2019.2/01-03
さて、第89回日本衛生学会学術集会に合わせての名古屋紀行です。
1/31に名古屋着・・・今回、値段だけで栄に宿を取りましたが・・・観覧車も!! 知らなかった!



2/01は朝、早起きして、学会中は運動不足になるので、ホテルから会場まで・・徒歩6.48kmです
途中で「ちょっと寄り道/ブラ@タケミ」・・・伊勝八幡宮です。
立派な神社です。
「ちょっと寄り道/ブラ@タケミ」って詣でます。
由緒は・・・なかなか、複雑かも? ってWEBもありますが、まぁ、そこは割愛で。
いずれにしても、氏神様として、篤い信仰を集めていたとのことです。
お隣は小学校でした。
南には、伊副神社・・併設って感じですが、由緒の不思議さにも関連しているらしいですね。
でも、なかなか、良いお参りになりました~3日間、無事に務めることが出来ますように・・・



さて、2/01は、理事会・社員総会(代議員会)・教育協議会と、バタバタ、そしてよるは名古屋駅近辺
KITTEの辺りのイルミネーションが美しい
そこで勉強会もあって……、その会費制のお弁当の後、宿に帰って、もう少しってことで、恵方巻X2でした。(=^_^=)



2/02は会場の豊田講堂で懇親会・・・終了後に・・・まだ、時間も早かったので、もう一度夜の散歩で、徒歩で宿まで・・・
夜のキャンパス
そして栄にはオアシス21・・・これがすごくおっきくて綺麗!



さて、2/03は地下鉄で移動ですが・・・東山線の本山駅からは、少しの距離、徒歩・・・で、途中に桃厳寺さん
参道も味わい深く・・・ふらふらと参ってみました。
曹洞宗です(大槻家も)
そして、知らなかったのですが「名古屋大仏」!!
緑色で・・・鎮座されていました。
【名古屋大仏は、愛知県名古屋市千種区四谷通2-16の曹洞宗桃巌寺にある大仏である。昭和62年(1987年)に建立された。桃厳寺は織田信長の弟織田信行が、父織田信秀の菩提を弔う為に建立した寺である。】
境内も木々が多く・・・いい雰囲気です。
【天文年間、末森城(城山町)主であった織田信行が父・信秀の菩提を弔うために城の南に位置する尾張国愛知郡鳴海荘末森村二本松(現在の千種区穂波町付近)に建立した。後に現在の松竹町に替地となったが、正徳2年(1712年)または正徳4年(1714年)に現在地に移されたとされる。】
【開基は織田信秀とされており、開山は龍泉寺輪住二十世、慈眼寺三世住職などを務めた快翁玄俊。桃巌寺の寺号は信秀の法名「桃巌道見大禅定門」から取られており、恵心僧都作とされる聖観世音菩薩像を本尊とし、信秀が所有していたと伝わる辯天画像や竹生島から勧請した十五童子像を守護神として祀る。】
建物も多いですね。
巡っていきましょう!
【裸辯天や歓喜仏、日本一とも言われる直径1メートルの木魚などの他、年に2回御開帳される「ねむり辨天」でも知られる。】
立派なお寺さんですが、WIKIでは、若干の醜聞も記載されています。
【城山八幡宮の西南に位置する揚輝荘の敷地南端に面した一角(かつての桃巖寺領)に、信秀の墓石と三基の五輪塔があった。墓石は信秀250回忌の寛政13年(1801年)に再建されたもので、信秀と信行に加えて柴田勝家の名も記されていた。1951年(昭和26年)、信秀没後400年にあたって桃巌寺境内に移された。】
でも、佇まいといい、なかなかのお寺さんでした。
さて……では、そろそろ会場に!
名古屋大学まで、もうすぐです。