2012.6.13.
日本衛生学会の編集委員長引き継ぎで,京都大学に行ってきました!
   
小泉先生から引き継ぎます。そして新和文誌編集委員長(ここ3年,大槻がやってきました)の熊本大学の加藤教授にお願いしまして,今日も参加していただきました。かつSpringerさんとNakanishiさんも来てくださいました。感謝です。
それぞれに沢山の棟があって,間に緑がいっぱいあって,いいですね!
   


さて,事情もあって,まずは尾道駅から出発!
すごい晴天!
    
そして福山駅から新幹線・・・ホームからは福山城がとってもよく見えます(2w前も見ました)
   
京都駅到着!(修学旅行生がいっぱい) そして・・・「ちょっと寄り道/ブラ@タケミ」は嵯峨野線(っていうか,山陰本線〜郷里福知山へ向かう線です)で円町駅へ!
   
そして,北野天満宮へ行きました。
 
大文字焼の「大」の字は,こんなに近くに見えるのですね。
    
そこから紙屋川・・(僕の見ていた地図では天神川って書いてありました)・・・沿いに散策
    
枇杷とか,なんか,こんなになっているのも,うれしいね!

そして,北野天満宮に来ました!ここもまた,修学旅行の中学生(一部,小学生も?)が本当にいっぱい!
実は,初めて来ました。
参道もずい〜ってつながっているし,燈籠とかとっても沢山!
これは本当に京都! 歴史がやっぱりいっぱいなんですよね!
    
【北野天満宮(きたのてんまんぐう)は、京都市上京区にある神社。旧称は北野神社。二十二社(下八社)の一社。旧社格は官幣中社で、現在は別表神社。通称として天神さん・北野さんとも呼ばれる。福岡県の太宰府天満宮とともに天神信仰の中心で、当社から全国各地に勧請が行われている。近年は学問の神として多くの受験生らの信仰を集めている。】だそうです。
まずは桜門・・・
まだまだ・・・拝殿〜本殿は遠い感じですね!
    
宝物殿の狛犬はすごいですね!
【延喜3年(903年)、菅原道真が無実の罪で配流された大宰府で没した後、都では落雷などの災害が相次いだ。これが道真の祟りだとする噂が広まり、御霊信仰と結びついて恐れられた。そこで、没後20年目、朝廷は道真の左遷を撤回して官位を復し、正二位を贈った。天慶5年(942年)、右京七条に住む多治比文子(たじひのあやこ)という少女に託宣があり、5年後にも近江国の神官の幼児である太郎丸に同様の託宣があった。それに基づいて天暦元年6月9日(947年)、現在地の北野の地に朝廷によって道真を祀る社殿が造営された。後に藤原師輔(時平の甥であるが、父の忠平が菅原氏と縁戚であったと言われる)が自分の屋敷の建物を寄贈して、壮大な社殿に作り直されたと言う。】だそうです。
さて,三光門(中門)ですが,これは重要文化財とのことです。
【後西天皇御宸筆『天満宮』の勅額を掲げてある。 豊富な彫刻の中に日月星があるから三光門の名がある。】だそうです。
  
赤いのが日,金色が星・・・月は。。。済みません,ちょっとわかりませんでした。
で,拝殿の境内のど真ん中へ! お祈りのところには,修学旅行生の長蛇の列!
中学校などによって,宮司さんに拝殿の中で,ご説明を聞く様になっている様で,その集合を伝えるアナウンスもひっきりなしに聞こえていました。
そして,拝殿〜本殿の周囲をぐるりとしましょう!
拝殿の中のいわゆる窓(?)も風を通すのに開いていて,中の様子も拝見させていただきました。
本当に,そこここに説明の看板も立っていますし,境内社も本当に沢山あって・・・さすがに名高い神社ですね,って印象です。
加えて,緑も深く,様々な緑がいっぱいで,加えて,この裏手とかには修学旅行生も少なくなってて,いい感じでした。
【永延元年(987年)に初めて勅祭が行われ、一条天皇より「北野天満宮天神」の称が贈られた。正暦4年(993年)には正一位・右大臣・太政大臣が追贈された。以降も朝廷から厚い崇敬を受け、二十二社の一社ともなった。中世になっても菅原氏・藤原氏のみならず足利将軍家などからも崇敬を受けた。だが、当時北野天満宮を本所としていた麹座の麹製造の独占権を巡るトラブルから文安元年(1444年)に室町幕府軍の攻撃を受けて天満宮が焼け落ちてしまい、一時衰退する(文安の麹騒動)。】とのことです。
地主社は【北野の創建以前からの地主の神で、境内でもっとも古い社である。】とのことです。
本殿の屋根などもなかなかどっしりしています。
また,その奥には,境内社が・・・ひっそりと
このあたりは,高い樹木に囲まれていて,修学旅行生の喧騒から離れて鳥の啼き声も聞こえていました。
 
