2015.1/31
日本衛生学会の理事会が東大医学部1号館で・・昨日も日本繊維状物質研究協会のセミナー講師で上京して,千駄木に宿泊・・そこから会議までの散策。
まずは・・・宿舎から千駄木駅を挟んで反対側(西側)

まず・・・講談社発祥の地で,今は宿舎になっているビルがありました。

そして須藤公園

【須藤公園は、江戸時代の加賀藩の支藩の大聖寺藩(十万石)の屋敷跡。その後、長州出身の政治家品川弥二郎の邸宅となり、明治22年(1889年)に実業家須藤吉左衛門が買い取りました。昭和8年(1933年)に須藤家が公園用地として東京市に寄付、昭和25年(1950年)に文京区に移管されました。】だそうです。
そして・・・びっくり! 「かっぱに注意!」の看板

池の真ん中に神社が・・そして,昨日の雪が残っています。
【高低差のある台地と低地を巧みに生かした公園斜面地には、クスノキなどの大木が豊かな緑をつくりだしています。またその緑を背景として、滝からの水が流れ込む池には藤棚が設けられています。斜面地はササを主体とした植栽となっていますが、野草も生育し、春には可憐な花を咲かせます。】だそうです。
確かに「高低差」が結構・・・このあたりは,台地の端っこですよね! 山手線からも見上げるほどの台地ですが,その斜面って感じ!
雪〜雨もあがり,快晴ではありますが,寒い!
滝があります。
    
【深山幽谷を流れ下るような高さ約10メートルの滝で、水が落ちる滝音も聞かれ、暑い季節には涼を求めることができます。滝の名称については、公募の結果を踏まえ、平成15年(2003年)10月に「須藤の滝」と命名しました。滝は午前10時から午後4時まで流れています。】あら,名称は公募なのね??
でも,趣のあるいい公園!
  

さて・・再び東へ・・・谷中の方へ向かいます。
まずは,岡倉天心旧宅跡!

手持ちのMAPには載っていなかったのですが・・・街角の地図で見つけました。
    
中に鎮座されています。
【日本美術院は明治三十一年(一八九八)岡倉天心が中心になって「本邦美術の特性に基づきその維持開発を図る」ことを目的として創設された民間団体で、当初院長は天心、主幹は橋本雅邦、評議員には横山大観、下村観山らがいた。活動は絵画が主で、従来の日本画の流派に反対し、洋画の手法をとり入れ、近代日本画に清新の気を与えた。この場所に建てられた美術院は明治三十一年九月に竣工した木造二階建で、南館(絵画研究室)と北館(事務室・工芸研究室・書斎・集会室)からなり、附属建物も二、三あったといわれている。明治三十九年(一九〇六)十二月に美術院が茨城県五浦に移るまで、ここが活動の拠点となっていた。昭和四十一年(一九六六)岡倉天心史跡記念六角堂が建てられ、堂内には平櫛田中作の天心坐像が安置されている。】だそうです。

そして,やや早咲きの紅梅
それt縁の福井県からの越前水仙・・もう,ほとんど花はなくなっていましたが・・・。
いい感じです。
 

そこから少し移動すると初音の森・・・これは広域避難所で・・まだ開門前でしたので・・昨日の雪の残っている様子を!
   
そして・・谷間から急坂を登ります。
    

このあたりは,まぁ,谷中霊園にも近いのですが・・お寺ばかり・・・そして,下町の風情が残り・・・昭和の雰囲気も・・
  
これは,保育園も併設のお寺さんの様でした。
道々に・・・お寺さんがいっぱい! それぞれに由緒もあるような・・
荒川区に入ります。
経王寺さんです。
養福寺さんは・・・仁王門や立派な鐘楼ですね・・・

そして,諏方/諏訪神社!
    
立派な神社ですね!
青空に鳥居や拝殿が映えています。

【諏方神社は、元久2年(1202)豊島左衛門尉経泰が信州諏訪神社より勧請して創建したといいます。江戸期には慶安2年(1649)には社領5石の御朱印状を拝領、日暮里(新堀)村・谷中町の総鎮守として崇敬を集めただけでなく、日暮の里<ひぐらしの里>として江戸有数の景勝地としても有名だったといいます。】だそうです。
ちょうど,何かご祈祷の最中でした。
キュビズムな阿吽像
 
そして,西日暮里駅がすぐ真下って感じ・・すごい高低差です。
地蔵坂ってので・・西日暮里駅に降りれるようです・・・あら,新幹線も・・走ってる!
谷中はショウガも有名なのね?

