2014.4.14.
午後から日本免疫毒性学会運営委員会!
 
場所は田辺三菱製薬東京本社の会議室でした。
  
ちなみに帰路では「焼き鯖弁当」の酢飯でお腹いっぱい! お土産は「さくさく棒」でした。

さて,昨日から日本内科学会参加で上京・・・一泊しました。
で,「ちょっと寄り道/ブラ@タケミ」で,清澄公園/庭園です。
隅田川を渡るとスカイツリーが見えます。
  
運河がいっぱいの辺りです。「運河のある町」by 「猫」(知ってる??)
清澄公園に来ました。
広場周囲に八重桜がいい桃色です!!!
結構,八重桜も観ますね
白っぽいのも・・・
下町だから? 櫓です!
さて,清澄庭園に入場(こちらは入園料が要ります)しましょう!
    
2008.2.05.に訪れて以来です。
伊豆や紀州の石や岩もいっぱい!
都から依頼を受けた業者さんかしら? 清掃っていうか,整備されていました。
ちなみに【この地の一部は江戸の豪商・紀伊國屋文左衛門の屋敷跡と言い伝えられています。享保年間(1716〜1736年)には、下総国関宿の城主・久世大和守の下屋敷となり、その頃にある程度庭園が形づくられたようです。】だそうです。
そして【明治11年、岩崎弥太郎が、荒廃していたこの邸地を買い取り、社員の慰安や貴賓を招待する場所として庭園造成を計画、明治13年に「深川親睦園」として 一応の竣工をみました。弥太郎の亡きあとも造園工事は進められ、隅田川の水を引いた大泉水を造り、周囲には全国から取り寄せた名石を配して、明治の庭園を 代表する「回遊式林泉庭園」が完成しました。】だそうです。
さらに【清澄庭園は、関東大震災で大きな被害を受けましたが、この時図らずも災害時の避難場所としての役割を果たし、多数の人命を救いました。岩崎家では、こう した庭園の持つ防災機能を重視し、翌大正13年破損の少なかった東側半分(現庭園部分)を公園用地として東京市に寄付し、市ではこれを整備して昭和7年7 月に公開しました。】なのです。
そして【昭和52年には、庭園の西側に隣接する敷地を開放公園として追加開園しました。ここには芝生広場、パーゴラなどがあります。また、サクラの木が20 本ほど植えられ、春のお花見の場となっています。なお、庭園の方は、昭和54年3月31日に東京都の名勝に指定されています。】
なので,実際の造園は,明示以降がメインなのですね!
日本庭園は,そこここに趣向が凝らされていて,いいですね!
更に今は花々も・・
作庭はどなたでしょう?
なんていうか,大きすぎずで,コンパクトでいい庭園です。
亀さんたちは,何を見ているのでしょうか?
春の青空も美しいです。
水鳥たちもいます
橋で渡れる島も・・
島の真ん中には桜・・もうすっかり葉桜ですが,少し名残の花も・・・。
風情がいいですね
ここで,しばらく休憩しました。
まだ,半周以上残っているかな?
青空が本当に気持ちいいですね!
江東区の文化財の石仏もありました。
    
この辺りには,築山がしつらえてあります。
山の脇には岩場も・・
椋鳥も楽しんでいます。
空の青を映す池の水面もステキですね。
ふと見ると,彼方に・・・桃色の・・八重桜だ,満開です! 菖蒲園・芭蕉の碑の方ですね!
素晴らしい!
満開ですね。
結構,感動的でした。
ソメイヨシノもいいですが,八重桜も・・また,葉の色がいいです。
ついつい,自写
芭蕉は・・・ここで,「古池や・・・」を詠んだのですね!!!!!!!!!
  
奥の広場って感じで・・いいところです。
さて,また,池の周遊に戻りましょう
涼亭という数寄屋造りの建物があります。
この中は,予約制・・・でも,この日も2組の予約が入っていました。
こちらの方も,また,別の趣が・・
時間に余裕があるので,ほんとうに「ブラ@タケミ」です。
眺める場面々々で異なった風情ですね。
こちらの方は,細かな沿岸になっています。
石橋を(たたかずに)わたります。
鯉は沢山居ました。
飛石もありますし〜〜
それぞれの景色になごみます。
穏やかな春のお昼前って感じで・・
さぁ,ぐるりと一周しました・・外に出て・・公園の方へ・・
 
清須橋をわたって・・・会議に向かいましょう!