この鳥です(見えますか? 結構,大きいけど・・・啼き声で僕もわからないし)。なんていう鳥だろう?
    
そして,北門の方へ移動してみました。
制服でない子供たちは居ましたね。
門の手前にはなんだか大きな碑もあります。
東門へ・・・これも重文だそうです。
【切妻造、銅葺の四脚門】です。
いやぁ・・・いたるところで,歴史がいっぱいです。
北野天満宮のHPにも掲載されていないいろんな社があります。説明版も写しましたので,ご参照ください。
そこここ,それでも案内板があると,なるほど! って感じで,よくわかります。
さて,本殿の東側・・・ここからも拝殿内部を覗かせていただきました。
しかし,ぐるりと回ってきた後・・・修学旅行生は一層,数が増えていました。
三光門から絵馬所への境内にも,本当に多くの境内社もあって・・・・
    
同じような造りではありますが・・・・
どうも半分くらいの修学旅行生たちは,数人のグループで,観光ハイヤーのチャーターで,それぞれに運転手さんが観光案内もされていました。なるほど,そういったシステムか! って感じ!
また,絵馬所の西側にも多くの社があります。
とにかく,せっかく参らせていただいたので,また,なんとか時間も許しているので・・・沢山,見せていただきましょう!
隣へ・・・となりへって感じで・・
絵馬も・・・まぁ,学問の神様だし,そりゃあ入試合格なんかについての願掛けはいっぱいですよね!
二社,三社が一つの殿となっているところもあります。
関西に入るまではとっても晴れ渡っていたのですが,京都は曇り空・・それでも,少し晴れ間が見えてきました。
いわゆるメイン通路ではないので,修学旅行生も少ないです(っていうか,観光案内のタクシードライバーさんの案内の具合によるのかな?)
そして,太閤が築いた土塁っていうか,御土居っていうのですね。
そして・・・もみじ苑って方へ・・・もちろん色づくもみじもいいですが,新緑の薄い緑もいいですし・・・(人も少ないし)
いろんなところに,菅公(道真様です)の御歌が掲示されています。
ここに東風と名付けられている樹齢600年という欅もありました。
茶室もありましたし,結構,高い土塁になっていて,下には,来るときにみていた天神川(紙屋川)が流れていました。
なんだか,本当に緑にあふれていますので・・・それを切り取って写真です。
それぞれの木々の緑が混ざり合いますね。
遠く,修学旅行生を呼ぶアナウンスなどが聞えてきてはいますが・・・。
ここでしばし休憩・・・持ってきていたおにぎりを食べました。
この緑に包まれるっていうのも,貴重な時間です。
さて,また本来の境内の方へ・・・
修学旅行生たちも弁当を食べたり,休憩している絵馬殿ですが,天井には,沢山の絵馬が・・・。
さて,そろそろ移動しますか・・・
  

参道を少しそれてみると,お寺さん
元々は北野社の神宮寺だったそうですね。
    17世紀の様式だそうです。
    
土蜘蛛燈籠だそうです。

さて,西大路を下って,再び円町駅へ・・・時間の関係もあって,JR,京都市地下鉄,そして京阪電車で!
    
映画「京阪電車(この間TVでやっていました,よかったですよね)」は濃い臙脂色ですが,鴨川沿いは緑やブルーの車両です。
鴨川を少し眺めて・・・・
2010年に国際シンポジウムを主催した,京大会館を通り過ぎて・・・・さて,会議に行きましょう!

 
帰路も新幹線・・・淀川です。