2009.3.27.

積水に行くたびに,少しその周辺は,京都あたりから奈良へ向かう沿線で,途中下車もしました。
今回は,京田辺市の「酬恩庵一休寺」です。

あの一休さんですよね!!


近鉄の「新田辺」駅から歩いて15分?20分くらいかな・・・薪っていうところにありました。

総門を抜けて参道を進みます・・。浴室が見えてきて・・・三本杉が正面で迎えてくれてます。

手植の杉なのですね・・。

で,拝観料を払わせていただいて,入っていきます。

方丈があって・・・そこの庭園が,名高いそうです。
「丈庭園は、江戸初期の造庭で文人、松花堂昭乗、佐川田喜六、石川丈山の合作とつたえられています。方丈庭園 は江戸時代初期の代表的な庭として国の名勝に指定されています。南庭、北庭、東庭の三面からなる方丈庭園はそれぞれがちがった風情をかもし出していて、組み合わせの妙を感じさせてくれます。」とのことです。


さぁて・・・入っていきましょう!

 

さて,方丈の中に入ります。
方丈は方丈で・・・・。
「江戸時代、1650年(慶安3年)に、加賀藩・三代目藩主、前田利常の寄付によって、再建されたものです。同候は1615年(元和元年)の「大坂夏の陣」の時、大坂に向かう途中、木津川に陣をしいたときに、一休寺をお参りしたところ、一休和尚が書き残した数々の「おきて」を見て、たいそう感心し、尊敬の念を抱くと共に、寺があまりに荒れ果ててしまっている事をなげき、利常36才の時、酬恩庵の再興に乗り出したのでした。」とのことです。


庭園は枯山水-----やっぱり気持ちが鎮まります,癒されます。
一休禅師の木像もあるのですね・・。
方丈中央の仏間には、一休禅師木像を安置しています。この像は、一休さんが亡くなる前の年に弟子の墨済に命じてつくらせたもので、重要文化財に指定されています。 この木像は、一休が自分の頭髪とヒゲを抜いて植え付けた、珍しいものです。像にはその跡が残っています。・・・だそうです。

襖絵は・・方丈の襖絵は、江戸時代初期の画家、狩野探幽が描いたものです。・・だそうです。

さて,庭園を北向きへと縁側沿いに見せていただきます。

南が枯山水だったのですが・・・こちらは,少し,装いが異なっていて・・これはこれで,気持ちが和みますね。

さて,入った囲炉裏のあった間に戻ってきました。衝立の招きの虎も後姿です。
   


 
さて・・・それでは本堂へ向かう参道を進んでいきましょう。
  

本堂です。
本堂は1429〜41年(永享年間)に室町幕府の六代将軍,足利義教の帰依によりたてられました。 本堂は、山城・大和地方の唐様建築中で、最も古い建造物で、重要文化財に指定されています。 本堂の内部には本尊釈迦如来坐像と文殊・普賢菩薩像が安置されています。
だそうです。

落ち着いた佇まいですね・・。

さて,本堂周囲には,その他にも宝物殿や開山堂などがありますし,一休和尚さんの像などもあります。
えっと,なんか,ちっちゃな人だったのでしょうか? アニメもそんな感じですよね・・・。




このあたりは,妙勝寺の旧跡にあたるところです,ということですので・・・もともとはこういうお寺さんだったのでしょうか?
池があった,羅漢かな? 並んでいます。


「このはし通るべからず」で,橋を渡って「端は渡っていない」っていうとんちは周知ですよね!



では,本堂をぐるり・・と回りまして,参道を元に戻ります。鐘楼を抜けて,墓地の方にも向かいます。


なかなか,でも,心が清められる印象のお寺さんでした・・っていうか,少し曇り加減の空模様も,それなりに,しっとりした感じです。


椿は落ちたりするのです・・・。ね。
  

墓地の方では,ようやく桜が・・・二分咲きまでも行かないかな・・・。
 

さて,また元の三本杉のあたりに戻っていきます。


白い塀と黒い甍と・・そして,石垣と・・