちうすれ、子ども達を地上に残したまま天界に飛んで行きました。】
【二人の子ども達は大いに悲しみ、近くの小高い山(現在の打吹山)に登り、笛を吹き、太鼓を打ち鳴らし、母親に呼びかけました。】
【しかし、母親の天女は二度と地上には帰って来ませんでした】
結構・・急な登りです。
さて、頂上到着ですね。
打吹城址。
【打吹山の山体は、おもに流紋岩から成っている。この流紋岩は中生代白亜紀の火山活動によって形成されたと考えられている。】
【全山がスダジイやタブノキを中心とした常緑広葉樹に覆われている。中には樹齢500年を越え、幹径3〜4mという巨木もある。このほか220種あまりの豊富な樹種に覆われている。】
【小鳥やチョウの種類も豊富である。またモリアオガエルも生息しており、豊かな自然が残されている。】
どんどんと降りていって・・・。
いくつか展望台もあって・・・。
その一つでは。。。誰かが、スマホにイヤホンで・・・懐かしの昭和フォーク~ニューミュージックを熱唱中(おじさんだった)。
仕方ないので、少し下の展望台!
それなりに、良い感じ。
一気に市街地が開ける展望ではなかったのですが・・・・
さて・・・さらに進むと、打吹公園近くで。。。
大江神社です。
【第119代光格天皇の生母、大江磐代君を祀った神社で、明治13年に創建されました。大江磐代君は、廷享元年(1744)、市内湊町で生まれ、京に上って成子内親王に仕え、内親王が閑院宮典仁親王に嫁いだ時、その待姫となりました。 明和8年(1771)、佑宮(光格天皇)ほか三皇子を産み、文化9年(1813)、69歳で没しました。】
太い注連縄
大江磐代君って・・・結構、近いですよね。
さて・・・もう少し進むと・・・
鎮霊神社です。
こちらも太い注連縄
暗くなってきました。
【鎮霊神社は、戊辰戦争、日清、日露戦争で国のために命を捧げた旧東伯郡出身の英霊を祀るために明治39年8月に東伯郡招魂社として創建され、其の後、太平洋戦争の英霊を合祀した。平成28年の鳥取県中部地震で被災し、平成29年8月、崇敬奉賛会は自分たちの高齢化を理由に神社を修復せずに廃社とすることを決定し、宮司も辞任した。取り壊される寸前になって、近くの賀茂神社宮司や市民有志が異議を唱え、新たに奉賛会を立ち上げ、浄財を募り、鎮霊神社を存続させることになった。平成30年12月に修復工事を完了し、現在は賀茂神社宮司の兼務社となっている。】
戊辰からなのですね。
さて、打吹公園芝生の辺り・・・
暮れてきました。
稲荷神社は修復中。
飛龍閣へと向かいます。
【飛龍閣は、明治37年、時の皇太子(大正天皇)の山陰行啓の際、宿泊施設として使用されるため建設されました。】
【用材は京都から購入し、室内装飾庭園の一樹一石に丹精をこめて築造された歴史ある建物です。】
【現在は、「国登録有形文化財」(平成23年)、「とっとり県民の建物100選」(平成8年)に選出されています。】
さて・・・もう暮れてしまいました。
今回は、1km弱で、170mくらい登ったので・・・さっきの滝よりきつかったですよね。
11.5km/15976歩・・だったそうです。
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