2019.10/06
ちょっと週末でないと出来ない仕事もあって大学ですが、合間にっていうと申し訳ないですが、日本内科学会地方会の生涯教育講演会@三木記念ホール(岡山県医師会館)へ
2016年3月にここに新設されてとってもきれいな建物
今日は~爽やかな天気で近くのコインパーキングから歩く途中にもキバナコスモス



さて、大学での仕事も終了して~帰宅前、備中国分寺の吉備路エリアへ
こちらでもコスモスの向こうに五重塔~総社の古代米(赤米)も
今日は境内の方ではなく・・・周囲の散策にしましょう
爽やかな微風です。
東よりに・・・コスモス畑
蜜に誘われて~
秋ですね!
今年、コスモスをしっかり楽しんだのは初めてですね。
季節を感じさせてくれます。
さて~まだまだ、あぜ道の辺りを散策
道端の小さな花々も楽しめます。
さて、ここに溜池があって~
「松井の井戸」がありました。
井戸の横に建てられている説明板によれば【1155年(久寿2年)後白河天皇の即位の時の大嘗会(だいじょうえ)で藤原茂明が,また,1198年(建久9年)土御門天皇の即位の時の大嘗会で藤原資実が,それぞれ詠んだ歌に出てくる池がこの松井の池だと言われている。一説によると,この井戸の周囲は『待つい』と呼ばれる<男女密会の場>であったという.そう言えば,この井戸の東側にある<こうもり塚古墳>の林の隣に<備中国分尼寺>があり,井戸の西側に少し歩くと<備中国分寺>がある.厳しい修行を行っている男女が密会していたと考えても不思議でない気がする.】とのことです。
その向こうに「もうもり塚古墳」
【形状は前方後円墳。国の史跡に指定されている。旧称を「黒媛塚」とも。箭田大塚古墳・牟佐大塚古墳と並んで、岡山県下三大巨石墳の1つに数えられる。】
【吉備の大首長の墓と考えられる前方後円墳で、後円部には棺を納めた横穴式石室があります。この横穴式石室は、全長19.4mで巨大な石を組み合わせて造られており、岡山県下三大巨石墳の一つに数えられています。また、全国でも、確認されている横穴式石室の中では第4位の規模を誇ります。玉砂利を敷き詰めた石室には、井原市産出の貝殻石灰岩で造られた家形石棺、土を焼いて作った陶棺、そして木の棺が安置されていました。盗掘を受けていましたが、須恵器や土師器などの土器のほか、大刀や馬具をはじめとした鉄器などが多数出土しています。この古墳は,かつて仁徳天皇に愛された吉備のくろひめの墓とされ、くろひめ塚古墳と呼ばれていました。しかし、この古墳が6世紀後半に造られたもので、仁徳天皇の時代とは100年以上も隔たりがあることから、名前の変更が考えられ、石室内にこうもりがたくさんいたことからこうもり塚古墳と改名されました。】
さて、そろそろ駐車場に向かおうかな?
夕陽が大分斜めになってきました。
大きな犬を散歩されている方々がとっても沢山!
楽しく観て回れました。
なんだか、味わい深い