2014.8.03.
「ちょっと寄り道/ブラ@タケミ」@直江津
上杉謙信縁の地を歩きました。
 
林泉寺です。御朱印も頂戴しました。
上杉謙信はじめ・・・墓所もあります。
この山門が・・・・歴史です。
中に,もう一つの山門!
【明応6年(1497年)、越後守護代・長尾能景が亡父の17回忌供養のため曇英恵応を開山に拝招して創建した。能景とその子・為景の保護を受けて守護代長尾氏の菩提所として発展した。 天文5年(1536年)に為景が死ぬと為景の末子・虎千代(のちの上杉謙信)が7歳で林泉寺に預けられ、14歳で呼び戻され元服して景虎と称するまで林泉寺の六世住職・天室光育から学問を学んだ。景虎がのちに上杉氏を継承し上杉輝虎を称すると林泉寺は上杉氏の菩提寺となる。輝虎は七世住職益翁宗謙のもとで参禅し、元亀元年(1570年)に剃髪したとき師の諱から一字を取って不識庵謙信と号した。】だそうです。
観光の方々も多いのか,綺麗に整えられています。
鐘楼もあり・・・・
塩辛蜻蛉・・・
 
本堂の方へお参りに・・・
【天正6年(1578年)に急死した謙信の遺骸を収めた棺は、謙信の号のもととなった春日山城内の不識院に埋葬されたが謙信の養子・景勝が慶長3年(1598年)に会津へ、慶長6年(1601年)に米沢へと移封されたのにともなって米沢へと移された。通説では林泉寺もこれにしたがって移転したとされている。開山以来の袈裟と持鉢は上越市の林泉寺に残されており法統上の正統を伝えている。上杉氏移封後は春日山城下に残された林泉寺は一時衰退するが上杉景勝に代わって春日山城主となった堀秀治によって再興され、春日山城主・堀氏、堀氏改易後高田城に入封した松平氏、18世紀前半から明治維新まで高田藩に在封した榊原氏と歴代の上越地方の支配者により菩提寺として尊崇を受けた。堀家は堀秀重、堀秀政、堀秀治3代の位牌と墓がある。江戸時代の林泉寺は江戸幕府の2代将軍・徳川秀忠から御朱印で寺領224石を授けられ、高田藩主から禁制の特権を与えられていた。しかるに寛永年間及び弘化4年(1847年)の2度の火災で本堂や山門などが焼失する。】だそうです。
墓所の方へ向かいましょう!
一般の(?)おうちの代々の墓もあるようですが〜
歴代城主の墓もあるらしい。。。。
川中島決戦での戦没者の墓もあり,です。
どなたか歩を一緒に,墓参されてらっしゃるかた・・・信玄フリークっぽい感じでしたが・・・。
さて,宝物殿も訪れましょう!
山懐にあります。
歌手のGACKTさんは風林火山(2007年、NHK大河ドラマ) - 上杉謙信役以来・・・この地に来て祭があるそうで,ポスターがいたるところにありました。
大河ドラマで言えば「天と地と」ですよね!!!(石坂浩二でした)
さて・・・そこから春日山神社へ・・・上り坂を登っていきます。
   

到着!
    
結構な石段を登りました。
【山形県米沢市の上杉神社より分霊され、謙信公を祭神に祀った神社です。明治34年(1901年)に、童話作家・小川未明の父である小川澄晴によって創建されました。日本近代郵便の父・前島密も援助したといわれています。直線的でがっしりとした神明造の社殿は見応えがあり、境内に隣接する春日山神社記念館には、謙信公の遺品・資料などが展示されています。また、小川未明の「雲のごとく」の詩が刻まれた石碑や、童話をモチーフにした石像なども見ることができます。】だそうです,なるほど!
夕暮れ近くなって,参拝の人も少ない!
御朱印を頂戴しました。
厳かな雰囲気です。
さて・・・そこから記念館(もう閉まっていましたが)の方へ・・。
小川未明さんの童話は・・高校くらいで読んだよなぁ・・・・。
さて,こちらが春日山城の登山っていうか,登り口があります。〜麓からみた春日山城!
    
さて----ここまで徒歩々々したのなら・・・「ちょっと寄り道/ブラ@タケミ」ついでに登りましょう! 日も長いし〜〜
緑深き古の山城です。
信玄公も眺めた・・城内と海の景色が広がっていきます。
三の丸,二の丸と登っていきましょう!
山城はスゴイですね・・・いざ,招集がかかっても登るのが大変!
登る度に,展望が変化します。
ここは二の丸
斜面に平地が設えてあるのが,そのまま!
さぁて,天守閣です。
谷間の雪は妙高らしい・・・

信玄公の眺めた・・・城下
なかなか・・・ここで治めていることを感じるのでしょうね!
本丸です。
さて,ここから・・護摩堂や毘沙門堂の方へと,いわば,降りて行きます。
毘沙門の「毘」が旗頭ですものね!
そして,護摩堂・諏訪堂・毘沙門堂などなど・・・
なんだか,やはり「兵どもが夢の跡」的・・
【武神毘沙門天の熱心な信仰家で、本陣の旗印にも「毘」の文字を使った。】ですもの!
ちょっと降りると「お花畑」です。
大河ドラマう「天地人」( 2009年(平成21年)1月4日 - 同11月22日 )で有名な直江兼続の住まい跡も
「愛」ですよね! 兜も!
本丸〜天守からはだいぶ降りてました・・・
このあたりは,要塞的な「虎口」や「空堀〜搦手」などなど・・・・。
こちらは道も狭く・・・三の丸とかの方に,人は多いのかな?
こちらから降りると春日山神社の方におります。
山城は責めにくいでしょうね!
この下の方に・・お屋敷跡があるそうです(今は畑だとか・・)そして・・・登り口の駐車場やお店のあるあたり・・・さっきみつけきれなかった信玄公の象が!!
ここでちょっと休憩して・・・どうせここまで歩いたのなら,と,急勾配を気にしつつお屋敷跡の方へ・・・。
なるほど,ここですか!
これで石段の下・・・神社の駐車場のところに出てきました! 山城探索は終了!

降りて・・・今度は春日神社です。
八月最初の日曜で・・・麓の公民館では,宴が催されていました。
石段の上です。
【越後守護上杉氏の氏神。春日山城築城の時,鬼門神として山頂から遷座したと伝えられ,春日山城の名前の由来になった】そうです。
静かに拝殿と本殿が佇んでいる風情ですが・・・。
石段の登り口のあたりに,厳島神社も・・・

春日山城史跡広場とものがたり館
すごく広い・・・そしょて,春日山城の特徴の一つである監物堀。中世の山城から近世の城への展開を示す貴重な遺構だそうです。
山では,やはり機動性は悪いですしね・・近世ではその後お堀などができて,攻めにくくする工夫をしたのでしょうね!
ああ,疲れました!