2018.12/07
今日は車の関係で、外出をいくつか……(車検とかリコールの修理とか)
所用が終了して・・場所は知っていたし、前を通ったこともある、天津神社@粒江
この案内板以外の情報は無さそうですが……。
1639年頃の創建っていうと、江戸初期ですね。
自然の山の斜面を利用したようになっています。
種松山の北斜面ですね。
【倉敷市の倉敷地区の南東部に位置し、背後(南側)には種松山(標高258.5メートル)がそびえている。かつては島嶼だった児島の北西岸にあたり、当地と天城島の間には藤戸海峡があった。粒江・粒江団地・粒浦・東粒浦・黒石・八軒屋からなる。中世、源平合戦のとき佐々木盛綱が馬で渡海し、同地域の粒江の舟津集落付近に上陸したといわれる。このあたりが激戦地だったとされ、粒江地域から藤戸地域にかけては当時の遺跡や伝説地が多く存在する。】
その頃は海。でも【同地区南部を東西に貫流する吉岡川の南沿岸にあたる。近世に干拓により陸続きとなるまでは、種松山北麓に集落が散在するにすぎなかった。しかし江戸時代初期頃からの干拓による新田開発により農地が拡大、鞭木新田や粒江沖新田などが新たに生まれた。そして干拓により藤戸海峡が狭まってできた汐入川(当時)の吉岡川以南に広い村域を持つことになった。現在、山側に舟津・中津・船元などの小字があるが、干拓以前の名残で、往時の海岸を示す。】
干拓を始める頃くらいに、創建されたのじゃないかな? なので、海に向かって、海運もご利益!
さて、道路を挟んだ向かいにも道路で分断されたかのような祠が
ネコちゃんがミャアミャア鳴いて・・お腹すいているのかなぁ? 何もないんだよ
そして、その先の溜池の周辺は・・山の木々が、秋を惜しむように……。
陽射しがもっと射していたら、綾錦でしょうか
週末に向けて冷え込むらしい~今日も午後は寒くなってきています。



この辺りに来たなら「3時の王様」
可愛い�ケーキ