2015.11/04
日本衛生学会の理事会の前に,朝,「ブラリひとり旅」です。平和公園から浦上天主堂へ
正式にはカトリック浦上教会。【1945年(昭和20年)の長崎原爆によって破壊されたが、1959年(昭和34年)に再建された。1962年(昭和37年)以降、カトリック長崎大司教区の司教座聖堂となっており、所属信徒数は約7千人で、建物・信徒数とも日本最大規模のカトリック教会である。】だそうです。
切支丹の悲哀と,被爆の悲惨が重奏されています。
被爆の・・・首のない像など・・・
言葉を失いますね。
そして,被爆の鐘楼が・・そのままに記憶が途切れないようにと・・
被爆に耐えて残った石垣も・・・
さて,そこから長崎大学医学部前を抜けて戻るのですが・・
ここも被爆地ですね,可也近い! そして,全壊となったようです。
そこから少し南に行くと浦上街道沿いの坂本町に山王神社!
ここの大クスノキ1対も・・被爆クスノキです。
本当にこの辺りは・・・被爆の歴史をまざまざと現在に表していますね。
さて,神社にもお参りしておきましょう。
境内社もあります。
お稲荷さんですね。
お隣の保育園の前に・・ここが浦上街道である案内の石柱が・・
そして,少し下ると・・・なんと半分だけで立っている鳥居
爆風で半分が飛ばされたのだそうです。
勿論,ここで日常を過ごされている方々は,普通に見上げもせずに通り過ぎて行かれましたが,でも,心の襞に,染み込んでいるのでしょうね。 |