諏訪台って確かに台地の上で・・眺めも良好!

さて・・・ここまでの散策の途中に「朝倉彫塑館」があったのですが,9:30開館ってことで・・・戻って,訪問しましょう!
中は撮影禁止ですので・・でも,圧倒されました! 素晴らしいの一言です!
アトリエから入って,住居跡へ・・勝手口への外は写真も撮ってよさそうでしたので・・その辺の様子!
    
そして,二階,三階を経て・・・屋上にも上がれます!
菜園とかがあったそうで・・・弟子たちとされていたそうで・・
ちょうど,アトリエの上ですが・・・ここに像があるのは,すごい!!!!!!!!!!
東側には,スカイツリーもとってもよく見えていました。
このぶたくん・・・水が流れるようですが・・これは弟子の作品らしいです。。。
  
このあとのアトリエには・・ネコの彫塑が沢山!ミニガイドブックや絵葉書などを購入して・・・外へ・・

【朝倉彫塑館:明治 - 昭和の彫刻・彫塑家であった朝倉文夫のアトリエ兼住居を改装した美術館である。1986年に台東区に移管され、現在は公益財団法人台東区芸術文化財団が運営・管理を行っている。◆館内◆鉄筋コンクリート作りの旧アトリエ部分と、丸太と竹をモチーフにした数寄屋造りの旧住居部分からなり、その和洋折衷の特異な建築は朝倉文夫本人が自ら設計し、その意向が強く生かされている。展示室は彫塑作品を展示する旧アトリエ部分を中心にして、遺品や蔵書を納めた書斎、コレクション品などを収めた応接室等があり、他にも掛軸、陶磁器など朝倉文夫のコレクションを展示している。また東洋ランの温室であったサンルームは「猫の間」とよばれ、朝倉の愛した猫をモチーフにした作品が一堂に会している。◆庭園◆朝倉彫塑館を特徴付けるのは、中庭の池を中心とした日本庭園と、大きなオリーブの樹が印象的な屋上菜園である。 池は谷中の湧水を利用しており、四季折々必ず白い花をつける木が植えられ、儒教の五常「仁・義・礼・智・心」を造形化した5つの巨石が配されたユニークな造園様式である。また日本で最初の屋上緑化ともいえるその菜園は自然に触れることを芸術の基本と考えていた朝倉文夫の理念そのものであり、当時は大根やトマト、東洋ラン等が育てられていた。現在は花壇となっている。2001年(平成13年)に彫塑館の建物4棟(アトリエ棟、旧アトリエ、住居、東屋)が国の登録有形文化財に登録された。また2008年に中庭と屋上庭園が「旧朝倉文夫氏庭園」として国の名勝に指定された。】です。
  
さっきの像が見下ろしていますね,こちらを!
いやぁ・・・感動しました。
  

さて・・・散策・・ですが,金へんに武・・・ブリキ店です!!!感動!

そして・・・お寺がいっぱい!
今回は・・一つひとつのお寺さんは詳細はチェックせず!!
  

さて,そこから言問通りに出て・・本郷通りまで・・・
もう東大のキャンパスです。
せっかくなので,今日は「赤門」から・・・

東大で日本衛生学会理事会開催なので,かなり回数来ていますね!
雪が残っているキャンパスです。
医学部1号館は・・結構,古い建物!
遠山理事長のラボのところには,植物が・・・
 
さて・・・会議前のランチは・・今日は,神楽坂の焼肉弁当!

美味!

会議終了・・今日は,この前選挙が終わった4月からの新理事も参集・・一期三年で二期連続は選出されることができる規定で・・大槻はもう一期,理事です。で。終了後に,いつもの本郷三丁目の交差点近くの西安刀削麺酒楼本郷店さんで,会費制の交流会! 
毎年ながら,最後の麻婆豆腐と麺は激辛!それが冬場の冷えた体に効いてきます。それにもまして紹興酒で体もあったまります。 
ごちそうさまでした・・・そして,新幹線で戻ってきました!