2012.3.20.
17-21日の予定で,ICOH in Cancun に来ていますが,教室員皆,19日に怒濤の発表が終わったので,
折角ですから,chichen遺跡ツアーに向かいました。

まずは動画を ↑  イグアナ君です。
州の境界でゲートがあるので,そこで,一度休憩!

写真左手の,「太谷奈美」さんが,ツアーガイドさんでした。とっても良かったです。わりがとうございました。
まずは,最初に寄り道でコロニアル風の街を訪れました。
 
この教会はスペイン人が建てたそうですが,元々は,マヤのピラミッドがあった処だそうです。既に,教会自体もだいぶ古くなってきていますが。
マヤの人たちは,元々,カムチャッカ→ベーリング海を渡ってきたモンゴロイド! そして頭に荷物を乗っける習性があったそうで,そのせいか,あるいは元々の体型がそうだったのか,猪首な体型の方だそうで,今も,こちらの村々には,沢山そういった方の子孫さんたちが,いらっしゃいます。
そして女性は,白っぽいワンピースの民族衣装を着られています。
刑務所の横を抜けて行きましたが,受刑者が作るハンモックを販売していました。
今でも低木のジャングルのあちこちにマヤの村々があるそうです。茅葺き? そして,ハンモック・・・素通しの住居ですね。
村の中心には,道路にダンプがあって,スピードを緩めてよっこいしょってわたる様になっています。オートバイの3人乗り発見!

  
さて,チチェン遺跡に到着しました。
   
このショベルは・・・後で行くセノーテ:聖なる泉の底をさらえた時のものだそうです。
   
マヤ文字のペンダント・トップやカレンダーを入る時に依頼して,出てくる時に出来上がりってことで,頼む人,そのままの人・・それぞれ!
屋台が沢山出ている途を暫く行くと世界遺産のプレートが!
で,いきなりメインのEl Castillo---ククルカン・ピラミッドです。
  
ですが,まずは,ジャガーの神殿と球戯場の方へ!
ジャガーが祀られていますし・・・レリーフは繊細に・・・でも,元は朱かったそうですが・・・。
そして球戯場へ・・・・この真中で拍手をすると短い横方向で7回,反響があります・・・。
微妙に壁が内側にほんのちょっと傾いて建てられているそうですが・・・どうやって,そのポイントの角度を見つけたのだろうか?
レリーフには,ここの球戯(フエゴ・デ・ペロタ)で勝利した部族から栄えある生贄が選ばえれている様子が描写されています。この場合の生贄は名誉なことで,これにてその部族も繁栄や豊穣がもたらされるってこと!
縦方向の北の神殿の前で,拍手すると向こうには山もないのに「やまびこ」が返って来ます・・・これも解明されてはないそうですが,此処には王が座していたそうで,王の声が十分に届くようにって工夫だそうです。不思議!
ほら,少し内向きに傾いているでしょう!
と,思っていたらイグアナ君を発見,しかしNAMIさんから,他でもいっぱい見れるから・・・って割りとすっとスルーしちゃいました。
そして,今度は生贄の台座・・・髑髏が・・・それぞれの石に刻まれています。
 さらに鷲とジャガーの神殿・・・・ジャガーは元々この地の部族で,鷲は他の部族から運び込まれたもの,そして,鷲のレリーフの石が前に出ているのは,こちらの部族が敗北したことを物語っているそうです。
そして,エル・カスティージョの正面に来ます。
ここで拍手をすると・・・なんと,「グキャ」っていうかあなんていうか・・別の音で戻ってきます・・・これはククルカン(羽毛のある蛇でマヤの最高神)の鳴き声と云われているそうです。西村先生・・・鳴かせすぎ! そんなに沢山神様は願いを叶えてはくれないよ!
そして,金星の台座を抜けます・・・積んである石は楽器とのこと。
土産屋台に包まれたような途を進んで行くと,聖なる泉:セノーテです。
石灰岩の台地であるこの辺りには,泉〜セノーテが沢山あって,地下でつながっているそうです,ただ,ここの泉だけは,単独で,かつ,陽光を浴びるので緑色(光合成)の水面だそうで,例外的なんだそうです。
雨乞いなどで,多くの生贄が沈められたそうです(おもりつきで),で発掘したのが入り口のところのショベル!
ここの生贄は奴隷や他部族からの捕虜なんかだったそうで,こちらは嫌がっている処を無理矢理だそうです。
    
