2018.11/22
今日は・・まず、これ! 東京丸の内KITTEのアトリウムの巨大クリスマスツリー(短い動画ですが、美しい!)
 
写真でも様子を想像してみてください。



今日は、日本繊維状物質研究協会の理事会で、いつもの仏教伝道センタービル!
往路の新幹線からは、東寺、揖斐川、木曽川、浜名湖そして大井川。降車予定の品川までは、未だ未だ。〜 今日は何処も曇り空です。~ 今日の新幹線、ビジネス関係じゃない僕らよりちょっと上の世代の旅行の方々が多いなぁって思ったら、そうか、明日から連休(全く失念していました)。(。>0<。)
そして、会議の後、此処に来る時は、いつもの本芝公園と御歩鹿嶋神社
でもナツミカン
季節によって…でも、情景が異なります。
田町駅からすぐですが…。
秋色も濃いですね。



さて、次の予定まで結構、時間があって(理事会も早く終了)~久しぶりに清澄庭園
一時期、結構、よく訪れましたけれどい。
桜の時期が印象深いですが、秋の終わりも、それはそれで。
【この地には元禄期の豪商・紀伊國屋文左衛門の屋敷があったと伝えられる。享保年間には下総関宿藩主・久世氏の下屋敷となり、ある程度の庭園が築かれたと推定されている。】
【1878年(明治11年)、荒廃していた邸地を三菱財閥創業者の岩崎弥太郎が買い取り、三菱社員の慰安と賓客接待を目的とした庭園の造成に着手。1880年(明治13年)に竣工し、深川親睦園と命名された。三菱社長の座を継いだ岩崎弥之助は庭園の泉水に隅田川の水を引き込むなど大きく手を加え、1891年(明治24年)に回遊式築山林泉庭園としての完成を見た。なお、1889年(明治22年)には庭園の西側にジョサイア・コンドル設計による洋館が建てられている。】
岩崎家なんですね!!
【その後、1923年(大正12年)に発生した関東大震災で庭園は大きな被害を受けて邸宅も焼失した。それを受けて1924年(大正13年)、三菱3代目社長の岩崎久弥は当時の東京市に庭園の東半分を公園用地として寄贈。市は大正記念館の移築(1929年5月竣工)や深川図書館の新館舎建設(同年6月竣工)など整備を進め、1932年(昭和7年)7月24日に清澄庭園として開園した。】
いい風情の庭園です。
全国の石などもあって…。
東京は~こういった庭園が多くって、「ちょっと寄り道/ブラ@タケミ」に最適
閉園時間も迫っていて、人影も少ないのです。
まだまだ、遠く回れますね!
中の島へも渡れます。
曇り空で、夕闇も迫っていて・・
都会の喧騒を忘れます。
山があり谷があり・・・。
日本庭園の趣向が沢山!
ちょっと奥に・・広場が~ここは桜が美しかったのですが、秋もいいですね!
だいぶ、暮れてきました。
もう閉園のアナウンスが流れてきました。
では……出入口の方に向かって~。
【涼亭:1909年(明治42年)に建てられた数寄屋造りの建物。保岡勝也の設計。東京都選定歴史的建造物に選定されている。集会施設として利用可能。】
閉園間近なんですが、でも見どころが一杯!
暮れなずむ様子もいいですね!
【大正記念館:大正天皇の葬儀のため新宿御苑にて用いられた葬場殿を移築した。戦災で失われ、貞明皇后の葬場殿の材料を使って再建された。】



さて、そこから徒歩ですが・・次の予定で、東京駅へ
清洲橋です!
丸の内口~東京駅からの眺めは、キラキラ



とある助成金の関係で、お世話になっているD社の Y.U.さんと、お食事予定だったので~どこに行こうか、で、KITTEでツリーを観て~でも、KITTEのレストランはどこも長い行列、その南の東京ビルTOKIA
ベルギービール アントワープ セントラル (Antwerp Central)は、カウンター席なら空いていたので!!
グラタンとか、美味しい!
これってウサギでした。。。美味しい!
Y.U.さんからは鎌倉土産を頂戴しました(大槻も倉敷土産のお菓子を持参でしたが)
KITTEでツリーのイルミネーションとか見ていたら、結局、結構、遅くなって・・・前橋に向けて、最終の新幹線になっちゃいました。
前橋駅到着! 今回の目的の日本健康学会の垂れ幕も・・・そしてセブンでアイス!