そして,その辺りにイグアナ君が・・じっとしてたり・・・サササって歩んだり!
上記で動画にも収めました。
  
なかなか・・・素晴らしい神秘が感じられます。
さて,また,ピラミッドの方へ戻りましょう!
そこは戦士の神殿で,上に「チャック・モール」という死んだ戦士の省庁で,神へ捧げる生贄を運ぶ存在であったそうです。
さて,メインのピラミッドの此方側は,石段の数に数字が入っていて(90段・・・360+5つの邪悪な日で一年365日が成立していた),また,崩れた後跡も内部構造を見るようにそのままです。
この地下の石段などは,昨年,掘り起こされたものだそうで,まだまだ,発掘によっては,いろいろ潜んでいるそうです。

千本柱の回廊は・・・元々は,壁も誕生もあり朱に塗られていたそうですが・・今は柱だけ・・膨大な数!
 
さて,ぐるりと回りこんで・・今度は旧地区(6-8世紀)の方へ向かうのでしょうか・・・
この木は,不思議に同じ位置から四方に枝分かれして,さらに13か所枝分かれがあると信じられており,神聖は木とされていたそうです。
    
トゲトゲも出ています。
さて,旧地区の構想の墓ですか・・・ククルカンの頭が鎮座しているのは後に設置されたとのことです。
こちらにも小さな球戯場・・・そして,石灰岩なので,弱くって,片方の壁は既に樹木が中から突き破って出てきています。
そして,天文台!El Caracolです。どうも中央部の塔は後に増築されたとか・・・。
そして,一応,尼僧院と呼ばれている建物ですが,それは後の世にキリスト教の人がつけた名前でしかないそうです。かつ,中身を見たくって,向かって右側を爆破したらしい・・・・メインの遺跡もそうですが,どうも元々,小さかったピラミッドなどの外側,外側に次の世代で新たに建立していったそうです。
尼僧院と呼ばれる隣の建物も,一応,教会と呼ばれていますが,マヤの時にどうだったかは不明だそうです。
チャックという像の様に長い鼻を持つ神様・・・この教会は壁全体にもひとつのチャックの顔が描出してきています。
さて,この辺りまででNAMIさんのガイドは終了・・・・残りは自由時間です。
旧地区のいろんな建物を沢山みてみました。。
天文台の周辺もぐるりと・・・回ってみましょう!
しかし,膨大な広さですし,石造りの建造物の不思議はいっぱいですね!
おや,西村先生が武井先生をカメラマンにしていますね!
ボクも我道を探って・・・皆で,バラバラで動いてみました。
気持ちがだんだん古代に移っていきます・・・学会に来ていることは,もう完璧に忘却の彼方です。
途という途には屋台が!
場所取りで精力争いとかあるのかな?
    
この辺りはチャックの神ですね,雨の神様!
普段,日本では観ない様な動植物たち
また,こちらでは自転車っていうか三輪車でいろんな物を運んでいました。
再び・・・高僧の墓の処です。
そこから円形の台座,金星の台座を経て・・また,新地区の千本柱の回廊の方へ向かいました。
改めて,たいした数の柱が立ち並んでいます。
しかし,まぁ,不思議な文明ですね・・回廊であったとすると,戦士たちとかがズラリと並んでいたのかしら
その戦士の神殿の奥っていうか中庭的な処へ向かいました。
チャック。モールの像のあった建物の裏手にあたります。
奥の方には,ガイドブックによるとスチームバスがあたtりした跡があるそうdす。
この奥の辺り・・・戦士たちの宿舎かしら?
石段が急で狭いのがわかりますでしょうか? 遺跡などもそうで・・・降りる時に天上っていうか,上部にいる神様に尻を向けないように・・降りる時は背中を外にして降りる様にこういった仕様になっているそうです。
こっちには,とにかく回廊がいっぱいありました。
ただ,屋台も少なかったよ!
さて,再び,中庭的なところから出てきます。
ちょうど,エル・カスティージョの裏手なり!
集合時間が近づいたので戻りましょう!
すれ違いで日本人おおばちゃまたちが来られていたねって思ったら look JTBのバスが!
 
さて,お腹がすきました,ランチです。
タマリンド,お米,そしてハイビスカスのジュースです。
ここはホテルもあり,ビュッフェ形式nレストランもありって処でしたね。
はちみつのお酒やテキーラの少し時間を置いて,中にサソリとかを入れているもの(純粋である証拠・・・水増ししていない)を売っていました。
さて・・結局,カンクンから200kmくらい離れた処に来ているので・・残った時間は直行で戻りましょう!
   
↑ ワンちゃんが居ました。